プロローグ ②

 ぱあっと顔を輝かせたエルシーは、修道服の裾をたくし上げて勢いよく礼拝堂を飛び出していく。


(これであの子たちも庭より広いところで遊べるし、一石二鳥だわ!)


 庭まで走っていくと、エルシーは大声を張り上げた。


「あなたたち、梨園で遊んでいいわよ! あそこなら思いっきりボールが投げられるわ!」

「本当!? エルシー!」

「前はダメって言ったじゃん!」

「あの時は掃除がまだだったからよ! でも今は大丈夫! 院長先生もいいって言ったわ!」

「やったあ!」

「さすがエルシー!」

「大好きー!」


 子供たちがわあっと歓声を上げて手放しに褒めてくれるから、エルシーは得意げに胸を張った。こういうとき、エルシーはシスター見習いでよかったと思う。まだまだカリスタやほかのシスターたちのようにうまく人を導くことはできないが、エルシーでも子供たちを笑顔にすることはできるのだとちょっぴり誇らしい。


「でも木登りはしちゃダメよ? 危ないからね!」

「「「はーい!」」」


 子供たちがきゃあきゃあ叫びながら梨園へ走っていく。

 子供たちが全員梨園へ移動したのを見届けたエルシーが満足して礼拝堂に戻ると、あきれ顔のシスターたちが出迎えた。


「戻って来たわ、ちょとつもうしん娘」

「本当、いくつになっても落ち着きがないわねえ」

「服を太ももが見えるくらいたくし上げるのは、淑女としてもどうかと思うわ」

「「「本当に、この子ったら」」」


 さっきまで子供たちに感謝されて得意げだったエルシーは、シスターたちに口々に注意されてしおしおと縮こまった。

 そんなエルシーに、カリスタがくすくすと笑って手をたたく。


「はいはい! 洗濯物の件も解決したことだし、おしゃべりはそのくらいにしましょうね」

「はーい!」


 エルシーはシスターから雑巾を受け取ると、礼拝堂の床をせっせと磨く。

 礼拝堂はグランダシル神の家だ。神様に心地よく過ごしてもらえるように、ピカピカに磨き上げなくてはいけない。

 エルシーはこの場所が大好きだ。

 幼いころ、居場所をなくしたエルシーを温かく迎え入れてくれたカリスタやシスターたち。

 そして、いつも見守ってくれているグランダシル神。

 ここで生きて、カリスタのように大勢の人を導いて、そしてここで死ぬ。エルシーはそう決めている。

 黙々と掃除を続けていると、カリスタが思い出したように顔を上げた。


「それはそうと、エルシー。今日の午後から、お客様がいらっしゃいますよ。あなたに面会希望です」

「お客様ですか? ……わたくしに?」


 エルシーが驚くのも無理はない。五歳の時にとある理由からここに捨てられて、十六歳の今日まで、エルシーに会いに来た人間は一人もいなかった。


「ええっと……どなたでしょう?」


 もしかしたら、この春に就職先が決まって出て行った、ここでともに育った友人だろうか。ちょっぴり期待しながらたずねると、カリスタは困った顔をして言った。


「それがねえ、領主様……ケイフォード伯爵なのですよ。あなたのお父様の……」


 エルシーは思わず、素っ頓狂な声を上げた。


「はい?」

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元シスター令嬢の身代わりお妃候補生活2 ~神様に無礼な人はこの私が許しません~の書影
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