九．拠点作り ①

　宿で泊まった次の日。アルは町を出て森を進んでいた。森の朝の空気は清（すが）々（すが）しい。漂う魔力はちょっと禍々しいけど。

『宿の飯、いまいちだったな』

「……まあ、普通かな」

　これといって特徴の無いものだったのは確かである。ショウユとか、この地特有のものがあればよかったのだが。ブランには量も足りなかったようだ。

『昨日の串焼きくれ』

「はいはい」

　ブランに森蛇（フォレストスネーク）のタレ串焼きを渡す。ついでにアルも食べた。朝食がちょっと物足りなかったのだ。久しぶりのベッドは快適だったけど、自由に過ごしたいアルには少し宿は窮屈に感じて延泊の申請はしなかった。

『今日はどうするのだ。先に進むのか？』

「いや、この辺を探索しようかと。これまでちょっと急ぎ足だったしね。いずれこの剣の整備をお願いしに来るかもしれないから、転移の魔法陣の【印】を置くところを見つけたいな」

『そうか。戻ってくることを考えたら、転移が楽だな』

「うん」

　襲ってきた角兎（ホーンラビット）を倒しつつ、ブランと会話を続ける。この辺りは角兎（ホーンラビット）が多いようだ。

『お前は魔法を詠唱するのに、なんで転移は魔法陣なのだ？』

「それ、聞いちゃう？」

　アルは少し気が進まないながら、説明することにした。

「人間の魔法ってね、そもそも魔法陣を用いるのが主流だったんだよ。詠唱はその魔法陣を簡略化して言語化したものでね」

『ほう。人間は不便だな』

「まあ、魔物と比べたらね。普通に考えると魔法陣より詠唱のほうが便利なんだけど、詠唱って簡略化している分、出力が安定しないんだよね」

『へぇ』

「ブランが聞いてきたのに興味なくない？」

『いいから説明しろ』

「……はぁ。結論を言うと、転移の魔法を詠唱化してしまうと、出力が安定しなくて【印】を置いていてもどこに転移するか分からないってこと。僕の場合は転移の魔法陣を瞬時に脳裏に浮かべられるよう訓練したから、危険を冒してまで詠唱にする必要がないの」

『なるほど』

「魔道具も一緒だよ？　定められた効果を常に一定に保って作動させるために魔法陣が刻んであるの」

『そうか』

「……ねぇ、聞いていた？」

『我はちょっと感心しておるぞ。そんなに森蛇（フォレストスネーク）を斬りながら平然としているお前に』

　いつの間にかアルの周りには森蛇（フォレストスネーク）の死んだ山ができていた。角兎（ホーンラビット）の次は森蛇（フォレストスネーク）かと思ったのは憶（おぼ）えているが、いつの間にこんなに斬ったのだろう。

「この剣、森蛇（フォレストスネーク）くらいじゃ斬った感覚あんまりしなくて実感なかったけど、ちょっとやりすぎた気がする」

『森蛇（フォレストスネーク）食い放題だな』

「これギルドで解体してもらって肉を引き取ったら、解体費用で収支マイナスじゃない？」

『アルが解体すればいいだろう？』

「……他人（ひと）事（ごと）だと思って。解体用の魔法考えようかな」

　平然としているブランにガックリと疲労を感じながら、森蛇（フォレストスネーク）をポイポイとアイテムバッグに放り込む。アイテムバッグの増産を先にすべきだろうか。

『拠点を作って魔法を考えたらどうだ？』

「拠点？」

『ああ。【印】を置くには安全な場所が必要だろう？　我がいた森では、お前が今持っている結界の魔道具と我の見張りのお陰で【印】は無事だったが、ここは魔の森だぞ？　【印】を置くなら、魔の森以外に置くか、今のものより強力な結界が必要だ』

