第3章 庭の改装は劇的に ④

 小鬼たちにカステラと煎茶を振る舞い、テンたちにも煎茶を出せば、グラスを持ち上げ、ゴ、ゴ、ゴといい飲みっぷり。ぷはあと息継ぐ彼らは実に自由である。ご満悦で甘味を食す親とも言える山神と中身はそっくりだ。小鬼たちも嬉しげにカステラを口へと運ぶ。

 車座の一角を占める巨躯、大狼が対面を見やる。


「久しいな、ふうじんらいじんよ」

「ほんと、ひさしぶり。図太く生き残っていたみたいね」

「随分弱ってたから、もう駄目かと思ってたよ」

「ほざけ。そうやすやすとくたばる我ではないわ」

「知り合いだったんだ。風神、雷神って、あの有名な?」


 思わず口を挟んだ湊に、ばちんとウインクを寄越す、赤鬼──雷神。

 横の青鬼──風神が、ころころと楽しげに笑う。


「有名か」


 人差し指を風にそよぐ洗濯物へと向けると、指先から風が放たれた。暖かなつむじ風が一直線に走り、洗濯物を取り巻くように包んだ。ほんの数秒後。


「乾いたよ」

「おお!」


 湊が感嘆の声をあげ、驚く。笑顔の風神が皿を差し出してきた。その上にカステラを載せながら、神様に遠慮の二文字は存在しないんだな、とつくづく思う。

 風神がカステラにフォークを突き刺す。


「ここら辺りが住みやすくなったって聞いたから、久しぶりに来てみたんだ」

「誰に聞いた」

「そんなににらまないでくれよ、そのおっかない神気も出さないで。風の便りだよ。僕が何者か知ってるでしょう」


 山神がけんのんな気配を放つも、風神はどこ吹く風とひょうひょうとかわした。


「すっごく居心地よくなったわね~」


 含み笑いの雷神が、意味深に湊へと流し目を送る。とりあえず愛想笑いを返し、テンたちにバタークッキーを配った。めつすがめつ、三匹一斉にパクリ。ブワッと全身の毛が逆立ち、尻尾が倍に膨らんだ。

 狼とは違うものだな、と湊が感心する間も、やめられない、止まらない。カステラの時より、反応がより顕著だ。無我夢中で頬張る姿から、眷属たちは洋菓子の方が好きなのだろう。

 ちなみに山神は、口内の水分すべて持っていかれる系は大の苦手である。最初の頃、喉に詰まらせ、大騒ぎになったのは苦い思い出だ。

 いつの間にか、亀がのったり縁側へとがってきていた。昼間から酒を所望するのは珍しいが、賑やかな空気に当てられたのだろう。

 家の中から有名酒蔵産日本酒を持ってくれば、小鬼たちの顔つきと気配が変わった。二対の鋭い視線を注がれる一升瓶を掲げるように持つ。


「いっときます?」

「すまないねえ」

「ありがとね~」


 見目は幼児が慣れた手つきで杯をかっ食らう絵面は、やや受け入れがたい。が、相手は神様だ。問題ないと己に言い聞かせ、亀の前の浅皿にも、並々と注いだ。

 誰も彼も遠慮なく飲み食いし、次々と酒と菓子類が消費されていく。陽気な笑い声が途切れることなく庭に響き、賑やかな時間が過ぎていった。



 えんもたけなわ。手を振る雷神と風神が夕焼け空へと高く舞い上がった。


「じゃ、まったねえ」

「お邪魔さま。美味しかったよ」


 地上から湊と山神が見上げて見送る。


「はい、お粗末さまでした」

「うむ。ではな」


 不意に空中で停止した風神が下方へと向けて指を弾くと、湊の全身を温かい風のまゆが包んだ。一瞬、髪と上着の裾がふわりとはためき、湊が戸惑う。にこやかに笑う風神が手を振った。


「お礼にちょっとだけ僕の力を貸してあげるよ。じゃあね」

「頑張って使いこなすのよ~」


 ささやかな置き土産を残し、ほろ酔いの風神と雷神は、山の向こうへと飛んでいった。

 傍らに座っていた山神が、じっと見つめてくるのを見返す。


「力?」

「風の力だ」

「どうすれば」

「想像するんだ。風を出すところを」


 足元に落ちていた一枚の枯れ葉に向け、己から風を放つ様をイメージしてみた。

 出ない。

 しばししゅんじゅんし、風神の仕草を思い出す。今度は人差し指を向け、指先から放たれるつむじ風を脳裏に思い描いた。程なくして微風そよかぜが放たれ、枯れ葉が数センチ滑るように動く。小石に当たって止まった。


「おおっ」


 たったそれだけのかすかな風力でも拳を握り、表情が輝く。


「すっげえ! ほんとに風出てる」

「うむ。精進せねばな」

「この力、落ち葉集める時に役立つかな」

「どう、であろうな……」


 新たな異能を手に入れ、真っ先に浮かぶのが落ち葉集めとは。

 ちまちま落ち葉を動かして喜ぶ様を、山神が生ぬるく見守った。そんな一人と一柱を、湊の背丈ほど成長したクスノキが、風と戯れながら見守る。

 その間縁側では、テン三匹と亀が膨れた腹をさらし、幸せそうに寝ていた。

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