六.狐をおだてる ①
朝日を浴びて目覚めた。テントから外に出ると、下草が朝露で濡れている。
朝食の準備の前に枝にかけたままにしていた毛皮のコートの様子を確かめに行った。僅かに湿った感じがあるが、ここまで乾けば自然乾燥でなくとも色素が定着するだろう。
「我火を纏うもの。我望むは
そっとコートに手で触れる。
「
フワッとコートが膨らむ。暖かな熱がアルのところにまで届いた。限りなく魔力を絞って発動させてみたのだが、多少勢いが強い気がするものの、
魔力が大きいのは魔物避けには便利だが、日常で使うには少し不便だ。そのためにアルは魔道具作りを学んで細かい作業をできるようにしている。
今回は
「どこも燃えてないね」
『……乾燥だけのためなら、
「わっ、ブラン起きていたんだ。そんな辛い評価はいらないよ」
毛並みを整えながら
『うむ。良い色合いだな』
「でしょう? 光が当たるとちょっと青っぽいんだ」
『そうだな。その色合いならば、町に入ったとしても悪目立ちせんだろう』
「ああ、そうだね」
コートの出来に満足して、羽織ったまま朝食の準備に取りかかる。思った以上に温度を快適に保ってくれるので、それほど寒くない状況でも着ていて問題ない。
「朝食はどうしようかな」
『肉だ!』
「えー、朝から?」
『朝にエネルギーを蓄えんと活動できんぞ』
「僕はともかく、ブランは動かないじゃないか」
『何を言う。我はいつだって何が起きてもいいように構えているのだ。頭を使っているからな』
「はいはい」
『むぅ。信じてないな』
『旨そうだな』
「はい、どうぞ」
ブランには三つ。アルは一つ。作り置き保存していた野菜たっぷりスープも注いで食べる。
器用に両手でパンを持ってかぶりついているブランを見ながら、さっと火を片付け、テントをアイテムバッグに仕舞う。ブランの食器を片せば準備は終了。
「よし、今日こそはノース国に向かうよ」
『走ればすぐだろう』
ブランの言ったとおりに木々を避けつつ走り抜ける。朝の冷たい風が頰を撫でるが、コートのお陰で体が冷えることはなかった。
『む? とまれ。いい匂いがするぞ』
「えー、なに?」
『そこの藪の方だ』
とりあえず立ち止まってブランの指す方に向かうと、赤い実がいたるところになっている低木があった。親指の先ほどの実だ。
「ベリーじゃないか」
『これは旨いな』
ヒョイッとアルからおりたブランがいち早く果実にかじりついている。アルのところにまで甘い香りが漂ってくるので、相当熟しているようだ。
「いいね。そのまま食べてもいいし、ジャムとかに加工しても美味しいよ。この甘さなら、砂糖もあまりいらなさそう」
砂糖はそれなりに高級品だ。お菓子を作るには結構量がいるので、なかなか作れない。だが、ブランはもちろんアルも甘いものが好きなので、たまには甘味を作りたい。このベリーはお菓子作りに最適だった。
「よし、これにたくさん収穫して。時間ができたらお菓子を作るよ」
『甘味か! 我はクッキーがいいぞ』
「そうだね。ベリージャムとかをのせたクッキー美味しいかもね」
『うむ』
アルが取り出した
「……いつもこれくらい動いてくれたらいいのに」
『アル! 向こうにもある。いくぞ』
ダッと駆けていくブランの後をついていった。ブランがいくつもベリーの木をみつけるので、しまいには布袋一枚では足りなくなり、追加の布袋を出してひたすら収穫を楽しんだ。
「あれが関所だよ」
『うむ。結構人がいるのだな』
「そうだね」
ベリー狩りの後はひたすら走って、グリンデル国の北端についた。ここは、小国ノースに行くための唯一の街道におかれた関所である。通るには国の許可書が必要で、運ぶ荷物の量に応じて税金を納める必要がある。
アルは森の中からその関所の様子を眺めた。思っていたより簡素な鎧を纏った兵士の数が多い。
「逃亡犯でも出たのかな? なんだか物々しいよね」
『……アルのことではないか?』
「え、僕? なんで国がここまでして僕を捕まえようとするんだよ」
『我は知らん。だが、時々アルを追うように森に入ってこようとする者がいたようだぞ』
「え!? 気づかなかった」
『まあ、全て森に拒まれていたからな』
「つまり、すぐに死んだの?」
『そうだ』
「ふーん」
公爵が自らのプライドからアルを捕まえようとすることは予想していたが、国が騎士を動かしてまでする意味は分からない。王女はアルに価値を感じていないようだったが、国としては違ったのだろうか。
「……ま、いっか」
『さっさと森を通るか。小国ノース側にまで手を回してはいないだろう』
「そうだね。グリンデル国とノース国はそこまで仲が良いわけじゃないし」
グリンデル国とノース国の間で交易はあるが、基本的に内政不干渉を貫いている。国の間には高い山が
関所周囲は森が切り開かれて壁で覆われている。監視がおかれているが、そこから離れれば壁が途切れ、そのまま森に続いている。関所は商人から税金を取り立てるために作られたためそれで十分なのだ。魔物がうろつく危険な森の中を荷物担いで通る商人はほとんどいない。
この森は両国を分ける山の裾野の森で、
関所の様子を確認したアルは、どうやってこの監視をくぐり抜けるか考えた。気配を消して関所を大幅に迂回すれば気づかれることはないだろうが少し面倒くさい。
『どうやって行くのだ?』
「うーん……駆け抜けるしかないかな」
悩みつつブランを見てあることが思い浮かんだ。ブランに乗せてもらえば、アルが駆けるよりも素早く、かつ安全に移動できるはずだ。
ブランはアルよりも素早く駆けることができる。アルが速く移動しようと思ったら魔力の補助が必要で、この状況では監視している者に察知されてしまうため使えない。だが、魔物であるブランは察知されることなく高速で移動できるのだ。また、ブランの本来の姿は体長三メートルを超える。アル一人を乗せて走るくらい問題ないはずだ。
ただ一つ問題があるとすれば、どうやってブランにその提案を認めさせるか、だ。
「……ブラン、僕を乗せて走る気はない?」
『なに!?』
案の定、面倒そうに顔を
「ほら、僕が駆けるより、ブランに乗っていった方が速いし安全でしょう?」
『むぅ……』
「彼らに見つかったら、面倒なことになるよ? 追われていたら休憩もとれないし、のんびりご飯を作って食べる時間もなくなるかも。落ち着かないよね?」
『……飯をのんびり食えんのは嫌だ』
「それに、久々にブランの本来の姿見てみたいなぁ。カッコいいもんね」
「……そうか?」



