一章 オタクは推しに還元したいんだ、と俺は言った。 ⑥

 先生らしき女性はクドクドとステラに説教を始める。俺を窓から落としたときもこんな調子で怒られたのだろう。ステラは神妙な顔でそれを聞いていた。


「まったく、これだから貴女あなたは嫌われるのですよ」


 先生が発した一言に、ぴくりとステラが反応する。


(嫌われる……?)


 ゴホンとせきばらいをし、先生は去っていった。ステラは唇をんでうつむいている。


「ステラ、今のは──」

「食べ物を買うから少し黙ってて」


 ステラは俺をひもるして背負った。長蛇の列ができている屋台へ向かう。

 この世界でもつえしやべらないらしい。俺たちが会話していたらステラがヘンに思われてしまう。

 俺は黙って、ただのつえになった。

 ステラが並んですぐ、前にいた女子がおもむろに振り向いた。彼女はぎょっとして、そそくさと屋台の列を離れていく。次々と他の生徒もそれにならった。


(何だ……? この子たち、ステラを避けてる……?)


 疑問に思っている間にステラは屋台の先頭に来ていた。長蛇の列はあっさりと消えていた。彼女たちはステラを遠巻きにしてヒソヒソと会話している。

 嫌な空気だな、と思った。

 ステラも気付いているはずだが、それを気にする素振りはない。ツンとぐ前を向いた彼女は、屋台のおじさんにケバブみたいな料理を注文している。おじさんはステラに陽気に話しかけてきた。


「お嬢ちゃん、随分小さいなあ。本当にここの生徒なのかい?」

「むっ……一年生です」

「はっは、これから成長期だな。いっぱい食べないとな」


 これはサービスだ、と言っておじさんは肉を追加で盛ってくれる。

 ステラはぶんぶんと両手を振った。


「こ、こんなたくさん、頼んでないです……!」

「いいから、いいから」とおじさんはステラに山盛りのケバブを差し出す。視線をグルグルさせてちゆうちよしていたステラは結局、


「……し、しかたないですね。もらっておきます」


 不承不承といった声を出した。

 が、声とは裏腹に彼女の口元はだらしなく緩んでいる。ケバブを見る目も輝いていた。

 屋台のおじさんはいい笑顔になる。


「お嬢ちゃんに女神様のご加護があらんことを」

(グッジョブ、おじさん! いつかツンデレについて語り合おう)


 紙袋に包まれたケバブを手にステラは屋台を離れる。

 広場にはフードコートみたいにテーブルやイスが並んでいた。ステラが空いていた席にかけた途端、近くのテーブルにいた生徒たちが一斉に立つ。どうやら席を移動するらしい。


(あからさますぎるだろ……。ま、周囲に人がいないほうが俺はステラと話せるから助かるんだけどな)


 好都合とばかりに俺が声を出そうとしたとき、


「おーほっほっほ、誰かと思ったら嫌われステラじゃない」


 わざとらしい高笑いが響いた。

 皆がステラを避けてぽっかりと空いた空間。そこにいかにも勝気そうな赤髪の少女がやってきていた。としはステラと同じくらいだが、やたら華美なかつこうをしている。パーティー会場にいるみたいなドレスに派手なアクセサリー。さらにはきらびやかな扇子まで手にしていた。おまえは悪役令嬢か?


「広場に何しに来たのかしら? まさか嫌われステラの分際で降臨祭を祝いに来たわけじゃないでしょう?」


 上から目線で言う赤髪の少女。その後方には、少し地味なドレスを着た三人の少女がいて同調してくる。


「食事だけして帰るんじゃない? ぷぷぷ」

せいほうが使えない……アントーサのはじさらし……」

「……その通りだと思います」

(マジでテンプレみたいな悪役令嬢とその取り巻きだな……)


 ステラは口を引き結んで彼女たちを見つめていた。背中にいる俺にもステラの緊張が伝わってくる。頑張れ、と俺は心の中でエールを送った。俺は何があってもステラの味方だ。

 ステラの視線がかんさわったのか、悪役令嬢が言う。


「何よ、何か文句があるの、嫌われステラ?」


 ステラは応えない。四人をじっとにらむだけだ。

 悪役令嬢はふん、と鼻を鳴らした。


「早く部屋に戻りなさい。神聖な降臨祭にあなたの席はないわ。あなたがそこにいるだけで皆が迷惑してるのよ」


 気取った仕草で彼女はつえを出す。


「火の精霊よ、崇高なる女神の名の下に契約を果たしなさい。──《火よ、在れイグナリア・ザイン》」


 ゴウ、と音がして、悪役令嬢のつえの先に炎がまとわりついた。


(何だ、あれは……!?)


