七.ノース国国境の町ノルド ②

「お願いします」

「……かしこまりました。これより査定致しますので、あちらでお待ちください」


 受付嬢が指した先に報酬受け取りカウンターがあった。アルは受付嬢に礼を言ってそちらに向かう。


「おいおい、それ、アイテムバッグか? お嬢ちゃんが持つもんじゃねぇだろ」


 こんなフラグは望んでない。却下。


「お嬢ちゃん、お兄さんにそのバッグ譲ってくれないか?」

「え、おじさんの間違いでは?」


 ニヤニヤとわらう男にきょとんとして言い返すと、瞬く間に顔が歪み赤くなった。一応言うと、天然での発言ではない。あおっただけである。


「てめぇっ、人が優しくしてみれば、ナメたこと言いやがって!」

「すみません。僕の頭では貴方の優しさを理解できなかったようです」


 最初からなめ腐った対応をしてきたのは男の方である。お嬢ちゃんとか、いくら美人に対してでも言っては駄目なことだってあるのだ。アルは男だ。使えないその目を捨てろと告げるべきだろうか。


「このヤロウっ!」

「あー、ギルド内で暴力沙汰はご遠慮ください」


 剣を抜き放った男に受付嬢が淡々と言う。あまりに動揺が無さすぎるのでそちらをチラリと見ると、アルがどう対応するのか観察しているようだ。受付で出した魔物素材を見て、この程度の冒険者は問題ないと判断したのだろう。だが、本来ギルドはこうした冒険者の私闘を禁じる立場のはずだ。

 所詮他人。アルはすぐにここを立ち去るつもりでいるのだから、彼らに自分の実力を見せる必要はない。彼らに利益を供与してやる気も、彼らに利用されてやる気もない。受付嬢からの評価なんて必要としていないのだ。


「ギルド内での私闘が禁じられているのを知っていての所業ですか?」

「うるせぇんだよっ!」


 アルの言葉に更にげきこうした男の剣をあっさり避けると切っ先が床に突き刺さった。アルが剣を避けられるとは考えていなかったらしい。後先考えない愚かな行動だった。


「……その程度の実力で僕に立ち向かってきたのですか?」

「なっ」

「貴方を止める人も加勢する人もいないということは、貴方、人望もありませんね」

「グッ」

「口撃はそこまでにしてやってくれ」


 突然の第三者の声に視線を向けると、階上から大柄な男がおりてきていた。


「グジンも、今度騒ぎを起こしたら冒険者資格を停止すると言ったよな」

「っ、これは、こいつがっ」

「てめぇからけんを売って、てめぇが剣を抜いたんだろうが」


 この男、誰かに説明されなくとも事情が分かっているらしい。恐らくギルドマスターだろうが、事態を静観して問題を大きくした責任をとるつもりはないのだろうか。


「つれてけ」

「「はっ!」」

「っ、ギルドマスター!」


 ギルドマスターの後ろにいた二人の男が、グジンと呼ばれた男から剣を奪い、腕を縄で拘束してどこかに連れていく。グジンはなにやらそうな叫びをあげたが、アルはそれには全く興味がなかった。なぜなら、査定が終わった魔物素材のお金を受け取っていたので。ちなみに全額ノース国貨幣で受け取り、グリンデル国貨幣を全てギルド口座に入れた。口座に入れれば他国のギルドでも引き出せる上に、その国のお金に自動で換金してくれるのだ。

 自分で言うのもなんだがとてもマイペースだ。それに対応してくれるカウンターの男もいい性格をしている。なかなかいいおっさんだ。


「……お前、マイペースだと言われないか」

「今言われたのが初めてですね」

『マイペース? それの何が悪いのだ』


 ギルドマスターが話しかけてきたので、うんざりとした気分でそちらに向き直る。大人しくしていたブランがグイグイと額をアルの頰に擦り付けてきた。面倒事に巻き込まれたアルを気遣ってくれているらしい。その頭を撫でて、もう少し大人しくしていてもらう。


