九話

 とりあえずお腹がすいたので、お昼ごはんを食べる。


「うーん、味は悪くないけど……」

「すみません、マルス様……」


 店の女将おかみさんが、俺に謝ってくる。


「い、いえ! 美味しいですよ! ただ、やっぱり肉が少ないですね」


 幸いなことに、調味料のたぐいや、しょうなどはある。

 前も言ったけど、野菜なども育てているからだ。

 しかし、肉だけがない。

 倒すのも大変だし、飼育するのが困難だからだ。

 ブルズは気性が激しい上に、人が襲われたり、最悪共食いまでしてしまう。

 飼育するなら、草食系の魔獣のみだろう。


「これはホーンラビットの肉ですね」


 リンの言う通り、これはウサギのような魔獣の肉だ。

 草食で弱いので、飼育に成功した魔獣だ。

 しかし小さいので、取れる部位は少ない。


「やっぱり、大きい草食系の魔獣が欲しいかなぁ」

「しかし、そうなると中々ごわいですね」


 鹿に似た魔獣であるオロバンや、牛に似た魔獣であるオルクスなどがいるけど……。

 どれも仲間意識が強く、集団や番で生活している。

 故に一匹を捕まえたら、一斉に襲ってくるらしい。


「それも考えていかないとなぁ〜」


 はぁ……スローライフへの道のりは遠いね。

 その後ギルドを見たり、街の様子を見て……。

 最後に、奥にある獣人達がいるエリアに行く。


「ここだけ、門と壁があるね」

「……獣人達がいますので」

「なるほどねぇ」


 高さ五メートルを超える壁が、道をさえぎるように端から端まで存在している。

 まさしく、ここだけ隔離されてるって感じだ。

 ひとまず中に入るけど……良い状態とは思えなかった。

 一応、家らしき建物は見えるけど、お世辞にも立派とは言えない。

 何より……家の数が足りてない。


「こ、これは……」

「ニオいますね……」


 道の端に、獣人達が寄り添うように座ったり……。

 生気のない目で、俺達を見たりしている。

 中には、リンに羨望の視線を向ける者も……。


「い、いえ、私達も決して彼らを虐げているわけでは……」

「でも、みんな死んだ目をしてる……」

「そ、それは……」


 ……ここで、この人を責めても仕方ない。

 人間も自分達の生活に余裕がない。

 それがいつからこうなったのかはわからないけど……。

 この世界にはエルフとかはいなく、獣人と人間だけだ。

 せっかく二種類しかいないなら、できるなら仲良く共存した方がいいよね。


「そもそも、どういうことだ?」


 天使が言っていたのは……この世界の人々だった。

 獣人も、その人々のはずだし……割と、この世界まずくない?

 その救世主とやらがくる前に、餓死者が続出するんじゃ?


「マルス様?」

「ううん、何でもない」

「このあとはどういたしますか?」

「うーん……一度戻るとします」


 ひとまず、部屋に戻り机に座る。


「状況は大体わかったかも」


 食料がない→栄養が足りない→元気が出ない→力が入らず魔物や魔獣に勝てない→魔物や魔獣に勝つには食料が必要……ということだ。


「食料を調達するのが一番ですね」

「うん、まずはそうだね。後のことは、それからかな」

「では、如何いかがいたしますか?」

「まずは、俺が行きます。リン、守りは任せても良いかな?」

「もちろんです」

「じゃあ、早速行動するかな。ヨルさん、少し森の方に行ってくるね」

「き、危険ではないですか?」

「大丈夫、リンは優秀だから。俺も魔法が使えるしね」

「そ、そうですか……では、お気をつけください」

「うん、ありがとう」


 すぐに行動を開始して、森の方に入っていくと……。


「ゴブリンですか」

「こいつらは邪魔だよね。めちゃくちゃ多いし」

「トロールやオークもいると思います。気をつけてくださいね?」


 そいつらは特に駆逐しないといけない。

 貴重な食料を殺して食べてしまうからだ。


「うん、あとは死霊系の魔物だね。スカルナイトやスカルメイジなんかも」

「ええ、マルス様は肉体は強くないんですから、私がお守りします。その代わり、私は魔法が使えないので、そちら系をお願いしますね」

「うん役割分担だね」


 ……そっか、そういうことなのかも。

 これは、あとで色々と考察してみようかな。

 そして、リンの耳がピクッと動き……。


「いました! ゴブリンが三! オークが一!」

「俺がやる! リンは守ってくれ!」

「はいっ!」

「グキャー!」

「ブホォ!」


 ち、近づいてくる! いや、落ち着け……!

