一章 オタクは推しに還元したいんだ、と俺は言った。 ⑤

 ステラは自分でローブをかき抱いた。「……そう」と静かに言う。それから彼女はつえをぐるんぐるんと大きく振り回し始めた。


「あーあ、どうりでおかしいと思った。しやべつえなんてぜんだいもんだもの」

「この世界でもつえしやべらないんだな」

「クラスメートのつえしやべったことはないわ。わたし、てっきり精霊王みたいなすごい精霊が宿ったのかと勘違いしちゃったじゃない」


 ぐるんぐるん。

 足側を持って振り回される俺。回転する視界ではステラの表情も見えない。


「うっぷ、ステラもう振らないでくれ。俺は酔いやすい体質なんだ。吐きそう……」

つえなんだから吐くわけないでしょ」


 そうなのだが、気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。勘弁してほしい。


「見える? 女神像よ」


 いつの間にか広場の入り口に来ていた。ステラは俺を突き出す。

 屋台が並ぶにぎやかな空間が目の前に広がっていた。一番奥には巨大な石像がそびえている。

 ローブをまとい、こうごうしいつえを持った大人の女性。その表情は慈愛に満ちている。いかにも女神っぽい。


「あんたが女神様に会えるよう、わたしが協力してあげる」


 そう言ってステラは笑った。



「ツイてるわね。今日は女神降臨祭なのよ」


 俺を手にしたステラは、屋台のランプの群れを眺めて言った。


「女神降臨祭?」

「年に一度、女神様がわたしたち人間の願いを聞いてくださる日よ」

「何でも願いがかなうのか?」

「そんなわけないでしょ。女神様は平和と安寧を愛するかたよ。公序良俗に反した願いや私欲に満ちた願いはかなえてくださらないわ。あとは、女神様のこころに添わなかった願いも……女神像の足元にたんざくがあるのがわかる?」


 最後、ステラの口調がどことなく歯切れ悪く感じたが、俺は女神像に視線を向けた。像の足元は無数の紙片で覆われている。


「ああ。なんか紙が束になってるな」

「降臨祭の日には女神像に女神様が宿るとされているの。そのとき像に触れたものは神座、女神様が住まわれる場所に届く。だから、わたしたちは願いを書いたたんざくをああやって女神像にささげているわけ」

「ステラもたんざくに願いを書いたのか?」

「もちろん」

「何を願ったんだ?」

「わたしの願いより、今はあんたの願いよ」


 ステラは指先で俺の頭をつつく。


「あんたが女神様に願いをかなえてもらうには、あんた自身が降臨祭の最中に女神像に触れるしかないわ」

「俺の分のたんざくをステラが書けばいいのでは?」

たんざくは一人一枚しか与えられない決まりよ。つえのあんたにたんざくはないわ」

「他の紙で代用したらダメなのか?」

「ダメに決まってるでしょ! あんたねえ、たんざくは女神様のせきによって作られたのよ。降臨祭が終わると同時に、願いを書いたたんざくは女神様の元へ飛んでいくの。普通の紙に書いたって、女神様の恩恵を受けられるわけないでしょ」


 

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ツンデレ魔女を殺せ、と女神は言った。3の書影
ツンデレ魔女を殺せ、と女神は言った。2の書影
ツンデレ魔女を殺せ、と女神は言った。の書影