「……はあ、お前さんには非はないかもしれんが、煽るのは感心せんぞ」

「そうですか」


 ひとつ頷いて一歩踏み出す。もうギルドでの用は済んだ。


「おい! このまま出るつもりか!?」

「そうですけど、何か問題ありますか。貴方は事情を熟知されているようですし、僕からお話することはありませんよね」

「……可愛くねぇガキだな」

「僕はそういう大人の駄目な感じ大っ嫌いなんですよね」

「は?」

「自己紹介もせず説教しようとして、それが受け入れられなければ相手に非があると悪態をつく。とてもうんざりします」

「……てめぇも自己紹介してねぇだろうが」

「貴方は詳しく事情を知っておられたようなので、てっきりご存じなのだと判断しました。自己紹介いります?」

「……いらねぇよ」


 どうにも気分がいらいらする。やはり人と接するのはアルに合わない。早く森に帰ろう。

 今度は引き止める声はなかった。シンと静まったギルドを横切りさっさと外に出る。道を歩き出しても、アルを監視する者はいないようだ。


『余計なことに関わってしまったな』

「……うん。僕が普通にアイテムバッグ使ったのが良くなかったかも」

『たとえ使っていなかったとしても、あの男はお前に絡んできたさ。あれはお前を見てからずっと隙をうかがっていたからな。問題を起こす常連だったようだしな』

「そうかな。ちょっと僕の対応も良くなかった。あのギルドマスターにも」

『あいつは、お前が有用な冒険者か探っていたんだろう。アルはこの町に留まるとは一度も言っていないのにご苦労なことだ』

「そうだね」


 淡々と述べるブランの言葉を聞いて、気持ちが落ち着いてきた。今さらな落ち込みも自省も程ほどに。あの男たちとアルの相性が悪かったのだと思うことにする。


「……さて、必要なものは買ったし、この国のお金も手に入れた。この町出ようか」

『うむ。この分だと今日も昼飯抜きか。我は腹が減った!』

「ごめん、ごめん。森に入ったらすぐ夕飯にするから」

『今日は甘味も食べたいぞ』

「じゃあ、アンジュを食べてみよう」


 ブランと話しながら町の外に向かう。この先の地理は詳しく知らない。防壁の向こうに木々の先端が見えているので、森は近いだろう。町を出るのは門番に身分証を提示するだけだった。水晶に翳しもしない。ブランの首輪を返却して門を出た。


「ちょっと不用心すぎるよね」

『入り口の鑑定球を信用しすぎだな』


 町の警備の甘さに苦笑するが、門を通る人数を見ると仕方ない部分もあるかもしれない。門は町に出入りする人が列をなしている。馬車も多いので、出口を厳重にしていたら町の中が渋滞になる。


「さて、森はすぐ傍みたいだね」

『うむ。さっさと行くぞ』


 門の前は広場になっていて、その先に街道が続いている。その脇は草原が広がっていて、その奥に森があった。草原では何人かの冒険者が剣を振るっている。


「こんな町の近くの草原だと角兎ホーンラビットくらいしかいないんじゃないかな」

『あれらは全く構えがなってない。森で戦えん者の稼ぎだろう』

「なるほど。まあ、角兎ホーンラビットは食用として一般的な魔物だからね」

『うむ。そういえばお前は角兎ホーンラビットも狩っていたのではないか?』

「そういえば、バッグに仕舞ったままだね」


 草原を歩きつつブランと会話する。アルの姿は初心者冒険者に紛れて目立たないはずだ。さっさと草原を抜けて森に入る。


「ここは魔の森じゃないんだね」

『ここは普通の森だな。まあ、それなりに強い魔物もいるようだが』

「うん。……さすがに町近くで薬草とかは採れなさそう」


 地面を見つつ歩くと、薬草が無惨に千切られているのが目立つ。こんな取り方をしたらもうこの薬草は育たない。先々のために一部の株を残すという考え方をできない者がいるようだ。


「もうちょっと奥に行こうか」

『この国にはどんな肉がいるのか』

「そうだね~、美味しい魔物がいるといいね」


 人の気配が周囲になくなったところで風の魔力を纏って走る。森の空気を浴びて爽快な気分だ。


『肉を狩るために魔力は抑えろ!』

「えー、今は移動優先にしない? 角兎ホーンラビットとかがたくさん襲ってきても面倒だよ?」

『むぅ』

「それに早くご飯食べるんでしょ?」

『……分かった。早く飯だ!』

「ふふっ。分かっているよ」


 肩を叩いて催促するブランを宥めつつ、森の奥に向かった。

刊行シリーズ

森に生きる者4 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者3 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者2 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影