十八話

 ……ふぁ〜、ねむ。


「マ、マルス様、朝なのです!」

「もうちょっと……」

「さ、さっきも、そう言いました! うぅー……わたし、怒られちゃうよぉ〜」

「ラビ? 何をしているのです?」

「リンさん! マルス様が起きなくて……ごめんなさい、お仕事任されたのに」

「いえ、仕方ありませんよ。私も最初は苦労しましたから……では──ソレッ!」

「わひゃー!?」

「すごいです! 起きました! でも、いいんですか?」

「よくないよっ! くすぐったいよっ!」


 まったく、いきなり脇をくすぐるとか……まあ、よくやられたけどさ。


「おはようございます」

「おはよう……いや、そんなキリッとした顔して誤魔化さないでよ。んで、どうしたの? まだ、早くない?」

「もうすぐに九時の鐘が鳴りますよ。マルス様が言ったんですよ。明日、それぞれの責任者を集めろって」

「あっ、忘れてた。仕方ない……働くとしますか」


 俺は重たい身体を動かし、ベッドから出る。

 ひとまず顔を洗って歯をみがき、食卓につく。


「あれ? そういや、レオやシロは?」

「もう、みんな朝ごはんを食べましたよ。レオは筋トレや鍛錬をしてもらってます。本来の力が戻れば、戦力になりますから。いずれ、この館の守りを任せるかと。シロは見習い料理人として働いてもらいます」

「もぐもぐ……これ、うまいね」


 煮込みスープかぁ……昨日のオルクスがホロホロになって美味しい。

 野菜の旨味と肉の旨味……やっぱり、両方揃うことで相乗効果が生まれるよね。


「聞いてます?」

「こ、怖い顔しないでよ。聞いてるから。うん、リンに任せるよ」

「まったく……そんなに全部、私に任せていいのですか?」

「うん、信頼してるから」

「むぅ……それを言われると弱いですね。まあ、いいでしょう」


 ふふ〜ちょろいのだ。


「なにか?」

「いえ、なにも」


 俺は真面目な顔で食事をして、難を逃れるのであった。

 さて、どうするかなぁ〜。

 食事を済ませた俺は、奴隷商と奴隷を雇っている人達を集めた。


「えー、まずはお忙しい中お集まりいただきありがとうございます」

「マルス様、貴方は王子ですから」

「むぅ……偉そうにするのは苦手なんだけどなぁ……まあ、大目に見てよ」


 すると……彼らからヒソヒソ声が聞こえてくる。


「やっぱり、変わり者だ……」

「奴隷解放とかいうんじゃ……?」

「獣人を秘書に……俺達、罰を受けるのか?」


 まあ、そうなるよねー!


「コホン! まず初めに言っておきます。俺は、別に獣人達を優遇するつもりは一切ありません。ただ、彼らにも正当な権利を与えたいと思ってます」

「それは一体……?」

「簡単なことです。きちんとした食事、住み処、休息の時間などです。皆さんだって、一日中働きぱっなしだと疲れるでしょう? 彼等も同じですよ」

「し、しかし、それでは仕事が終わらないのでは?」

「奴等がつけあがると思います!」

「そもそも、食事だってタダではないのです!」

「うん、わかってるよ。でも、休息を取った方が効率はいいから。当たり前だけど、ごはんを食べないと元気が出なくて、仕事もはかどらないよ。あと……仕事に見合った給料を払ってるのかな? 彼等は、辛い重労働をしてると思うよ?」

「な、何故、我々が……」

「そんなことしたら、俺達のもうけが……」


 うーん、すでに長年の積み重ねで既得権益まで発生しているからなぁ。

 これを今すぐに辞めさせることは難しいか……まずは、少しずつだね。


「ならば、見張りを減らせば良いのでは?」

「しかし、そんなことすれば反乱が……」

「冒険者達の仕事だって……」


 ここでの冒険者の仕事は、主に見張りらしい。

 あとは近隣の村からの依頼で、近辺に出る魔物や魔獣退治、荷物運びなど。

 間違っても、魔の森の奥には入っていかないらしい……採算が合わないってことで。

 いっかくせんきんできるダンジョンのある世界ではないし、現実的な職業なのかも。


「冒険者の仕事については考えてあります。そして、そもそもきちんとしていれば反乱など起きないのでは? 貴方達が、ひどいことをしているということを認識している証拠です」

「うっ……そ、それは……」

「い、いや、しかし!」


 あんまりしたくないけど、ここは強めに言っておくか。


「とりあえず、お昼休憩は絶対です。そしてお昼ごはんは、専門の者達が用意します。なので、貴方達の懐が痛むことはありません。そして休憩をさせた結果、仕事が終わらないのなら、補塡分は我々が支払います」

「そ、それなら……」

「まあ、いいですけど……」

「はい、というわけで解散です。賃金の引き上げや、労働時間については、また後日改めて話し合うことにするね。最後に……もし不正をしたり、きちんと休憩を取らせなかったら──」


 空高くに燃え盛る炎を出現させる。


「ヒイィ!?」

「あ、熱い!?」

「これが頭上に落ちると思ってね? なに、そんなに難しいことは言ってないよね? 当たり前のことを当たり前にやってくれるだけで良いんだから」

「「「は、はいっ!!!」」」

「では、解散!」


 彼等は逃げるように立ち去っていった。


「まあ、すぐには無理だよなぁ」


 前の世界でも……当たり前のことを当たり前にできない人が多かったし。

 ちょっと相手の立場になってあげればわかることを、上に立つ者達がわかっていない。

 立場が人を変えるのか、元々そうなのかはわからないけどね……。


「ふぅ……疲れたぁぁ」

「ふふ、お疲れ様でした」

「あれで良かったのかなぁ?」

「やってみないとわかりませんが……私は良いと思いましたよ? たしかに奴隷という身分は嫌ですが、きちんと食事や休憩があるなら、そっちのが良いという獣人もいると思いますから」

「なるほどね……まあ、安心して暮らせればいいってことかな?」

「ええ、彼らも仕事がないと困りますし」

「あとは適材適所の人事が必要だね……はぁーめんどい」


 その後、自室にてお金について考える。


「まずは、賃金を考えるとして……」


 この世界は貨幣制度だよね。

 金貨、銀貨、鋼貨、銅貨、鉄貨の順番に価値があって……。

 鉄貨十枚で銅貨一枚、銅貨十枚で鋼貨一枚……っていう感じだったよね。


「リン、ここの奴隷の賃金は?」

「大体、一日中働いて……銅貨一枚ですね」


 えっと……一番安いパンとかが、一個鉄貨三枚だから……パンが三つしか買えないのか。


「それじゃあ、瘦せちゃうし身体を悪くしちゃうよね」

「ええ、しかもそれより低くしか……もらえてない者もいるでしょう。当時の私のように……ゴミをあさり、物乞いのように……!」

「リン……」

「す、すみません……なまじ獣人というのは頑丈なだけに、扱いが雑でも平気だと思われてしまったのでしょう」

「そうだね、基本的に人族より頑丈だもんね」

「ええ。なので、まずは食べさせてあげれば、割と早く回復するかもしれません」

「そうだね……じゃあ、今日も行くとしますか!」

「ふふ、働き者ですね?」

「めんどいけどね……まあ、今のところ領主としてやることはこれ以外にないし」


 昼食を済ませたら、レオ、ラビ、シロを連れて、俺とリンは狩りに出かけるのだった。

刊行シリーズ

国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい(3) ~目指せスローライフ~の書影
国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい(2) ~目指せスローライフ~の書影
国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい ~目指せスローライフ~の書影