第5話 岩城理事長 ③

「それで、Eクラスで成績もビリの俺になんの用事ですか? もしかして退学?」

「そんな小芝居はいらないから。ダンジョン探索情報チャンネルで荒稼ぎしているふる君」

「知っていたんですね」

「多少情報収集能力に問題があるけど、日本政府だって把握していないわけじゃないからね。実は公安とか内調とか、自衛隊も人を出して君を監視しているよ」

「みたいですね」


 最近、かなりの人数に探られているのは気がついていたけど、あまり近寄って来なかったので無視していたのだ。


「どうせ君の会社である『ふる企画』の決算が出たら、もっと多くの人が気がつくだろうけどね。上場していない一人法人なのに、あんなに利益出しちゃったらね。ごうりの政治家たちはワクワクなんじゃないかな」

「面倒くさかったら、他の国に留学しますけどね」

「それは勘弁してほしいなぁ。海外に仕事に行くのはいいけど」

「それは向こうの動き方次第ですから、現時点ではなんとも言えません」

たかはし総理に言って、政治家たちが余計なことしないようにするから」

「あの総理大臣、もう駄目なんじゃないですか?」


 世界中にダンジョンが出現したせいで発生した大不況への対策が遅いと、マスコミや野党によくたたかれていたからだ。

 支持率も、低くはないけど高くもないといった感じだ。


「ああ、大丈夫。このところ冒険者が稼いでいるからね。稼ぎが増えた彼らが派手に使うから、ちょっと景気は上向いてきたんだよ。エネルギーと鉱物資源を輸入しなくなった分貿易黒字も増えているし、国内でエネルギーや金属資源を賄うから、内需に関してはこれから爆発的に増えていくと思うんだ。マスコミは、景気が上向いて広告収入が入れば追及の手を緩める。でもあの人たちの政府批判ってお家芸みたいなところがあるから、あまり気にしても仕方ないかなって。野党は、多分まだ対策会議を立てるんじゃないかな」

「あの人たち、対策会議を立ち上げるのが大好きですよね」

「仕事をした気分になるからだと思うよ。それで、今日は君にお仕事の依頼をしようかと思って」

「どんな仕事ですか?」

「ほら、海外から留学生たちが来たでしょう? 早速うえこうえんダンジョンで探索をしているけど、成績優秀で自分の実力に自信がある子たちばかりだから、無茶はしないようにしばらく見張ってほしいなって」

「………別にいいですけど、もう少しで日本の全ダンジョンの動画撮影が終わるとこだったんだけどなぁ……」

「何日かだけでいいからお願い。それが終わったら、特別クラスに編入するから」

「別に、Eクラスのままでいいですけど」


 クラスメイトたちがウザイけど、どうせほとんど学校に行かないから問題ない。


「そもそも、君が適当に買取所に売っているスライムだけで、Cクラスには上がれる成績基準なんだけど、校長と教頭はなにをしているのかな? なか、君は知っている?」

「ええと……それが調べた結果、校長と教頭が……」

「もしかして、成績の改ざん??」

「はい。報酬を受け取って、Eクラス相当の生徒を何名かB、Cクラスに配属していますね。彼らの冒険者としての実力はイマイチですが、親が大きな企業を経営しているようでして……」

「なるほど。新事業を始めるために、はくが欲しいわけだね」

はくですか?」

「簡単なことだよ。冒険者特性がない人でも、ちゃんと装備を整えれば一階層のスライムなら狩れる。いい商売になると思わないかい? ブラック企業経営者なら」

「奴隷冒険者制度ですね」

ふる君がいた世界でもあったんだね。人間って、世界が変わっても考えることは同じだよね」


 奴隷冒険者制度とは、貴族や商人が貧しい人たちや奴隷を集め、低階層でモンスターを狩らせ、その成果を売却して稼ぐという、究極のさくしゅシステムであった。

 魔王のせいで畑、家、財産を失った難民たちを集め、最低限の報酬で使い捨てていく。

 その待遇はひどいもので、適性がない難民に倒せるモンスターは弱いものばかりだから、こき使わないともうけが出ない。

 さらにコストもかけたくないから、ろくな装備も与えずにダンジョンに放り込む。

 当然死亡率も高かったが、なにしろ人権意識の欠片かけらもない別世界のことだ。

 一部の心ある人たちだけが批判して、ほぼ放置されていた。

 こういう時は教会が……とはならず、逆に奴隷冒険者制度で荒稼ぎしている神官たちまで存在するあり様だった。

 俺が魔王を倒したあと、貴族にするから向こうの世界に残らないかと誘われたのだが、とにかく向こうの世界と合わなかったので、それなりの報酬だけもらって元の世界に戻ってきたという事情があったのだ。


