七.ノース国国境の町ノルド ①
朝ご飯を食べて出発すると、森は次第に木々が少なくなり、街道に突き当たった。もう急ぐ必要はなさそうなので、ブランを肩に乗せてのんびり歩く。運良く街道を通る商人たちはいないようだ。遠くに茶色の断崖と町の防壁が見えた。街道を爆走すると防壁の監視に不審がられてしまうのでのんびり歩くことにする。
「風が冷たいね」
『そうか? 我は心地よいぞ』
「ブランは毛玉だから」
『この美しい毛を毛玉と言うな!』
「ははっ、ブランがいるから首周りも暖かいよ」
季節は秋に近づいている。北は一足早く冬が訪れようとしているように感じられた。コートが快適にしてくれるが、顔の辺りは直接風が当たり冷たい。頰をブランに
てくてくと歩く街道は、いくつも馬車の
『何故この山は木が生えておらんのだ?』
「不毛の山って言われているんだよ」
防壁近くまで歩くと、既に商人たちが門の前で待っていた。何台も馬車が連なっていて、アルはその後ろに並ぶ。防壁の両端は崖で、その上に山が続いている。山といっても木は生えていない。不毛の山で、大きな岩や土が固まって出来ている。それが空高くまで聳え立っているので少し恐ろしい。
「この山々は昔鉱山で、土の性質的に植物が生えにくいらしいよ。土砂崩れとかを防ぐために、町近くは定期的に土固めの薬をまいているから、余計に植物が生えないみたい」
『ふーん。そんなことをする前に植林でもすれば良かろうに』
「一度薬をまいちゃったら、どうしようもないよね」
ブランと話していると馬車の列は短くなり、アルの順番が回ってきた。
「ようこそ、ノルドの町へ。……冒険者ですか?」
「はい」
アルの荷物の少なさを見て判断したらしい門番に頷くと身分証の提示を求められた。冒険者ギルドのプレートを差し出すと、門番はそれを水晶に
「その魔物は従魔ですか?」
「はい。
『我は従魔ではないし、
拗ねて暴れるブランをギュッと腕に抱き締めて門番に笑いかける。門番は少し苦笑しながら銅の首輪を渡してきた。
「町中では従魔に首輪を着けることが義務です。また、従魔が何かしらの損害を他者に与えた場合、それを補償する義務が
門番がにこりと笑って身分証を返し町の中へと促す。アルが拍子抜けするほどあっさりと通された。門を
「結界ってあれか」
『うむ。物理結界だな。魔物以外も拒む』
魔力眼で見ると、空に薄い膜があるのが分かった。単純な魔物避けではなく物理的なものを全て拒む結界のようだ。
「悪意を弾くとかっていうのはないよね」
『ないな』
「……どっからそんな話が出たんだろう」
『この町は門を通らねば入れないし、門では必ず水晶で身分を確認されるから、不審者は入れないということではないか』
「でも、水晶って万能じゃないよ。ギルドの身分証って偽れるし。僕だって、貴族時代に平民としてギルドに登録したよ」
『だがあの水晶は普通ではないようだぞ』
「え?」
ブランの言葉に慌てて振り返って目を凝らすと、水晶が纏っている魔力は普通のものと違っていた。
「……あれ、身分証読み取り機じゃなくて鑑定球じゃないか」
『うむ』
見た目に惑わされたが、鑑定眼で見ればすぐに分かった。
鑑定球は、文字通り対象を鑑定する水晶球だ。鑑定される内容は様々で、ここにあるものは人の職業と犯罪歴、感情を読み取るという珍しいものだった。鑑定球に読み取られたものを、水晶の向こう側に座っている人が見て、訪問者に対応している門番に何か合図している。何故水晶の傍に人が座っているのか不思議だったのだが、こういうからくりがあったのか。
アルの職業はもう貴族ではないから冒険者で間違いないし、犯罪歴はなく、ノース国に悪感情もない。それであっさりと通されたようだ。
「出国は厳重じゃないんだね」
門の入国口は混んでいるが、出国口は混むことなくほぼ素通りだ。これなら違法な奴隷商人も出国しやすかったことだろう。
『謎が解けたならもういいだろう。早く行くぞ』
「うん」
看板を見ると直進する道は歩行者用で左右の道は馬車用と書いてあった。町のなかで道の用途が限定されているのは珍しい。谷間の町だから土地自体は狭い反面、交易の要所で人通りは多いということからこんな仕組みになっているのだろう。
それぞれの道の間には住居や店が建ち並んでいる。歩行者用の道に面して店が開かれていた。
「うわぁ、人多いな」
『うむ……』
歩行者用の道をしばし歩くと、所々にある小さめな広場で屋台や青空市が行われているのが分かった。丁度昼時であるので、どこもかしこも人が多い。暫く森で過ごしてきたので、この人の多さに
「これは、屋台で食べるのは無理だな」
『屋台のものは食わん』
屋台で売っているものを見ると、手の込んだものはなく、ほとんどが魔物の肉を焼いてパンに挟んだもののようだ。味付けは塩。
「……もっとハーブなり、香辛料なり使えないのかな」
『あれらが求めるのは、安く早く提供されることだけだろう』
屋台にいるのはほとんど冒険者か休憩時間の商店従業員のようだ。皆
「落ち着けるところを探そう」
『うむ』
道をそのまま進むとレストランらしき看板があった。それなりに人の出入りがあるが、女性や身なりの整った男性が主だ。明らかに普段使いの店ではない。
「潔く町で食べるのは諦めない? 食材は色々あるみたいだし」
『そうだな。我はアルが作るものの方が良い』
「ふふ、ありがとう」
意思を固めれば、やることは決まっている。必要な物資を買って町を出ることである。
「お、小麦が安い」
『そうなのか』
「あ、アンジュが熟れている。たくさんあるよ」
『買え!』
「ハクサイとニンジンとイモとオニオンとパンプキンも欲しい」
『野菜はいらん』
「このパープルイモとパンプキンはお菓子にも使えるよ?」
『買え!』
店を訪れては食料を買い込む。貨幣はこの町ではグリンデル国のものが使えるからできることだ。
「あ、ギルドがある。ちょっと魔物を売りにいくね」
『うむ』
剣と
「次の方どうぞ。ギルド証をご提示ください」
「はい」
受付は綺麗な女性だった。受付嬢を口説いていた男がアルを睨む。それにニコリと笑むと、意表をつかれた様子で固まった後、
「Dランクですね。ご用件は何でしょう」
「魔物の素材を売りたいのです」
「かしこまりました。こちらにいれてください」
腕で一抱えほどの編みカゴを渡された。これに入るかなと思いながら、魔物素材をアイテムバッグから取り出して詰めていく。黒猛牛の皮をいれた時点でいっぱいだ。その上に角や牙、
「……まだございますか」
「はい」
小さなバッグから皮を取り出した時点で周囲の雰囲気が変わっていたが、アルは気にせず受付嬢の問いに頷いた。追加のカゴに



