国王フランシスのたくらみ ⑦
(お茶会は嫌だけど、せっかくだから、お妃様候補が着ているドレスでも観察して、ワンピースのデザインの参考にしようっと)
せっかくいい布がたくさん届けられているのだから、この機会にたくさん服を作って、もっと裁縫の腕を上げるのだ。
エルシーはワンピースの袖にフリルを作りながら、ルンルンと鼻歌を歌いはじめた。
◆
国王フランシスは、啞然としていた。
今まで一度も手紙をよこさなかった十三番目の妃候補セアラ・ケイフォードから手紙が届いたのだ。
いつも決して妃候補の手紙には目を通さないフランシスだったが、ずっと手紙をよこさなかった妃候補の手紙に興味を覚えて、珍しく読んでみようという気になった。
さて、いったい何が書かれているのか。待遇に対する不満だろうか。それとも媚や甘えだろうか。どちらにせよ、ろくなことは書かれていないだろう。
そう思って手紙を開けたフランシスは、まずその短さに驚いた。一枚の便箋に、大きい文字で、六行しか書かれていない。
どういうことだとひっくり返して裏を確かめても、封筒の中にもう一枚別の便箋が残っていないかと確かめても、どちらにも何もない。正真正銘一枚。六行。たったそれだけの手紙だ。
セアラ・ケイフォードという妃候補は、よほど文才がないと見える。手紙を書くのが苦手なのだ。そう決めつけたフランシスは、たった六行の手紙に視線を落として、ぱちぱちと目を瞬いた。
はじめましての挨拶から始まり、礼拝堂が何者かに荒らされたこと、そしてその掃除に騎士団を貸し出してくれたことへの礼が述べられて、それで終わっている。
簡潔に六行。ほぼ箇条書き。……信じられない。
フランシスはないとわかっていつつも、もう一度手紙を裏返してみた。そしてまさかと思って
「………………」
しばし、フランシスは沈黙した。
フランシスは女性が嫌いだが、
手紙にはフランシスへの媚やへつらいはこれっぽっちも書かれておらず、むしろフランシスへの愛ではなく、礼拝堂への愛が詰まっている。
片手にちょっと焦げた手紙を持ち、もう片方の手で額を押さえたままフランシスが固まっていると、執務室の扉を叩く音がした。
投げやりに「入れ」と言えば、入ってきたのは第四騎士団の副団長クライドだった。手紙で感謝されている「礼拝堂の掃除」の責任者だ。
「陛下、どうなさいました。頭でも痛いんですか」
「……ああ。ものすっごく痛いな。割れそうだ。これのせいでな!」
物理的な痛みではなく気分的なものだが、頭が痛い。
「はい?」
クライドはフランシスが一枚の焦げた紙を握りしめていることに気が付いて、ひょいとその中身を覗き込んだ。
そして暫時沈黙し、プッと吹き出す。
クライドはフランシスが即位するまで専属護衛官を務めていた。だからだろうか、ほかの人間よりも距離が近い。というか──たまに無礼。
「くっ、くくくっ! これはまた、盛大にフラれましたね」
「誰がフラれたんだ。フラれてなどいないし、そもそもこの女にそんな気を起こすか!」
「でも……陛下相手に『礼拝堂が綺麗になりました。どうもありがとうございました!』なんていう手紙を書く女性ははじめてでしょう」
「だからと言って何故フラれたことになる!」
「いやだって、お妃様からのラブレターなのに、どう考えても礼拝堂への愛しか詰まっていないでしょうこれは」
まるでフランシスが礼拝堂に負けたかのように言わないでほしい。そもそも礼拝堂と争ってなどいないし。
「それで、礼拝堂を荒らした犯人はわかったのか?」
「まだですねえ。候補は何人か上がっているんですが。『あの方』は何かおっしゃっていましたか?」
「まだ何も。放っておけばそのうち調べてくるだろうが……今は礼拝堂よりもほかの調査で忙しいらしい」
