第2章 初邂逅 ③

 十二分に練りきりを味わい尽くした山神は、湊に視線を向ける。


「それはさいなもの。お主が我を敬う気持ちゆえよ」


 深く感謝の心が込められた落ち着いた声色。己の分を隣の皿へと移していた湊の動きが止まった。増えた練りきりを前に尻尾が振り回され、純白の体躯がますますこんじきの光を放つ。背後の電灯よりも明るい。


「ただ、それだけで?」

「それだけ、でな。我の力はそれに左右される」

「もっと早く言えばよかったのに」

「うむ。厚かましいかと思ってな」

「すげえ、今さらでしょ」


 たらふく食っちゃ寝しておきながら何を言わんや。山神から頻繁に山の幸を頂くが、結局ほとんど山神の腹に収まっている。そこは気にせず、己を敬えと言うのは気が引けるらしい。いまいちよくわからない存在だ、神様というモノは。

 全く遠慮のない山神とはいえ、楽しく会話して食事を摂れるのは、大変ありがたい。湊は近所付き合いが密な地域で生まれ、常に人に囲まれて生活してきた。にぎやかなのが常態だった。そんな湊にとって、広々とした家で一人寂しく食事するのは大層気がる。

 ここは一つ、聞いたからにはやらねばなるまい。

 正座して、せきばらいを一つ。眼前の山神に向かい、手を合わせた。


「山神さま。いつも一緒にご飯食べてくれて、ありがとうございます。とても感謝しています」

「うむ。なあに、そのようなかしこまった言葉遣いでなくとも、よいよい」

「最近敬語使ってなかったな、と思って」

「言葉遣いなど気にせずともよい。大事なのは気持ちだ。いくら丁寧な言葉遣いであろうと礼儀正しかろうと、そこに敬う心がなければなんら意味はない。我の力にはならぬ」

「へえ。じゃあ、今は?」

「うむ、わからぬか?」


 大狼の体が一段と輝きが増し、後光まで差し始めたではないか。

 これぞ、まさに神の威光。

 おおっ、と湊がまばゆさに瞳をすがめ、弾んだ声をあげて拍手した。


「いかにも神様~って感じするな!」

「当然であろう。我、山神ぞ」


 ふんぞり返る電飾もかくやの御身は、実に偉そうだが、すこぶる似合う。拝む度に光が増すのが、面白くて、楽しくて、敬う気持ちを込めまくって拝み倒した。

 結果。


「あの~すみません。眩しすぎるんだけど。ちょっと抑えてくれませんかね」


 目が痛い。天に輝く太陽にも負けない発光体と化した山神だった。その後、妙に身体の怠さを感じた湊は、早々に就寝する羽目になった。

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