第１話　両親の死

「良（りょう）二（じ）、大変よ！　おじさんとおばさんが！」

「えっ？　父さんと母さんが？」

「乗っていた車がトラックに突っ込まれて、二人とも病院に運ばれたって！　急いで！」

「ああ……そんな……」

「良（りょう）二（じ）、早く病院に！」

　そんなバカな話があるものか。

　俺は今ようやく、元の世界に戻って来たんだぞ！

　誰も信じてくれないとは思うけど、もうすぐ中学三年生になる春休み。

　車に乗った両親が所用で出かけ、俺は一人でコンビニに買い物に出かけようとしていた。

　ところが、突然地面にできた穴に落ちてしまい、気がつけば異世界へ。

　今流行している異世界系ラノベみたいな話だが、俺は元の世界に戻るため、向こうの世界の王様の命令で魔王退治の旅に出た。

　途中、何度も死にかけながら強くなり、十年もかけてようやく魔王を倒すことに成功する。

　そしてその褒（ほう）美（び）だとかで、俺は年を取らないまま、元の世界の元の時間に戻って来たのだけど……。

　戻ってきた途端にこれか……。

　俺には、魔王の呪いがかけられているのかもしれない。

　そんなものを受けた覚えはないのだけど、そうとしか思えないタイミングの悪さだ。

「大変残念ですが、手のほどこしようがなく……」

「そんな……父さん！　母さん！」

　両親は即死だったそうだ。

　身元確認のため遺体を見せてもらったが、もし俺が異世界で魔王を退治した経験がなかったら、正視できなかったであろう。

　そのくらい酷（ひど）い状態の両親の遺体と、病院の霊安室で対面することになってしまった。

　十年ぶりの両親との再会がこのあり様とは……。

　しかも、その事実を俺以外の人間は誰も知らないのだ。

　事実を話しても、幼（おさな）馴（な）染（じみ）である佳（か）代（よ）子（こ）ですら信じてくれるかどうか……。

「可（か）哀（わい）想（そう）に……あまりのショックで涙すら出ないんだろう」

　職業病か？

　それとも、向こうの世界で死を見すぎたために感覚が麻（ま）痺（ひ）しているのか？

　俺は、両親の遺体を見ても涙が出なかった。

　そして俺は喪主として二人の葬儀を執り行ったのだが、ここでも泣いている場合ではなかった。

　葬儀に呼んだ親戚たちが、とんでもないクズたちだと判明したからだ。

「おい、良（りょう）二（じ）！　二人の死亡保険金はいくら出たんだ？　さぞや大金なんだろうな」

「でもね、遺産はすべて私たちのものなのよ。あなたは子供だから貰（もら）えないって法律で決まっているの。ちゃんと全部寄越さないと、警察に逮捕してもらうからね。あなたは少年院に入れられてしまうのよ」

「信（しん）也（や）の高級腕時計は俺が貰（もら）ってやるよ。あとは、スーツもいいやつを持ってやがるな。サイズも同じだし、これは形見分けだ。形見分けは法律で認められているんだ。弁護士に言っても無駄だぞ」

