五.食い意地の張った狐 ①

 目を覚ましたアルはテキパキと出立の準備を整えた。今日は日が昇る前に出発する。前日は予定よりも全然進めていなかったからだ。急ぐ旅ではないが、追手がかかる可能性を考えるとあまり同じ場所に留まりたくない。せめてこの国を出られたら心情的にゆっくりできるのだが、国境までは急いでも半日はかかる。


『今日は何を食う?』

「また? あまり大きな魔物は解体に時間がかかるから嫌だな」

『何を言うのだ。でかいからこそ食い応えがあるのだぞ!』

「……はぁ。魔物ねぇ」


 森の様子を探ってみると、あちらこちらに存在を感じる。だが、アルを避けるように動いているため、魔物に偶然出会すことはなさそうだ。


『魔力の放出を抑えろ。肉が逃げてしまうではないか』

「ブラン、別に魔物を狩らなくても食料は用意しているよ?」

『むぅ。肉はたくさんあるのか』

「……まあ、ブランが馬鹿食いしなければ」

『ならん! ならんぞ! 我はしっかり肉を食いたい!』

「えー。僕は早くこの国出たいんだよ?」

『この森を暫く行ったら旨いいのししがでるぞ』

「……猪?」


 ちょっと興味がある。それを感じ取ったのか、ブランはニヤリと笑った。


『うむ。体は鮮やかな赤で、火の魔法を使う。肉は適度な脂の甘味と肉肉しい赤身の味わいが絶品なのだ。探しにいかんか?』

「……気になる。それって火焔猪ファイアボアだよね。火の魔法を使って、火の属性を帯びた魔石をとれる」

『魔石には詳しくないが、そうだろうな。毛皮は耐寒耐熱の防具になるらしいぞ』

「……ほしい」


 アルが向かっているのは北にある魔の森である。気温が低く冬は零下になることもあるとか。北にある小国は一年の半分は雪に覆われているという。一応防寒着は用意しているが、少し心もとないと思っていたところだった。


『では探すぞ』

「はーい」


 魔力の放出を抑えると、途端に魔物が活発に動き出す気配がする。だが、突然消えた気配に警戒しているのか近づいてくる様子はない。ブランも火焔猪ファイアボアの生息域はもう少し先だと言っていたので、少し急ぎめで向かうことにする。


「ブラン、ちゃんと摑まっていてね」

『言われんでも分かっている』


 ブランの魔力がピタリとアルに寄り添う。ブランは魔力を補助にして、安定的に肩に乗っているのだ。

 足下に風の魔力を集めて木々の合間を縫うように走る。ビュンッと景色が変わっていくのは見ていて楽しい。一瞬で周囲に視線を向け、走る経路を判断し、脚に力を込める。それを繰り返すと、火の魔力が濃厚に漂う場所を見つけた。


「ここが火焔猪ファイアボアの生息域かな?」

『うむ』


 森のなかにこつぜんと岩場が広がっていた。所々で煙が出ている。

 魔物の気配がそこかしこにした。まだアルの存在は気づかれていないようだ。


火焔猪ファイアボアって群れでいるのか」

『全部狩るか』

「やだよ。解体できないでしょ」

『まるごとそのバッグに入れればよいではないか』

「このバッグ、容量が決まっているんだよ? そんなに入らないから」

『意外と役に立たないな、そのバッグ』

「これでも、作るのに苦労しているんだよ?」


 ブランの言葉にちょっと傷ついたので、今後もっと容量が入るバッグを作ることを決意した。だが、肉用のバッグを用意する方が簡単かもしれない。


『仕方がない。我が一体連れてきてやろう』


 ブランが地面におりてビュンッと消えた。走っただけだろうが、速すぎて消えたように見えたのだ。


「いつもこれぐらいやる気があればいいのに。……いや、魔物狩りばかりさせられても面倒だな」


 残されたアルはブランが呼んでくる火焔猪ファイアボアを待ち受けるため、木上に跳び上がった。

 魔物の気配を探っていると、三つの気配が近づいてくるのが分かった。一つはブランのものだが、なぜ二体を追いたてているのだろうか。


「……一体って言ったでしょ」


 きっと火焔猪ファイアボアを目にして、一体ではすぐ食べ終わってしまうことに気づいて、欲張ったのだ。ブランは食い意地でできているから。きっと食べ物のことしか考えていないのだ。ちょっと文句を思いつつも、黙って到着を待った。