 チートを持ってるけど、それ以外は俺は普通の人間だ。

 魔法や戦闘の鍛錬だってしてこなかった。

 だからテンパるし、怖い……でも、俺はリンを信頼してる。


「よし……」


 魔力を練り上げ、両手を前に突き出す。

 そして身体から土のやりを飛ばすイメージ!


「アースランス!」

「グキャー!?」

「グヘェ!?」

「もう一発!」


 迫ってくる魔物を魔法が貫き……魔石となる。


「お見事です」

「あ、ありがとう……いやー、怖いね」


 前は馬の上からだったし、距離もあった。


「ふふ、わかってくださって何よりです」

「ちょっと、調子に乗るところだったよ」


 そうだ、いくらチートだろうが、一人で何でもできるわけじゃない。

 どんどん頼っていかないと……というか、本来の俺はそうだったね。

 その後果物や薬草を採取しつつ……奥へ進むと。


「マルス様……静かに」


 俺は黙ってうなずく。


「こっちへ」


 そのまま手を引かれ、木の陰に隠れる。

 二、三分くらい待っていると……。


「フルル……」

「フル……」


 あれは……オロバンだ! 鹿に似た魔獣だ!

 頭にはドリルのような大きな一本のツノがあって、オスは皮膚があかく染まっている。

 茶色の皮膚をしてる個体もいるから、オスとメスの番かな。

 今は、辺りを警戒しながら草を食べている。


「魔法でいけますか?」


 鹿に似ているといっても、二メートルを超える大きさだ。

 身体も太く大きく、体当たりでも食らえば骨が粉々に砕けるだろう。


「加減が難しいかも……」


 殺すのは問題ない、ただ消し飛んでは意味がない。


「片方ならいけますか?」

「うん、それなら何とか」

「では、私がオスをやります。マルス様は、メスをお願いします」


 同時に殺すのには訳がある。

 片方が殺されれば、もう片方は怒り狂うからだ。

 自分の番が殺されたなら当然の感情だよね。


「わかった」


 少し戸惑うけど……でも食べないと、俺達も生きてはいけない。


「……いきます」


 低い姿勢で、リンが木の陰から飛び出した!


「フルル!?」

「ブルー!」


 オスがメスを守ろうと、前に出てくる!

 その姿に一瞬目を奪われるが……。


「セァ!」

「フルル!?」

「チッ! 防がれたか!」


 刀はツノに当たり、甲高い音が響き渡る。

 しかし、相手も横に吹っ飛んだ……なら!


「ウインドスラッシュ!」


 イメージは鋭利な刃物──それを首めがけて飛ばす!

 それは狙いたがわず……メスのオロバンの首を切断する。


「フルルァ──!!」


 怒り狂ったオスが、リンに襲いかかる!


めるなっ!」


 リンは突進をサイドステップでかわし……首を切断した。


「ふぅ……すみません、マルス様」

「ううん、こっちこそ。一瞬、躊躇ためらっちゃったかも」

「では、お互い様ですね。これからけんさんを積んでいきましょう」

「うん、そうだね」


 そうだよなぁ、実戦は勝手が違うよね。

 それに、今まで当たり前に食べてたけど……。

 俺が王都の部屋でグータラしている間にも、こうして戦ってる人がいて……。

 おかげで俺は温かいごはんや、布団なんかに包まれて……。

 はぁ……色々と反省しなきゃね。

 もちろん、自分のスローライフを諦めたわけじゃない。

 そう、みんなでスローライフを目指せばいいんだ。

刊行シリーズ

国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい(3) ~目指せスローライフ~の書影
国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい(2) ~目指せスローライフ~の書影
国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい ~目指せスローライフ~の書影