「金目の物はないかな？　遺産分けだから」

「良（りょう）二（じ）はそこで静かにしていろ」

　両親の葬儀に参列した親戚たちは、早速家の中で金目のものを探し始めた。

　さらに、預貯金や二人の死亡保険金、両親の車と事故を起こしたトラックを所有していた運送会社からの慰謝料。

　これらをすべて寄こせと言ってきたのだ。

　法律で、すべて自分たちに権利があるのだと。

　そんなレベルの低い噓（うそ）。

　向こうの世界で何度も修羅場を潜（くぐ）ってきた俺に通用するわけがなかった。

　だが今の俺は、彼らから両親を亡（な）くした弱い子供だと思われている。

　ちょっと騙（だま）して脅せば、容易に遺産をすべて奪えると思ったのであろう。

「（つまり、こいつらは敵か……）」

　田舎の出だと聞いたが、どうして両親が彼らとほとんどつき合ってこなかったのか、今ようやく理解できた。

　従兄（いとこ）たちも……今時、不良漫画のキャラクターみたいな連中が実在するんだな。

　俺を睨（にら）みつけて、脅しをかけている。

　残念ながら、異世界に召喚される前の俺ならともかく、今の俺には通用しないけど。

　弱ければ死ぬ！

　そんな世界で十年も生きてきた俺だ。

　こいつらにビビることは当然ないし、遠慮する必要なんてもっとないのか。

「お金も、両親の遺品も渡せません」

「なんだと！　分家のガキのくせに生意気な！」

「俺を誰だと思っているんだ！　俺は名門棚（たな）橋（はし）本家の当主なんだぞ！」

「そうよ！　分家は本家のためにお金を出して当たり前なのよ！」

「そんなしょうもない噓（うそ）、よほどのバカじゃないと通用しませんよ。父さんと母さんの兄弟姉妹だからいい年なのに、本当に救いようのないバカなんですね」

「なんだと！　それが大人に対して利（き）く口か？」

　俺は事実を口にしただけなのだが、導火線が短いのか、親戚たちはすぐに激高してしまった。

「大人として敬意を払ってもらいたかったら、レベルの低い噓（うそ）をついて、他人の遺産を奪おうとしないでください」

「生意気ね！　両親と同じだわ！」

「竜（りゅう）一（いち）！　竜（りゅう）二（じ）！　翔（しょう）馬（ま）！　少し痛めつけてやれ！」

「親（おや）父（じ）、あとで小遣いの増額な」

「へへっ、サンドバッグにしてやるよ」

「竜（りゅう）二（じ）、顔はやめとけ。見えないところをやるんだ」

「良（りょう）二（じ）、ビビッてるのか？」

「俺たちは、地元で一番強いからな！」

「殺さなきゃ、未成年だからセーフだし」

　高校生？

　いや、大学……に合格しそうな知性を感じられない俺の従兄（いとこ）たち。

　伯母に命令され、遺品漁（あさ）りをやめて俺に殴りかかってきた。

　両親の葬儀で暴力沙汰とは……葬儀会社の人たちや弔問客が帰ったあとを狙ったのは、そこまでするクズのくせに、世間体だけは気にするってわけか。

「先に殴りかかってきたのはそっちだ。正当防衛ですよ」

　とはいえ、殴りかかるわけもなく、俺はすぐに全員に『催眠』をかけた。

　魔王退治では大して役に立たなかったが、人間の裏切り者たちから情報を引き出すのに重宝した魔法だ。

　見た目は中学生でも、俺は魔王を倒した最強の勇者なのだから。

「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」

　やはり、この世界の人間は魔法への抵抗力が弱いな。

　こうも簡単にかかってしまうなんて。

「みなさん、わざわざ両親の葬儀に参列していただきありがとうございます。こんなに沢山の香典までいただいてしまって。さすがは、棚（たな）橋（はし）本家。はいはい、半額返しですよね。わざわざ常識のない子供にご指導いただきありがとうございました」

　俺の催眠にかかった親戚たちは、こぞってＡＴＭで帰りの交通費以外の預金を引き出し、消費者金融で借りられるだけのお金を借り、香典袋に入れ直して俺に手渡した。

「初七日と四十九日は結構ですからね。あとで確実に香典返しを送りますから」

　両親が勤めていた会社の人たちや、近所の人たちの香典は常識的な額だった。

『催眠』で操ったクズな親戚たちからは、とんでもない額の香典が……というほど集まらなかった。

　みんな貧しいからこそ、両親の遺産を奪おうとしたのだから当然か。

　貧すれば鈍するであり、昔からこんな連中だから両親もつき合わなかったのだろう。

　それでも、『催眠』で操って限度額まで借りさせたお金と合わせ、なかなかの金額になったな。

　ちゃんとその金額の半額分の香典返しを送るから、せいぜい高価な品を楽しんでくれ。

「そうか。俺は一人だから、こういう目に遭ってしまったのか……」

　向こうの世界でも、魔王と同じぐらい酷（ひど）いことをしてくる人間がいた。

　この世界でも、身寄りのない未成年に同じことをする人たちがいる。

　それも親戚であり、血の繫（つな）がりなんて案外あてにならないものだな。

「せっかく、元の世界に戻ってきたんだけどなぁ……父さん、母さん、俺は正しかったのかな？」

　クズな親戚たちを帰したあと。

　緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。

　一人になった俺は、両親の遺骨の前で初めて泣いた。

　同時に、一人で強く生きていくことも決意したのであった。