十話

 倒したら、すぐに辺りを警戒する。


「……リン、どう?」

「今のところ、寄ってくる生き物はいませんね」

「じゃあ、すぐに血抜きしちゃおっか。帰ってからだと、不味まずくなっちゃうし」

「あれ? やるのですか?」

「うん、リンばかりにやらせるわけにはいかないよ」

「どういう心境の変化で……?」

「そ、そんな目で見ないでよ!」


 まあ、自業自得なんですけどね!

 今までのツケってやつだよなぁ。


「どこか具合でも……」

「違うから! ただ……これからは領主だしさ、少しは模範にならないと。獣人を一方的にこき使ってないってさ」

「なるほど……ふふ、成長しましたね。では、やるとしましょう」

「まあ、任せてよ。覚悟さえしてれば、どうってことないし」


 ふぅ……何とか誤魔化せた。

 王族である俺が、人にやらせるのはある意味で当たり前だ。

 でも記憶が蘇った今、何でもやらせるのは気がひけるんだよね。

 なにせ、小市民ですから。

 ……はい、すみません。

 猟師の皆さん、舐めてました……。


「ウプッ!?」

「が、我慢してください!」

「う、うん」


 はい、吐きそうです。

 ひとまず草で作った即席の縄で、鹿を宙吊りにして……。

 血抜きをしながら、内臓を取り出すところで……アウトでした。


「ほ、ほら! 早く洗ってください! 魔物や魔獣が来ますよ!」

「わ、わかってるよ!」


 内臓の血を浴びて、全身血まみれのリンが怖いです……色々な意味で。


「み、水よ」


 ホースをイメージして、手のひらから水を出す。


「では、そのままでお願いしますね。すぐに中を洗いますから」

「は、早めにお願いね」


 外についた泥や血などを、リンが丁寧に洗っていく。


「ふぅ……こんなところですかね」

「えっと……冷やした方が良いんだっけ?」

「ええ、そうです。ですが、今は寒いので平気でしょう。それでも、急いだ方が良いですけど。それにしても……どう運びます?」

「あっ──ごめん、全然考えてなったよ。リンなら担げる?」


 そもそも、今日は偵察程度の予定だったし……。

 何か食料が手に入れば良いとは思ってたけど、予想外の大物をゲットしちゃったよ。


「いえ、私もすっかり王都の暮らしに慣れてしまったようです。ふむ。二頭同時でもいけますが……何か荷台を持ってくるべきでしたね。まさか、いきなり二頭も手に入るとは思いませんでしたし」

「荷台は作るの大変かも……そっか! 滑らせれば良いんだ!」

「マルス様?」

「ちょっと待って──氷よ」


 地面に氷の道を作る。


「……はっ?」

「うん?」

「こ、氷魔法……? 宮廷魔道士クラスでないと使えない上位魔法を……」

「そ、そうだっけ?」

「そのイメージと、水から氷に変化させる技量と魔力の消費量により、難易度が高い魔法ですよ……それを、こうもあっさりと」

「まあ、本で見たしね」

「いや、見たからってできるものでは……まあ、良いです」

「まあ、気にしないでよ」


 たしかに、少し魔力は減ったかも?

 でも、イメージ自体は難しくないし。


「これを、どう運ぶんです?」

「えっと、さらに氷を作って……よし」


 氷の台を作り、先頭部分に土魔法で穴を開ける。

 うん、なんかDIYみたいで楽しいかも。


「ライラ様や宮廷魔道士が見たら怒りそうですね」

「えっ? そうかな? 別に戦いにだけ使うものじゃないと思うけど」


 ライラ姉さんかぁ……きっと、今頃寂しがってるなぁ。

 俺は随分と可愛がってもらったし……うん、今世は良い家族に恵まれたよね。


「それはわかりますが……いざという時に使えなくなったら困りますよ? まだ、帰り道があるんですから」

「平気だよ、まだまだ余裕があるからね。さあ、この上に載っけてくれるかな?」

「は、はぁ……わかりました」


 リンがその細い身体でオロバンを持ち上げ、そのまま氷の台に載せる。


「俺からしたら、そっちのがすごいけど。なんだっけ? 闘気っていうんだっけ?」


 話しながらも、俺は開けた穴に草でできたひもを通して結びつける。


「ええ、我々獣人族は魔力がない代わりに、闘気があります。身体の内側にある力といったところですね」


 それがあるから、リンみたいに細い女性でも、力持ちになれる。

 きっと、身体強化能力って感じなんだろうな。

 それにより、速く動いたり、打たれ強くなったりしてるし。


「でも、それだって全員が使えるわけじゃないでしょ?」


 魔法と一緒で、獣人全てが使えるわけじゃない。

 人間と交わった個体や、純血種でも個人差がある。


「ええ、私は珍しい種族らしいですね……後から知りましたけど」

「炎狐族だっけ? よし、できた。じゃあ、これを引っ張ろうか」


 炎のような紅髪により、そう呼ばれている絶滅危惧種らしい。

 古代種でもあり、その強さは獣人族随一とも言われている。


「わかりました。ええ、おそらく純血種らしいです。薄汚れていたので、当時は犬族に間違われていましたけど」


 来た道に氷を張りつつ、移動を開始する。


「髪まで真っ黒に染まってたもんね……ガリガリだし」

「ふふ、そうでしたね。あの頃の記憶は、あまりないですが……貴方に救ってもらった日は、今でも覚えています」

「別に……救ったわけじゃないよ。たまたま目に入ったのが、君だったんだ。他の獣人達は、そのままだったし」

「それでも、良いんです。私が救われたのは事実ですから。温かいお湯に入れてくれて、ごはんを食べさせてくれて……周りが批判する中、私が手を出されないように一緒に寝てくれて……人としての感情を思い出させてくれました」

「そ、そう……」


 今考えると、恥ずかしいなぁ。

 こんな綺麗な女性と風呂とか添い寝とか……まだ、十歳だったからセーフだよね?


「ふふ、帰ったら一緒に入ります? それとも一緒に寝ますか?」

「へっ?」

「ふふ、冗談ですよ。シルク様に怒られちゃいますからね」

「シルクか……良い人に会えると良いけど」

「良い方ですからね。奴隷出身の私にも、初めから優しくしてくださいましたし」

「まあ、ちょっと誤解されやすいけどね」


 いわゆる、ツンデレさんってやつだし。

 素直じゃないけど、優しい女の子なのは知ってる。


「そうでしたね。よく怒られてましたね?」

「まあ……ね。悪いことしたなぁ」


 俺が穀潰しと言われて、婚約者である彼女も色々言われてたはず。

 それでも、俺に付き合ってくれた……元気だと良いけど。

 今頃、どうしてるかな……。

刊行シリーズ

国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい(3) ~目指せスローライフ~の書影
国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい(2) ~目指せスローライフ~の書影
国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい ~目指せスローライフ~の書影