一章 オタクは推しに還元したいんだ、と俺は言った。 ②

 ……思えば、このおさななじみ台詞せりふに俺はまんまとだまされていたのだ。彼女がツンデレだと思い込んでしまった。

 ところで〝ツンデレ〟の定義をキミたちは正しく理解しているだろうか?

 本当は好意があるにもかかわらず、羞恥心などが邪魔をして本心とは反した冷たい言動を取ってしまう──それがツンデレだ。

 つまり、好意がなければそれはツンデレではない。ツンツンだ。どこまで行っても不毛な、決してデレには辿たどり着かない世界線だ。

 俺のおさななじみはツンデレではなく、ツンツンだった。ツンデレ推しの俺がおさななじみの属性をずっと勘違いしていた……このショックはデカい。この夢はきっと、傷心の俺の脳が創り出した妄想なのだろう。


「てことは、この子は俺の考えた最高のツンデレ? おおおおテンション上がってきたあああっ!!」


 ひゃあ、と少女が尻もちをついた。


「いきなり大声出さないでよ! びっくりするじゃない」


 彼女は鋭く俺をにらみつけてくる。そうだ、ツンデレとはこうでなくてはならない。


「いいぞ。強気な表情、キツいまなし。しびれるほどに容赦のないツンだ」

「は、はあ……? なんであんた、息荒くして──」

「ツンデレの魅力とは何か? 一言で言うとギャップだ。強気な態度にもかかわらず、スカートの中が見えている。こういう隙にぐっとくるんじゃないか!」

「ふぁっ!?」


 座り込んだ拍子に彼女のローブがはだけていた。ローブの下には学校の制服みたいなのを着ていて、スカートの中は俺から丸見えだった。

 ほっそりしているが、適度な筋肉が付いた脚。白くすべすべして柔らかそうなふともも。さらにその奥には三角形の布までが──


「信じらんない。どこ見てるのよ、サイテー!」


 さっと立ち上がった彼女はスカートの裾を握り、顔を赤くしていた。恥ずかしさと怒りが絶妙にブレンドした表情がそそられる。


「俺も信じられない。まさかツンデレ少女のパンチラまで拝めるとは」

「ふあああ、パンっ!? ほんとにパンツまで見たの!?」

「幼さが宿る飾り気のないデザイン、を象徴する純白、まさしくツンデレ少女のな内面を体現したかのような──」

「あああああパンツの詳細言わなくていいからっ! ふしだらな発言を今すぐやめて!」


 はあ、はあ、と少女は息を乱していた。


「……え、うそでしょ。……女神様、精霊を宿してくださったのは感謝いたします。ですが、こんなふしだらな精霊、あんまりです……!」

「俺も神に感謝しよう。こんな最高のツンデレに出会えたんだからな」

「あんた、さっきからわたしをつんでれ? とか言ってるけど、わたしにはステラ・ミレジアって名前があるの。二度とヘンな呼び方したら許さないんだから」

「ステラと言うんだな。会えてうれしいぞ、ステラ」

「わたしはあんたに会って最悪な気分よ」


 プイと顔を背けるステラ。典型的なツンデレの仕草だ。ふふ、と思わず声が出る。


「何を笑ってるの……?」

「ステラの返答が理想的すぎて感動していた」

「感動って、わたしの言ったことちゃんと聞いてた? あんたが喜ぶようなことわたしは言ってないんだけど」

「俺はさっきから喜んでばかりなんだよなあ」

「話がみ合わないわね。いい? あんたみたいな破廉恥で、ふしだらで、いかがわしいやつに出会って、わたしは超絶不愉快だって言ってるの!」

「ふむ、ここまで罵られるとはな……」


 あっ、とステラが声を上げた。失言に気付いた顔だ。気まずそうに彼女はあたふたと両腕を振る。


「だ、だって、下着を見られたら誰だってそんな反応に──」

「素晴らしい!! やはりステラは俺の理想のツンデレと確信した!!」


 沈黙が下りた。

 ステラが両腕を持ち上げたまま固まる。


「…………へ?」

「いいんだ、キモオタでも破廉恥でも思う存分罵ってくれ。大事なのはその後だ。俺がいないとこでこっそりキミが顔を赤くしていたり、『あのバカ……!』とか独り言を言っていたりしたら完璧だ。ツンデレの照れ隠しとはかくあるべき──」