「……たまにはちゃんとしたこと言うね」

『たまにはではない！　我は常に色々考えているのだ！』

　久しぶりにブランに感心した。とても真っ当な発言である。

「はいはい。……ブランが言ったことをするとなると、拠点はあまり人が来ないもうちょっと奥かな」

『迷いの魔法を魔道具にすればいいんじゃないか？』

「……迷いの魔法ってよく知っていたね。あれを魔道具にね～。まあ、無理ではないかな」

　迷いの魔法とは、生き物の認識を歪めて道に迷わせたり幻覚を見せたりするものだ。普通は効果時間が短いため魔物の気を逸（そ）らすくらいにしか使えないが、魔道具にできれば十分人避けとして有用だろう。

『では、拠点に良さそうな所を探すぞ』

「うん」

　でも、まずはこっちに向かってきている魔物を狩ろう。

　鳥型の魔物を剣でさっさと狩った後に見つけたのは大きな湖だった。

「お？　ここいいんじゃない？」

『ふむ。湖の近くか。水を利用できるし魚も取れるな。きっと魚型の魔物も狩れるぞ？』

「食べることばっかりだね、ブランは」

　湖は透明度が高く、至るところに魚影やなにやら大型の生き物の姿も見られる。陸地に攻撃してくる様子はない。

　あまりここは冒険者にとっての旨味がないのか、その痕跡が見当たらなかった。ほどほどに町に近くて、迷いの魔法の魔道具を置いても迷惑はかけなそうだ。

「よし、じゃあ小屋作ろう」

『がんばれ』

「……まあ、ブランはできないんだけどさ、ちょっと今イラッとした」

　木が密集したところから適度に木を間伐してきて、魔法で乾燥させる。炭になってしまわないかちょっと緊張した。

　その木の一部は剣で切って板状にした。これは小屋の床にするのだ。

　魔物が邪魔してくるが、流石にブランが片付けてくれる。時々丸焼きにして食べているようだが気にしないことにしよう。渡したハーブスパイスは使いきってもまだたくさん残っているから大丈夫。

　小屋の設置場所の地面を均（なら）し、魔法で固める。その後四方に柱を立てて丸太を組み合わせて壁を作った。途中、地面から少し上に床を張る。屋根にも板を張った。雨や雪は結界で弾くつもりだから最低限の屋根でいい。ちゃんと玄関口を開けてドアを取り付ける。窓がないと中が暗いので窓部分を切り取り、板戸をつけた。

「完成！」

『早かったな。だが、結界の魔道具を作らんと今日の夜は寝られんぞ』

　ブランは今日町に帰るつもりはないらしい。アルも森の中の方が気持ちいいのでそれで構わないのだが、寝ずの番は嫌だ。

「ブランが見張っていてくれたら、僕は寝られるけど」

『我が眠れないではないか！　さっさと魔道具を作れ！』

「はーい」

　冗談で言ったらプリプリ怒られてしまった。

　素直に魔法陣を刻むための魔軽銀プレートと専用のペンとインクを取り出し、作ったばかりの小屋の床に広げる。そして、魔軽銀プレートをペンでガリガリ削りながら結界魔法陣を刻んだ。基本の結界魔法陣には、その強度や結界で弾くものの種類などを設定する空白部分があり、そこをアルなりに考えたもので埋めていく。

　結界魔法陣を刻んだ魔軽銀プレートを魔軽銀製の箱に入れた。この魔軽銀製の箱は様々な魔道具で使えるため、たくさんアイテムバッグにしまっておいたものだ。結界効果のオンオフを示す魔法陣部分と箱にあるスイッチ部分を魔軽銀線で繫ぐ。

　作動のための魔力源部分には窪（くぼ）みを作り、これまで狩ってきた魔物の魔石の中から最も質の高いのを選んではめた。

「完成したよ。これで効果の高い結界になっているはず。雨や雪を防いで、高ランクの魔物でも弾く。魔法の攻撃も防ぐように作ったよ」

『ほお、お前の魔道具作りの能力は見事だな』