王太后のお茶会 ②
もともとぱっちりした青い瞳だったけれど、メイク効果でさらに大きく見える。肌が白いため血色が悪く見えていた顔も、頰紅のおかげで青白さは半減していた。
髪も、いつも気にせず背中に流していたのだが、緩く巻かれるだけでずいぶんと雰囲気が変わるものだ。
コルセットは相変わらず苦しいが、おかげで細かった腰がさらに強調されて、スタイルがよく見える。
「さあ、時間がありません、お妃様! お城までは歩いて行かなければなりませんからね。行きましょう」
王宮から城までは馬車が出ないので、城までの距離を歩かなければならない。一番左端の建物を与えられたエルシーは一番距離が離れているので、急いで向かわなくてはならないらしい。
なるほど、ダーナが「時間がない」と言ったのも頷ける。
お茶会にはダーナが同行することになっているので、ドロレスに見送られてエルシーは王太后のお茶会に出発だ。
(さりげない会話で犯人捜し。直球質問はダメ。……よし、難しそうだけど頑張ろう)
エルシーは心の中で呪文のように何度も同じことを唱えて、歩き出した。
二十分かけてたどり着いた城の庭には、日よけのための布が張られて、その下に白い丸テーブルが四つ並べられていた。
離れたところには長方形のテーブルがあり、茶器が用意されている。
今日は少し風が強くて、風が吹くたびに日よけの布がバサバサと大きな音を立てていた。
到着が少し早かったようで、エルシーのほかには二人の妃候補の姿しかない。エルシーは妃候補の顔も名前も知らないのでわからなかったが、ダーナがそっと、アイネ・クラージ伯爵令嬢とイレイズ・プーケット侯爵令嬢だと教えてくれた。
アイネ・クラージ伯爵令嬢が赤毛の小柄な方で、イレイズ・プーケット侯爵令嬢が黒髪の少し背の高い方だという。アイネが十五歳で王宮は右から十一番目、イレイズが十八歳で王宮は右から六番目だそうだ。
礼拝堂を汚した犯人を捜すために、妃候補たちとは積極的に会話をすべきだ。それに、初対面なのだから挨拶をした方がいいだろう。
アイネとイレイズはそれぞれ違うテーブルについていたので、エルシーはまず、近くのテーブルにいたアイネのもとに挨拶に向かった。
アイネはフリルたっぷりのピンクのドレスを着ている、おっとりとしたたれ目の、丸顔の小柄な少女だった。ドレスにはたっぷりと真珠が縫い付けられていて、耳元や首元にも高そうな宝石が輝いている。
ダーナとドロレスがエルシーの身を飾る宝石がないと騒いでいたことを思い出して、さすが本物のお姫様は違うなとエルシーは感心した。
実家から物を届けさせることは不可だが、王宮に入るときに身に着けていたドレスや宝石類は没収されなかった。もちろん、入念に毒物検査などはされたけれど、安全と認められたものはそのまま王宮の部屋に持ち込まれている。
だからきっと、アイネは王宮に来るときにたくさんのアクセサリーを身につけていたのだろう。ちなみにエルシーは王宮に入るときにアクセサリーを何もつけていなかったから、身を飾る宝石は一つもない。
「はじめまして、アイネ様。わたくし、セアラ・ケイフォードと申します」
アイネは挨拶に来たエルシーに目を丸くして、それからふんわりと笑った。
「まあ、これはご丁寧に。アイネ・クラージですわ。どうぞ仲良くしてくださいませ」
「はい、ぜひ!」
「セアラ様と言うと、礼拝堂によく通っている方かしら?」
別の声が割り込んできたので顔を上げると、アイネから少し離れたテーブルについているイレイズが興味深げな顔をしていた。
イレイズは少し吊り目の美人だった。髪と同じ黒い瞳は切れ長で知的で、肌は陶器のようにきめ細かい。
(二人ともすごく可愛い。ダーナとドロレスが気合を入れて支度するわけだわ)
エルシーは正直どうでもいいが、ダーナとドロレスはいかにしてエルシーを国王陛下の目に留まらせようかと必死だ。美人ぞろいな妃候補たちの中で埋もれないためには、確かにおしゃれも必要だろう。
