九.拠点作り ②

「……解体の魔法の開発も必要か。あと、もう一個ぐらいアイテムバッグが欲しい。この小屋を認識不可にする迷いの魔道具も必要だし。……忙しいな」


 だが、アルは魔道具作りが嫌いじゃなく、熱中しすぎてしまうくらいだ。その忙しさは苦じゃないなと笑みを浮かべた。


 翌朝、開け放ったままだった窓から光が入ってきて目が覚めた。小屋から出て軽く伸びをする。結界内は温度調整風魔道具で暖めているから快適だが、結界外は随分と冷え込んでいるようだ。森の草が朝露で濡れている。寝起きに豊かな緑を見るというのは心が安らいでやはり良いものだ。


「んー、今日の朝ご飯はどうしようかな」


 アイテムバッグの中身を考えつつ火を起こす。小屋内に囲炉裏を作るべきかもしれない。

 アイテムバッグから森蛇フォレストスネークを取り出して捌く。鳥肉のように脂身が少なく淡白な肉なので朝食で食べても重くないだろう。適度な大きさに肉を切り、ハーブスパイスをかけて、オイルを垂らした浅い鉄鍋で焼いた。もうひとつ取り出した浅い鉄鍋でバターを溶かし、固めのバゲットを切って敷き詰め焼く。こうするとバターを吸って美味しくなるのだ。

 次に小鍋に小さく切ったパンプキンを入れ、少なめの水で茹でる。柔らかくなってきたところで刻んだハーブを入れて、ヘラで潰すように混ぜた。後はミルクでのばしてパンプキンスープの完成だ。


『いい匂いだな』

「ブラン、おはよう」

『うむ。腹が減ったな』


 ブランはぽてりと座って腹をさすっている。食欲をそそる匂いで空腹感が増したようだ。そのブランの前にパンプキンスープと森蛇フォレストスネークのハーブスパイス焼き、パンを並べる。アルの分も注いで、まずはスープを一口。


『このトロッとしたの、旨いな!』

「美味しいね。温まるな~」


 温度は快適に保っているが、冷えた外を見ていると気分的にちょっと寒い感じがしていたのだ。パンプキンの優しい甘味が溶け込んだスープはそんな朝に最適だった。


森蛇フォレストスネークも淡白だがパサパサしてなくて旨い。このパンに挟んで食べるといいな』


 パンに肉を挟んで大口を開けてかぶりつくブランをアルもして食べた。確かに淡白な森蛇フォレストスネーク肉と濃厚なバターが合わさって美味しい。肉をオイルではなくバターで焼いても良かったかもしれないが、それはちょっと朝には重すぎるかな。