 気付けばテニスボールくらいの火の玉がいくつも赤髪のそばに浮いている。現代科学では説明できない事象だ。魔法か? この世界には魔法があるのか!?

 俺のテンションが上がるのとは裏腹に、状況は危機的になっていた。

 悪役令嬢はどうもうな笑みを浮かべ、つえを振り下ろす。


「さあ、嫌われ者はせなさい──っ!」


 火の玉すべてがステラに襲いかかった。


「っ!」


 ステラはイスを蹴って立ち上がる。その際、ポケットから小袋を出して四人に投げつけた。ボンッと音がして白い粉が舞う。


「なっ、ゲホッ、ゴホッ……これは小麦粉!?」

「幼稚なことをケホッ、するじゃない。ぷぷぷ」

「ゴホゴホ、せいほうで勝負しない……きようもの……」

「……その通りクシュン、だと思います」


 ステラは一目散に逃げていた。追ってきた火の玉が足元ではじける。何事かと他の生徒がこっちを振り向くが、誰もステラを助けようとしない。先生もだ。つえの扱いを注意するなら、この状況もどうにかするべきじゃないのか?

 はあ、はあ、とステラの苦しげな息遣いがそばでしていた。

 もういいだろう、と思った俺は声を出す。


「ステラ、追っ手はいなくなったようだぞ」


 彼女の足が止まった。

 広場の隅、屋台のもステージの音楽も届かない暗がりでステラは息を整える。


「……ここで食事するわよ」

「おう」


 ツンデレ少女が隣にいれば、どこで何を食べたってしいに決まってる。



「なんで俺はつえなんだ───っ!」


 俺は天に向かってえた。

 広場の端っこ。植え込みのそばの階段に腰かけたステラはケバブを頰張り、俺を見る。


「ふへ? いきなりどうしたの?」


 俺は階段に立てかけられている。そうしているとステラと横並びに座っているみたいだが、あくまで俺はつえである。

 当然、食事はできない。空腹感もなかった。


「マジで恨むぞ、女神……。異世界転生してツンデレ少女とお祭りデートなんて完璧なシチュエーションを用意しておきながら、俺はつえ! これじゃ一緒に異世界の食べ物を楽しむこともできないじゃないか!」


「デート!?」とステラは素っ頓狂な声を上げた。


「ちちち違うもんっ! こんなのデートじゃ──あれ? 男の人と二人でいるってことはデート……? ど、どうしよう、デートって何すればいいの!?」

「くうううっ、せっかくツンデレと一緒にいるのに『はあ? あんたお金も持ってないの? しかたないから分けてあげるわよ』からの『……ぁ、あーん(照)』の機会を根本から奪うとは。神に人の心はないのか!?」

「……ぁ、あーん」


 ベタ、と一切れの肉が俺の頰にくっ付いた。

 赤くなったステラは、俺にソースまみれの肉をグリグリと押しつけてくる。


「こ、これでいいでしょ。バッカみたい」

「ステラが優しすぎて神」


 肉を頰に貼りつけたまま、俺は横にいるステラを見た。

 彼女は紙袋に顔をうずめてケバブを頰張っている。時折、チラっとこっちをうかがってくる様はういういしくいじらしい。これはもう完全にデートだな。


「なあ、ステラ。この世界には魔法があるのか?」

「んっ、魔法!?」


 ぎょっとした顔でステラは叫ぶ。触れてはいけないものに触れたような反応だ。


「さっき、赤髪の子が炎を出してたじゃないか。あれは魔法じゃないのか……?」

「そんなわけないでしょ。魔法は魔女が使う呪われた技よ。クインザは意地悪だけど、世界を滅ぼすような魔女じゃないわ」


 ふーむ、魔法の概念が俺のいた世界とは異なるようだ。


「なら、あれは何と言う?」

せいほうよ。あんた、せいほうも知らないの……?」

「俺の世界にせいほうなんてものはなかったなあ」

せいほうは精霊の力を借りて行うせきよ。大気中には光、火、水、風、土、五種類の精霊が漂っているの。わたしたち人は精霊にお願いして、力を使わせてもらうのよ」

「それがさっきの火の玉か」

「クインザのつえには高位の火の精霊が宿ってるから、火のせいほうが得意なのよ」


 せいほうは俺が知っている魔法と言い換えてもいいだろう。

 つえには属性を持った精霊が入るのが一般的らしい。

 それでステラは俺がつえにいると困るのか。納得した。ステラがつえに精霊王を宿したい、というのもつえにいる精霊が大事だからなのだろう。


「もう一つ、質問させてくれ。〝嫌われステラ〟って何だ?」

刊行シリーズ

ツンデレ魔女を殺せ、と女神は言った。3の書影
ツンデレ魔女を殺せ、と女神は言った。2の書影
ツンデレ魔女を殺せ、と女神は言った。の書影