五.食い意地の張った狐 ②
解体できたところで肉は仕舞い、皮の
毛皮に魔法薬を塗り込みしばし乾かす。その後、毛皮用のブラシをかけて毛並みを整えた。
毛皮をカットして縫い合わせる。ゆとりをもって作ったので、剣を振るうのにも邪魔にならないだろう。
膝丈のコートができたところで暫し眺める。どう考えても鮮やかな赤色の毛は森で目立つ。町で使うにも派手すぎるだろう。
「ブラン、ちょっと採取にいってくるね」
『ん? 分かった』
とりあえずコートを仕舞って付近の森を探索して染色用の植物を採取することにした。歩きながら森を見渡すと、いたるところに有用な薬草が生えていて、ついでに採取しておく。ブランが好きなハーブスパイスの群生地もみつけたのでまとめて採取する。これは後で乾燥させなければならない。
暫く行くと探していた
たくさん生えているので遠慮なく必要分を採取した。これは量が多いほど黒みが増して
野営地に帰る途中でブラッドレモンもみつけたので熟したものを採っておく。これは赤いレモンなのだがとても酸っぱい。だが、オレンジオイルと混ぜると、酸味が抑えられた美味しいドレッシングになるのだ。
『帰ったか。何を採ってきたのだ』
「染色液用の植物だよ」
『なんだ、食いもんじゃないのか』
「もうお腹空いたの?」
『ふん。あれくらいで足りるものか』
「もうちょっと待っていてよ」
ブランケットに埋もれて寝そべる頭を撫でてから、再び作業に取りかかる。
染色用の大きな鍋に
『アル、もうすぐ夜だぞー』
「はーい」
暗くなってきた森に気づいて明かりの魔道具を灯す。染色道具を片して、夕飯の準備を始めた。夜に鳴く虫が一足先に騒ぎ出していた。
「しゃぶしゃぶでいい?」
『しゃぶしゃぶ? なんだそれは』
「あれ? 作ったことなかったっけ。なら今日の夕飯はしゃぶしゃぶにするね」
『なんだ? 汁物か?』
「これで肉を
『ほーん』
興味深そうにアルの肩から鍋を覗き込むブランを撫でて、タレの準備をする。作り置きしていたゴマだれとさっき採ったブラッドレモンで作ったドレッシングだ。肉を一枚ずつ茹でるのではブランの食べる速さに間に合わないので、最初から鍋にどさっといれてしまう。楽するのって大事。このくらい大胆な方が野外での食事の風情を感じられていいだろう。既にしゃぶしゃぶというより猪肉の水炊きになっているけど。
「よし、食べようか」
ちょこんと地面に座るブランの前に二つの皿を置く。ゴマだれをかけたものとレモンドレッシングをかけたものだ。
『う、旨いな! 肉が甘いぞ。柔らかいな』
「美味しいね。ゴマだれをかけるとちょっと香ばしくて肉の甘味がよく分かるし、ドレッシングだとさっぱりで食べやすい」
『うむ。我はこの柑橘の香りがするものの方が好きだ』
「そっか。僕もそうかも」
『もっとくれ』
「もう、いくら肉がたくさんあるにしても食べすぎだよ?」
『柑橘のやつをかけてくれ』
「全然聞いてないね?」
アルは自分の食事を終えるとブランの給仕係に専念した。肉を茹でるために火の前にいると暑くなってくる。時々吹いてくる風が涼しい空気を運んできて心地よかった。
「風が涼しいね」
『そうか?』
「ブランは毛皮を纏っているから感じないのかな」
『毛皮……。その言い方は嫌だぞ。素晴らしき毛並みと言え』
「前々から思っていたけど、ブランは自分の毛並みに自信を持ちすぎじゃない?」
『アルだって、我の毛並みに魅了されていたではないか!』
「いつの話だよ」
『むぅ。お前、時々我を撫でて楽しんでいるだろう? 気づいているのだぞ』
「……バレていたか」
『分からんわけがなかろう』
ブランのドヤ顔に無性に腹が立ったので、とりあえず整った毛並みをぐしゃぐしゃに乱してやった。