『ふー、旨かった。やはり我はアルが作った飯が好きだぞ』

「ありがとう」


 満足げに口周りを舐めるブランの顔を布で拭いてやった。パンプキンのスープで汚れていたからだ。


『……もったいない』

「ちょっと、顔についた奴を味わおうとしないでよ」

『ふん。……今日は何をするんだ?』

「今日は迷いの魔道具を作ってこの小屋を隠そうと思っているよ」

『そうか』

「ブランはどうするの?」


 アルは終日小屋内での作業であり、ブランはすることがないだろう。まあ、いつも何もしてないから変わらないかもしれないが、一応聞いてみる。


『……我は一度この辺を散策してくる。長く生きてきたが、魔の森に来たのはここが初めてなのだ。魔の森がどういうものか見ておきたい』

「……え、ブランが凄く働こうとしている。珍しい。もしかして今日雪降るの? ちょっとそれはまだ早いからやめて欲しい」

『何故我が森を散策したら雪が降るのだ!? 我はいつだっていろんなことを考えて動いているのだぞ!』

「普段全然そんな感じじゃないでしょ」

『むぅ。……アルには分からんのだ』


 ぷいっとそっぽを向いて拗ねるブランの頭を撫でた。


「ごめん、ごめん。ブラン、森に行くならついでに良さそうな魔物も狩って来てよ。魔石欲しいし」

『……仕方あるまい。その代わり、今日の晩飯には甘味を貰うぞ!』

「分かったよ。昼はどうするの?」

『適当にその辺の魔物を食う』

「そっか、じゃあ別行動だね」

『うむ。……行ってくる』


 ブランは一度伸びをしてから、ビュンッと消えた。相変わらず速い。

 久しぶりの一人きりになって少しだけ寂しい。いつもの体温がない首元がうっすら寒く感じた。


「……よし、魔道具作ろう」


 パチッと頰を叩いて気合いを入れる。朝食の食器を片付けて小屋の中に戻った。


「まずは机が必要だよね」


 昨日床で作業した時に疲れたので、先に作業机と椅子を作った。小屋作りに使った木材が残っていたのでさっさと作る。


「迷いの魔法の魔法陣をそのまま使っても魔道具にはならないよな~」


 とりあえず紙に迷いの魔法の魔法陣を描いてみた。魔法陣に設定された範囲にしか魔法の効果が出ないので、このまま魔道具にしてもこの小屋を隠すようなものは作れない。


「ここをこうして、……あ、駄目だ、繫がりが切れた。じゃあ、こうだな。……うん。いい流れになった。ここの部分に効果範囲を設定して、威力はここだな」


 紙の上で試行錯誤して魔法陣を完成させる。出来上がったものを指でたどってその魔力の流れが途切れないか確認した。


「これ、使ってみよう」


 魔力を通しやすい特殊なインクを使って、新たな紙に魔法陣を描き写す。それを持って外に出た。紙を地面に置いて魔力を魔法陣に流し込む。特殊なインクを使った魔法陣は、短時間なら人の魔力を紙にとどめられるのだ。魔力を流すと、考えた通りに半径二十メートルの範囲に魔力が広がっていく。十分に魔力を流し込んだあと、急いで効果範囲外に出た。


「おお! ちゃんと認識できなくなっているし、不思議と近づく気にならないな」


 迷いの魔法は何故か近くの生き物の気持ちにも作用して、対象範囲に近づく気をなくさせる効果があった。

 今回のアルの作った魔法陣では、範囲内のものを見えなくして、その先の景色と違和感ないように偽物の景色が作られている。実際に結界に触れられたらそこに何かあると分かってしまうが、そもそもここに何かあると知らない人は無意識に近づくのを避けることになるから問題ない。


「よし、これを魔道具にしよう」


 ちょうど蓄えられた魔力が切れて効果が消えたので、インクの消えた紙を拾って小屋に戻った。

 昨日も使った魔軽銀のプレートを取り出す。魔軽銀はほどほどに柔らかくて魔力を通すので使いやすいのだ。ペンとインクでガリガリ刻みつつ魔法陣を描く。魔力源のところには魔石を設置できるようにして魔軽銀の箱にセットする。


「出来た!」


 早速魔石を入れてスイッチをオンにする。それを結界魔道具の下に置いた。


「見てみよう」


 外に出て小屋から離れると、結界の端から十メートルほど進んだところで小屋が見えなくなった。このくらいの余裕があれば結界に触れてその存在に気づかれることもないだろう。


「これ、魔物にも効くのかな? 効くならあんまり結界を使わなくてもいい?」


 結界は迷いの魔道具よりも大きな魔力を消費するのでできれば節約したい。ここを離れて再び旅に出ている間に魔石の魔力切れで結界が消えてしまうのも困るし。


「……ちょっと結界の魔道具を作り変えよう」


 小屋に戻って結界の魔道具をオフにする。今日はブランがいないので魔物の気配に神経を張り巡らせつつ、結界の魔法陣に手を加えた。まず、効果を二段階にする。普段は雨や雪などを防ぐ弱い物理結界だけにして、迷いの魔道具の効果範囲内に魔物が入ったときは瞬時に強力な物理魔法結界が展開されるようにしたのだ。これで迷いの魔道具に惑わされる魔物には強力な結界が展開されないので、魔力の節約になるはずだ。次に、魔石の予備をセットできるように外付けの魔石入れを作り、結界の魔道具に接続する。結界の魔道具内の魔石が消えたら、自動的に外付けの魔石から魔力が使われるのだ。


「完成~、これ、大分効率的で安全になったかも」


 こうなると迷いの魔道具に魔石の予備がないのが気になる。少し考えて迷いの魔道具も外付けの魔石入れに繫いだ。ここにたくさん魔石を入れておけばどちらの魔道具にも対応できるだろう。


「あ、もうすぐ夕方だ。ブランが帰ってくるかも」


 魔道具作りに熱中しすぎて昼ご飯を食べるのも忘れていた。ブランが夕飯に甘味を要求していたことを思い出して、慌てて夕飯の準備を始めた。


「甘味から作っておくかな」

刊行シリーズ

森に生きる者4 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者3 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者2 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影