一.旅の始まり ②
アルの結界魔道具は燃費を重視して作った効果範囲が狭い物だ。アルの魔力に反応して効果をオンオフできて、効果の維持には魔石を使っている。
『お、
アルが
アルは公爵家にいる頃から食事を抜かれることが度々あり、夜中に家を抜け出して獲物を狩っては自分で捌いて料理していた。だから、野営の食事は慣れたものだった。
「スパイスかけるからちょっと離れて。目にはいったら痛いよ」
『うむ。我はそんなものに負けんがな』
ブランが数歩火から離れたのを見て、アルが調合した特製ハーブスパイスを肉に振りかけた。途端熱せられたハーブの香りが辺りに漂い、肉が焼ける匂いと混ざって二人の食欲をそそる。小さめな鉄鍋を網にのせアスパラガスと
「ブランは野菜とパンは?」
『いらん。今日の我の腹は
「……ん、そろそろよさそうだよ」
『おお、よこせ』
ブラン用の器に
『旨いな! 我が丸焼きにするよりよほど旨い!』
「そりゃ、捌かず焼くのと比べたら雲泥の差だろうね」
アルを待たずに肉に食いつくのを見ながら、肉にナイフをいれる。野生の鳥にもかかわらず、驚くほどあっさりと肉が切れた。むね部分を口にいれると、口内で柔らかにほぐれ、しっとりとした肉の弾力と旨味がしみだす。
「美味しいな……」
『だろう!
「それは、楽しみだねー」
尻尾をブンブン振るブランを見てアルもワクワクしてきた。これまではただ腹を満たすだけの食事だった。だが、ブランと旅してその行く先々で旨いものや楽しいものを味わえば、どんな幸福感を得られるだろうか。
『それは食いきるのか?』
「まだ食べるの? しょうがないなぁ」
ペロリと食べきったブランが口周りを舌で
「あー、幸せだなぁ……」
ブランがハグハグと食いつくのを見つつ微笑んだ。
夜はブランを懐に抱き込んで眠る。この辺には結界を破れる魔物はいないから見張りは必要ない。ブランは少し鬱陶しそうにするが、文句は言わないので気にしないことにした。
「明日はどうしようか。もっと魔の森側に行きたいな。北の小国ノースに向かえば魔の森に行けるはずなんだ」
『魔の森伝いに帝国に向かうのか』
「うん、そのつもり」
『なぜ帝国なのだ? そこは戦争している国なのだろう』
ブランは前にアルが話していたことをちゃんと覚えていたらしい。アルの腕に顎をのせ目を伏せながら
「帝国の中でも魔の森側は戦争に関わらないらしいよ。魔の森側の魔物に
『……うむ』
「僕は戦争には関わりたくないけど、帝国の技術には興味があるんだ。隣国が負けるのはそう遠くない。隣国を負かすような国がどういう技術を産み出しているのか、見てみたいんだ」
『そうか』
「戦争地帯を避けるには、大きく北に
『……力が無くば考えもしない道のりだがな。何を安全と考えるかは人それぞれ』
「僕は魔物より人が怖いよ……。魔の森を通れば、人との出会いを最小限にできる……」
眠気がアルを襲う。ブランと会話しながらも目を閉じ意識が遠ざかっていった。
『……人は愚かで
「ん……、なんか、言った……?」
『いや。今は眠れ。明日も歩くのだろう』
「うん……、ブランが乗せてくれたら楽なんだけどな……」
『乗せんと言っただろう』
「ふふっ……、おやすみ、ブラン」
『……おやすみ』
アルが眠りに落ちる。寝息が深くなるのを聴きながら、ブランは目を開けた。意識を広げるとこの森全体が頭に浮かぶように把握できる。森の浅いところをたくさんの人が
アルの危惧は当たっていた。この国には、特定の魔力の持ち主を捜索する国宝の魔道具がある。その魔道具を使ってアルを捜索する者がいる。大まかな位置しか分からず闇雲に捜索しているようだが。
『愚かだな。森は侵略者を許容しない』
この森は生きた森と呼ばれる。昼と夜とではガラッと雰囲気を変えるのだ。昼は森の恵みを人に分け与えもするが、夜は一転して全てが人に牙を
『……愚かなる身で森を軽んずる者に天罰を』
緩んだアルの腕から身を起こす。ブランが見据えた茂みの陰で闇が蠢いた。
森にいる人の気配が一人、また一人と消えていく。その血、その身は森の養分となり世界に巡る。愚かな人の身でさえも余さず利用してこの世界は常に変化している。
強き力を発する喜びの声が森に響く。ブランはアルを見てその眠りが妨げられていないのを確認した。ブランが密かに張っていた結界が上手く効果を発揮しているようだ。
『……
森の状況を確認して、一
森がアルに牙を剝かないのは知っている。出会った頃から、アルは当たり前に森に受け入れられていた。アルの前では、夜の森も昼と変わらない。それはブランにとっては
安らかに眠る顔をしばし眺め、目を閉じる。明日から騒がしい毎日が続くのだろう。うつらうつらと