「待って待って早口で何言ってるの!? あんたの言葉が少しも理解できないんだけど!?」

「つまり、ステラに罵られるのは俺にとってはごほう、というわけだ」

「なっ、なっ、何なのあんた──っ!?」


 卒倒しそうな勢いでステラは叫んだ。

 甲高い声が木立ちに反響する。


「何か、と問われたら俺はオタクだ。三度の飯よりツンデレが大好物で、ツンデレをでるのをライフワークとしている」

「おたく……? ヘンな名前。パンツ見るし、罵ったら喜ぶし、絶対あんた変態だわ!」

「変態いただきましたあっ! つくづくステラは俺を喜ばせるのがいな。天才か?」

「喜ばせてない! つくづくオタクとは話がみ合わないわよっ。うわーん、どうしてこんなわけのわかんないやつがわたしのつえに……」


 涙目になってステラはスコップを振るう。ザク、ザク、と周りの土が除かれていく。

 罵倒しても、ちゃんと俺を掘り返してはくれるらしい。そう、ツンデレな子は冷たく見えるが、実は優しいのだ。


「改めてお礼を言わせてくれ、ステラ。俺を助けてくれてありがとう」

「だから、しかたなくだってば! 自分のためだと勘違いするなんて、あんたバカじゃないの」

「そしてそのツンツンした台詞せりふ。最高だ! もっと言ってくれ」

「ああああんたが変態なの忘れてたあ! 変態を罵るには何て言えばいいの!?」

「うーん、困ってるとこもわいいな。ステラの反応がわいすぎる……」

「あんたねえ、おだてればいいとでも思ってるんでしょうけど──」

「おだてるだと? 俺は本気で言っているんだ。ステラは世界一わいい!」

「う、うるさいっ。オタクに褒められてもちっともうれしくないんだから」

「顔が赤いぞ、ステラ。掘る力も弱まってるし。動揺してるのが丸わかりだ」

「ちちち違うわよ! これは疲れてきただけ。オタクの言葉なんかに反応してないっ」

「ん、そうか。なら遠慮なく言わせてくれ」


 ゴホン、とせきばらいした俺は、森中に響き渡るような大声を出す。


「──ステラ、好きだっ!」


 時間が止まったみたいに彼女が静止した。

 スコップを地面に突き刺したまま固まってしまった少女に、俺は率直に気持ちをぶつける。


「キミは俺が求めていた最高の女の子だ! 一生、推させてくれ!」


 ボンっと音がした。

 ステラはそれはもう見事に真っ赤になっていた。パクパクと口を開閉させ、彼女は俺の首(にあたる部分)をつかむ。


「……このっ……!」


 ズポっと俺は地面から引き抜かれた。おお、抜けた! と思ったのもつか、ステラは俺を持ったままぶんぶんと腕を振り回し始める。ヤバいぞ、目が回る。


「い、いきなり何てこと言うのよ、バカああああああああ────っっ!!」


 全身から湯気を噴いたステラは、俺を力いっぱい放り投げていた。


「おおおおおおおおっ───!?」


 ツンデレ少女の羞恥心をあなどるなかれ。

 投げられた俺は勢いよくくうけて天を目指す。

 そらで気付いたが、俺が埋まっていた森のそばにはレンガ造りの大きな洋館が建っていた。その入り口にはかがりかれ、かつちゆうを着た兵士たちが立っている。洋館の隣の小屋にはほろ付き馬車がまっていて、馬の世話をしている人たちが見えた。間違いなく日本の風景じゃない。

 飛来することしばし、俺は森の端にある池にぼちゃん、と落ちた。



 ……ちょっと調子に乗りすぎたか。

 俺は水底で反省した。

 反省はしたが、後悔はしていない。夢で推しが現れたらテンションが上がるだろう? 好きだ、と愛を叫ぶだろう? 夢で我慢するなんてバカらしいじゃないか!

 とはいえ、現状をかんがみるに、俺は少々しくじったようだ。

 ステラに投げられた俺は今、池の底に沈んでいる。

 水にかったときは呼吸ができないとあせったが、俺はつえだ。呼吸はいらなかった。息苦しさは感じないし、水が目にみることもない。

 問題はステラとはぐれてしまったことだ。

 俺はつえなので、自力で池から出られない。彼女が拾いに来てくれなければずっとこのままだ。


(うーん、ステラのツンデレ具合から考えて、ほとぼりが冷めなければ俺を探しに来てはくれないだろうなあ。俺がステラと再会できるのはいつになるやら……)


 ふっと黒い影が差した。

 視線を向けると、池の主みたいな巨大ナマズがいた。

 ナマズはブラックホールのような口を開けて水を吸い込む。俺も一緒にやつの口に吸いこまれていた。


「ええ……」


 がっくり展開だ。

 ツンデレ少女と出会ったと思ったら、ナマズに食われるのか。この夢はどうなってるんだ。しかもガジガジとナマズの歯が身体からだ中に刺さって割と真剣に痛い。


「痛て痛て! ナマズにかじられる夢なんて早く覚めてくれえっ!」


 俺がたまらず叫んだときだった。

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ツンデレ魔女を殺せ、と女神は言った。3の書影
ツンデレ魔女を殺せ、と女神は言った。2の書影
ツンデレ魔女を殺せ、と女神は言った。の書影