「ああー、もう一つの苦情の方ですね」
クライドが苦笑する。
フランシスの机に山積みになっている手紙の大半が待遇の改善要求と彼へのラブレターだが、ここ数日、妙な内容のものが混ざるようになった。
女官長のジョハナからも報告が上がっており、フランシスも無視できない問題であるが、あまり気乗りはしない。
「王宮内のことは、基本的に妃候補たちだけで解決すべきだ。そう思わないか?」
「陛下、それは管理放棄ってやつですよ」
「はあ……。だから妃候補を王宮に入れるのは嫌なんだ」
フランシスの父の代も、その前も、妃候補が入れられた王宮では必ず何かが起こる。問題の大小はその時々によって異なるが、総じて言えることは、その問題を起こしているのはほかでもない妃候補たち自身ということだった。
「だから女は嫌いなんだ」
「その
「俺にはいい迷惑だ。勝手にやればいい」
「そうは言っても、本気で無視できないから『あの方』に頼んだんでしょう?」
フランシスはそれには答えず、手紙の山の中から、「苦情」と張り紙が貼られているものを手に取った。この張り紙は、側近のアルヴィンが内容を分類する際に貼り付けたものである。
「今回、同一犯という線はないのか?」
「どうでしょうね。礼拝堂を汚して、犯人にメリットがあるのかどうかわかりませんから、なんとも」
「……あいつに怪しい人物に揺さぶりをかけろと言っておくか」
「いいんですか? 『あの方』は優秀でしょうけど、本気になったら大騒動を起こしそうだからって止めてたじゃないですか」
「すでにあちこちで騒動を起こしているから今更だ」
フランシスは「苦情」と書かれた手紙を取り出してクライドに渡した。この手紙は妃候補の一人であるアイネ・クラージ伯爵令嬢からのものだ。
クライドは中を確かめて「ぷっ」と吹き出す。
「うわ、さすがですね。なんですかこれ。『あの方』はアイネ・クラージ令嬢に何したんですか」
「知らん。はあ……あいつとは今度『控えめ』という言葉の意味のすり合わせが必要のようだな」
「控えめ……あー、まあ、なんというか、その単語の真逆にいるような方ですからね」
クライドはフランシスに手紙を返して、彼の机の上に置かれている焦げた手紙に視線を落とした。
「セアラ様の方はどうします? これは俺の勘ですけど、あの方はシロだと思いますよ」
「
「何故って言われても……いい子だから?」
「は?」
「素朴というか……裏表のない感じって言うんですか? 腹芸ができなさそうな感じなんですよね。優しいし。お妃様の作るアップルケーキも優しい味でとても美味しかったんですよね」
「は?」
「あんな優しい味の手料理を作る人に悪い人はいないと思うわけですよ」
「何を言っているんだ?」
「陛下も好きじゃないですか、アップルケーキ。一度会ってみたらどうですか? ご
「お、おい!」
フランシスは呼び止めたが、クライドはそそくさと部屋を出て行ってしまう。
(料理がうまいやつに悪人がいないとか、あいつは馬鹿なのか?)
フランシスはあきれたが、アップルケーキという単語はちょっと気になる。
フランシスは机の上の手紙を一瞥して、ぽつりとつぶやいた。
「……アップルケーキか。そう言えば、昔食べたあれが、一番美味かったな」
フランシスはふと、十年前の秋のことを思い出した。
◆
十年前。
フランシスはある理由で、一か月ほど、少し離れたところにある修道院に預けられたことがある。
その修道院が選ばれた理由は、そこの院長を務める人間と、フランシスの乳母が親戚だったからだ。
そのころのフランシスは一週間ほど前に起きた「事件」のトラウマで他人にひどく
しかし修道院に来ても、誰ともなじむことができず、フランシスは日がな一日、部屋の隅で膝を抱えて過ごしていた。
そんなある日のことだ。



