一節 修羅異界

七.中央拘置所

 こう内に複数存在する拘置所の中でも、その施設は意図的に軍施設の集中する一角に設けられ、常に厳重な監視下に置かれている。その施設に収監される者は、主に重要性の高い戦争犯罪者であり、そして通常の兵力で制圧可能な──者に限られる。

 監獄へと続く通路を歩む男は、帽子を斜めに被っていた。こう第二十卿、かすがいのヒドウである。

 若き官僚は、背後から近づいてきた兵の足音に振り返った。


「ヒドウ様。メイジ市の本部より連絡が入りました」

「なんだ。新公国の案件は、もう俺の管轄になってるのか」


 面倒そうに顔を歪めて、片耳を搔く。


「ええ。今朝方、第三卿からの通達がありまして」

「ジェルキか。相変わらず、死ぬほど仕事の早い野郎だな。……で、なんだ」

「諜報部隊八名の定期連絡が同時に途絶えました。昨日、一日足らずの間にです」

「拠点を囲まれて全滅したな。逃げのびた奴は一人もいないか」

「はい。八名のうち、誰一人として。第十七卿配下の精鋭です。余程の大部隊でしょうか」

「どうだかな。お前、何人いればできると思う?」


 ヒドウは、ポケットに手を入れたまま歩く。地下通路には、彼と兵士の足音だけが反響を続けていた。


「壊滅に追い込むだけであれば、正規兵の四名一斑がいれば。ただ、第十七卿の工作部隊ならば、仮に他全員の犠牲を織り込んでも必ず一人は逃がすでしょう。せんめつに至らしめるには、最低でも十六名四班。内一斑は狙撃班になります」

「第十七卿の隊だからな」


 かすがいのヒドウの見解も、おおよそこの兵士と同様であった。訓練を経たこうの工作部隊全てを出し抜くには、最低でもそれだけの物量が必要になる。


「……エレアちゃんに全滅の話はいってるのか?」

「エレアちゃん?」

「第十七卿だよ。あかせんのエレア。報告するなら、俺よりも工作部隊の親玉のほうが優先だろ。別件の潜入任務中だって話は聞いてるが」

「……ええ。何でもラヂオの通話も困難な辺境であるそうで、まずは責任者のヒドウ卿に話をと」

「責任者っておい、正式な辞令はまだもらってないぞ」


 こう第十七卿、あかせんのエレアは、ここ小六ヶ月の間、こうより遠く離れた地の調査を行なっているのだという。鳥竜ワイバーンの専門家である第六将ハルゲントはドラゴンの討伐にうつつを抜かし、諜報部隊の長である第十七卿エレアは極端な秘密主義のため、緊急連絡すらままならない。


「ったく、どいつもこいつも、好き勝手動きやがって……」

「無論、工作部隊の指揮権限はヒドウ様に移譲されるかと思います。新たな人員を潜入させますか」

「繰り返したところで、無駄死にだな。……別の手だ」


 ヒドウは瞼を閉じた。幾度も刻み込んだ、これから自らが赴く戦場の地理を思い浮かべている。


「……作戦本部の東側に、渓流に削られたくぼがあるはずだ。新公国との交渉では、ギリギリこっち側の領地だったはずだな。野戦陣地を構築させろ」

「窪地……は、確かにありますが。本部との距離は相当に離れているはずです。その位置では防衛にも用立ちませんが」

「それでいい。攻めるための陣地だ。入り組んだ地形なら鳥竜ワイバーンどもの目を欺ける。明日にでも、築城に詳しい奴を何人か送ってやる」

「はい──ところで」


 二人は足を止めていた。目的とする監房の前に辿り着いたためだ。

 廊下は常に明るく照らされているが、ひどく静かだ。


「〝らんかいりょうれき〟を釈放するというのは……その、ヒドウ様の責任で?」

「ああ。ちょっとどいてろ」


 ヒドウは鉄扉を叩いた。拳で寄りかかるような姿勢で、中の存在へと呼びかける。


「起きてるな。ニヒロ」


 囚人が、寝台から身を起こした様が見えた。

 長い前髪に隠された片目が、扉の方向を見てほほむ。年端もいかない少女だった。


「……大丈夫。今、起きたよ」


 その脊髄から伸びる糸のような触手が、複雑に蠢いている。人間ではない。


「新公国の諜報部隊が八名、一日で全滅したそうだ。お前なら何人でやれる。らんかいりょうれきニヒロ」

「一人」


 少女は当然のように答えた後で、くすりと笑った。


「いや。一人とかな?」



 らんかいりょうれきニヒロという。

 この施設に収監される者は、主に重要性の高い戦争犯罪者であり、そして通常の兵力で制圧可能な──者に限られている。

 それでも彼女は、過去の戦争においてこうの一方面軍を単機で滅ぼした、現存する記録上、最悪の生体兵器である。

刊行シリーズ

異修羅X 殉教徒孤行の書影
異修羅IX 凶夭増殖巣の書影
異修羅VIII 乱群外道剣の書影
異修羅VII 決凍終極点の書影
異修羅VI 栄光簒奪者の書影
異修羅V 潜在異形種の書影
異修羅IV 光陰英雄刑の書影
異修羅III 絶息無声禍の書影
異修羅II 殺界微塵嵐の書影
異修羅I 新魔王戦争の書影