イレイズの身につけているドレスは、黒地に赤の差し色が入ったものだった。あまり横に広がらないデザインで、背の高い彼女によく似あっている。だが、彼女はアイネとは違いアクセサリーはつけておらず、変わったものと言えば手元にある扇くらいだった。
(今日は暑くないけど、扇があったら
エルシーが明後日の方向に思考を飛ばしていると、それに気づいたらしいダーナが控えめに咳ばらいをした。
エルシーはハッとする。
「はい、礼拝堂には毎日通っています!」
「やっぱり! 侍女たちが話していましたのよ。ずいぶん敬虔な方がいらっしゃると」
「わたくしも聞きましたわ。お掃除されているんですって?」
「まあ、お掃除……。それは、大変ではなくて? ほら……あれでしょう? 陛下がお命じになられたから、自分たちの暮らす部屋も掃除しなくてはいけないでしょう?」
イレイズが愁いを帯びた表情で、はあ、と息を吐きだした。
「掃除に洗濯にお料理なんて……わたくし、一年もここで暮らしていけるのかしら」
「わかりますわ。侍女たちにも限界がありますもの」
アイネまで重たいため息をこぼす。
(やっぱりお姫様にとって、掃除も洗濯もお料理も大変なことなのね)
エルシーがふむふむと頷いていると、アイネがにこやかに訊ねてきた。
「セアラ様もここでの生活は大変でしょう?」
エルシーはきょとんとして、それから首を横に振った。
「いえ! 毎日楽しくすごさせていただいています!」
「え?」
「楽しく?」
アイネとイレイズが目を丸くする。
何か変なことを言っただろうかと背後のダーナを振り返ると、ダーナがあきれ顔をしていた。ダメだったらしい。
イレイズが探るような目を向けてきた。
「掃除に洗濯にお料理ですわよ。それに服も自分で作らなくてはいけないんですのよ? どこが楽しいんですの?」
「そうですわ。掃除や洗濯はともかく、お料理や裁縫ともなれば侍女でも対応が難しいでしょう? 刺繍や簡単な小物は作れても、ドレスなんて……」
アイネが眉を寄せる。
料理も裁縫も得意だとエルシーが答えかけたとき、四人目の妃候補がやってきた。どうやらアイネと顔見知りらしくて、控えめに手を振りながらまっすぐこちらへやってくる。
エルシーがここにいると邪魔になるだろうと後ろに下がると、イレイズが小さく手招いた。
「よかったらこちらへどうぞ」
ダーナに目配せすると頷かれたので、エルシーはイレイズが座っているテーブルに向かう。
ここでは侍女は離れたところに待機することになっているので、ダーナはエルシーが席につくと、侍女たちの待機場所に移動した。
「さっきのお話ですけど、セアラ様は本当にここでの生活にお困りではないの? わたくしなんて、着るものがなくて本当に困っていますのよ。二人の侍女も服なんて作ったことがないと言いますし……、このままだったら布をそのまま体に巻き付けて生活することになりそうですわ」
心の底から参っているのだろう、イレイズは額に手を当てて息を吐きだす。
「いくら陛下にお手紙を書いても、考えを改めてくださいませんし、いったいどうしたらいいのかしら。かといって、決まり事ですもの、実家から物を送ってもらうわけにもいかないでしょう? せめて服だけでもなんとかならないかしら。囚人だって服くらい与えられてよ」
イレイズはちらりとエルシーのドレスを一瞥した。
「あなたは着るものはどうなさっているの? シンプルなワンピースを着て歩いているところをわたくしの侍女が見かけたそうだけども……、あなたのところの侍女は裁縫が得意なのかしら?」
うらやましいわ、と言ってイレイズの視線が離れたところに立つダーナに向く。子供がおもちゃを欲しがるのとよく似た目をしていたので、エルシーは慌てた。
「ダーナは刺繍が得意ですけど、裁縫は得意じゃないですよ!」
だからダーナを取り上げないでくれと言えば、イレイズがきょとんとする。
「まあ、それではもう一人の侍女かしら?」
「ド、ドロレスも刺繍は上手ですけど、服は作れません!」
ドロレスも取られてなるものかとエルシーが力いっぱいに否定をすれば、イレイズは首をひねった。
「それなら、いったいどなたが服を作っていらっしゃるのかしら?」