「私も、召喚された世界が合わなくて元の世界に戻ってきた口だけどね。当時は向こうの世界は野蛮でひどいと思っていたんだけど……実はこっちの世界もそんなに変わらなかったね」

「そうですね」


 冒険者特性のある人が法人を立ち上げるのがブームだが、中にはひどやつもいる。

 ダンジョン大不況が始まった時に会社をリストラされた人たちや、いわゆる非正規労働者などを集め、ダンジョンでスライム狩りをさせている者がいるのだ。

 こういうやつは、基本的に冒険者としての実力がない。

 ないからこそ、運よく授かった冒険者特性を利用して、ブラック企業経営を始めたわけだ。


「実は結構死者が出ていて、問題になってきてるんだよね。冒険者高校でそれなりの成績だったはずの冒険者にこんなことをやられてしまうと、せっかく急いで作った学校なのに評判が地に落ちてしまう。なか

「はい!」

「私は忙しいから、君を信じて任せたはずだ。それなのにこのざまかい」

「申し訳ありません!」


 アサシンのなかは、いわ理事長に対し深々と頭を下げて謝った。


「校長と教頭はクビ。幸いにしてここは私学だからね。理事長判断で簡単に首も切れる。冒険者特性がある教師なんてなかなかいないから経験者を引っ張ってきたけど。まさかこんな結末になるとは……。便宜を受けていたB、Cクラスの生徒たちはEクラスに降格。生徒たちをちゃんと実力に沿ったクラスに配属するように。公平なルールの下で競争させなければ、クラス制度が崩壊してしまうじゃないか」

「すぐに手配します」

「当たり前だね。それとなか

「はい!」

「次はないからね」

「……それは、重々承知しております」


 レベル25アサシンのなかは、現時点なら世界ランカーに入れるほど実力がある冒険者だ。

 その彼がいわ理事長を恐れているということは、やっぱり俺の同類のようだな。


「成績優秀者たちの見守りを頼むね」

「ですが、たった数日だけでいいんですか?」

「だってここ数日が危ないんでしょう? 年に一度の『ランダムシャッフルタイム』だって、ふる君は動画で説明していたじゃない」

「そういえばそうでした」


 ランダムシャッフルタイムとは、年に数日、低階層に強力なモンスターが出現し、不運な冒険者たちを虐殺してしまうダンジョン災害のことだ。前回のランダムシャッフルタイムではたくさんの被害をもたらした。

 それならその数日間、ダンジョンに入らなければ済む問題なんだが、他にも不思議な現象が発生する。

 通常のダンジョン探索でごくまれに宝箱が出現し、そこにレアアイテムが入っているのは、64式小銃の件で説明したとおり。

 ランダムシャッフルタイムの時には、低階層でも宝箱の出現率が大幅にアップする。

 つまり稼ぎ時でもあるわけで、多くの冒険者たちは自分の命を賭けのチップとし、ランダムシャッフルタイムの期間中もダンジョンに潜ると予想されていた。


「留学生たちは自分の実力に自信があるし、特別クラスに配属された子たちがランダムシャッフルタイムから逃げたとなると、他の生徒たちから批判される……と本人たちは思っているようなんだよね」

「人の意見なんかどうでもいいんですけどね」


 他人の意見を気にして死んでしまったら意味がないからな。


「そう思える君は圧倒的な強者なんだよ。というわけで、是非ともお願いできないかなって」

「別にいいですけど」


 他のダンジョンの撮影は数日遅れるけど、ランダムシャッフルタイムの撮影はできるから問題ないかな。

 俺はいわ理事長の依頼を受け、ランダムシャッフルタイムの間はうえこうえんダンジョンの低階層で活動することにしたのであった。

刊行シリーズ

異世界帰りの勇者は、ダンジョンが出現した現実世界で、インフルエンサーになって金を稼ぎます!4の書影
異世界帰りの勇者は、ダンジョンが出現した現実世界で、インフルエンサーになって金を稼ぎます!3の書影
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