「あ、来た」


 赤い巨体が一体視界に入った。ブランは時間差をもって到着するよう調整して追いたてていたようだ。魔法筒を構え覗き込む。まだ遠いので狙いを定めるのは難しいが、できないことではない。


「発射~」


 なんとなく口に出しつつ、魔法陣に魔力を流し魔力弾を撃ち込む。眉間に当たって巨体がドンッと倒れた。まだ死んでいないはずだから、のうしんとうを起こしたのだろう。

 遅れて追いたてられてきたもう一体は、仲間が倒れるのを目にしてパニックを起こし、前進も後退もできずに足踏みしている。動かない分だけ狙いやすいので、こちらも眉間を狙って魔力弾を撃ち込んだ。


「よいしょっと」


 木から飛び下り火焔猪ファイアボアのもとに向かう。


『遅いな。こっちの肉はもう倒してしまったぞ』

「あ、倒してくれていたんだ、ありがとう」


 最初に脳震盪を起こした方はブランが対処してくれていたようだ。それならわざわざこちらに追いたてなくとも、二体ともブランが倒して持ってきてくれたらいいのに。なぜかブランはアルに魔物の対処をさせたがるのだ。

 残っている一体の首を剣で斬る。風の魔力を纏わせた剣は扱いやすくて切れ味がいい。ブランが倒した方も首が切られていたので、二体ともるして血抜きする。ブランは火魔法が得意なのだが、肉の損傷を防ぐために狩りでは風魔法を多用している。アルがいなかった頃は火魔法で丸焼きして、そのまま食べていたようだが。


「血抜きが終わったら、とりあえずここ離れようか」

『うむ』


 岩場の魔物たちが血の匂いとアルたちの魔力に混乱し興奮して騒がしくなっているので、これ以上住みかを荒らさぬよう、早めに立ち去ることにした。


「あっ」

『む?』


 ビュンッと移動していたら何かが跳び出してきて、反射的に剣で斬り捨ててしまった。立ち止まって斬ったもののところに向かう。


角兎ホーンラビットだ」

『旨そうだが、肉が少ないな』

「そういうことは言ってないからね」


 うっかり魔力を抑えたまま走っていたので、角兎ホーンラビットが襲ってきたらしい。首をはねて既に血抜きをされているようなので、拾い上げてバッグに放りこんだ。

 角兎ホーンラビットはGランクの魔物であり冒険者でなくとも倒せるほど弱い魔物だが、肉は臭みがなく美味しい。繁殖力が高いので森ならどこにでもいて、昔からアルがよく食べていたものだ。安価な肉なのであまり貴族は食べないが、庶民には人気だ。


「もうちょっと行くと国境だね」

『そうだな。これ以上近づく前にこの辺で野営にするか? これから国境を越えるには中途半端な時間だ』


 ブランの言葉に視線を空に向けると、日が傾いてきていた。まだ夜には程遠いが、この調子で行けば確かに国境の関所近くで野営することになってしまう。そうすると人目につきやすいので、ブランの言うことは妥当だ。

 時間があるならば火焔猪ファイアボアを捌いて、防寒着を作ることまでできそうだ。


「お昼食べ忘れちゃったな」

『腹が減った!』


 あまりに走るのが気持ちよすぎて、昼食を忘れてしまった。ブランも言い出さなかったので、風を浴びるのが気持ちよくて忘れていたのだろう。

 野営を決めたら急に腹が減った気がした。ちょうどよさそうなところにテントをはって、結界の魔道具をセットする。そこで昨日の残りのシチューを食べて少し休んだ。

 十分休息がとれたところで、テントから少し離れて火焔猪ファイアボアを捌く。二メートル近い巨体なだけに、解体も一苦労だ。


『がんばれ~』

「……もう、ブランのせいで二体もあるんだからね」


 丸めたブランケットに寝転がって寛ぐブランからの気の抜けた声援に脱力する。狐に解体ができるとは思えないからアルがするしかないのだが、なんとも不条理だ。

刊行シリーズ

森に生きる者4 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者3 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者2 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影