一章 オタクは推しに還元したいんだ、と俺は言った。 ④

 景色を見る限り、ここは日本じゃない。それなのにか俺の日本語は通じ、ステラは日本語をしやべっている。これが都合のよい世界=夢じゃなくて何なのか。


「ニホンゴ……?」とステラは首をかしげた。


「わたしが話してるのはオラヴィナ語だけど」

「はい?」

「全知全能なる女神様は精霊と人が意思疎通できるようにしたと聖典には書かれているわ。大気は自動的に言語を、それぞれが理解できるよう変換しているのよ」


 何だそれ……自動翻訳機が付いているようなもんじゃないか。やはりこの世界は都合がよすぎる!


「オタクの現実逃避はこれで終わり?」


 あきれ顔でステラは俺を見下ろしてくる。

 現実逃避。そうだ、この夢は俺の現実逃避だ。よほど俺はおさななじみの件がショックだったらしい。こんな理想のツンデレ少女を創り出してしまったんだからな。

 そろそろ現実に帰ろう。この子と別れるのは惜しいが、俺の脳が創った妄想ならまたいつか夢で会えるだろう。今度は俺も人間の姿で頼む。

 さて、夢から覚めるにはどうしたらよいか──?


「ステラ、俺をたたいてくれないか」


 ひっとステラが顔を引きつらせた。汚いものを見る目になる。


「変態……」


 違う。夢から覚めるには痛みを与える。その方法をもう一度試したいだけなのだ。俺は今、自分で自分の頭を壁にぶつけることもできないんだからな。

 ところが、彼女はすっかり引いてしまったようだ。変質者を警戒するみたいに微妙に距離を置かれている。


むを得まい。ここはまたステラの羞恥心を爆発させるしかないな)


 俺は意を決して言った。


「ステラのベッドはいい匂いがするな。ずっとここにいたいくらいだ」

「なっ……!」


 慌ててステラはベッドからつえを取ると、真っ赤な顔で俺をにらみつける。


「誰がわたしのベッドを嗅いでいいって言ったのよ、このド変態っ!」

「普通にしてたら嗅げちゃったんだよなあ」

つえのくせになんで匂いが嗅げるのよ……! あんたの鼻の穴はどこにあるの!? 今すぐ塞ぐから教えなさいっ」

「想像以上にツンな台詞せりふキタ──! さすがステラ、オタクの期待を裏切らないな」

「くうう、あんたを喜ばせたいわけじゃないのにー!」


 悔しいのかステラは地団太を踏んでいる。


「まあ、それは無理な話だな」

「は?」

「ステラにどんなに罵られても俺は喜ぶ自信がある。ならステラは、俺が心から大好きなツンデレだからだ」


 ボッとステラの顔が燃えた。

 羞恥心が彼女の許容量を超えたのがわかった。わなわなと震えたステラは、俺を持っている腕をブン、と振りかぶる。


「この、バカバカバカ────っっ!!」


 狙い通りだ。

 ステラは俺を力いっぱい投げつけた。よし、これで壁に当たる! と思いきや、俺は薄く開いた窓からダイブしていた。


(あれ? まあ、いっか……)


 ステラが「しまった」という顔をしていたが、俺は真っ逆さまに落ち、頭から石畳に激突した。



 一度やってダメなものは何度やってもダメなのだ。

 意識を取り戻すと、俺は銀髪美少女に膝枕されていた。

 場所はステラの部屋があった洋館の脇である。ベンチに座ったステラは星空をバックに俺を心配そうに見つめていた。俺の後頭部にはふとももの絶妙な柔らかさがあって、彼女は俺の頭をでてくれている。なんて幸せなんだ!

 ずっとこうしていたい欲求を抑えて俺は声を出した。


「……ステラ」


 びくっとしてステラの手が止まる。

 俺が意識を取り戻したのに気付き、彼女は慌てて俺から手を離した。不安顔を引っ込めてぶつちようづらを作る。


「あんたのせいで先生に

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