プロローグ ②
寝過ごしただって? あほか。のんきすぎでしょ……あんなことがあったのに。
所長のパワハラを受けて、家に帰ろうとしたそのとき。
モンスターの大群が、王都へと襲いかかってきたのだ。
モンスターパレードと呼ばれる現象だ。師匠から聞いたことがある。
モンスターたちの食料が何らかの原因で少なくなったとき、大群で人里に降りてくるって。
王都を襲うモンスターたちの群れ。
私は自分の工房に引きこもって、外に出ないようにした。
……私には戦う力がほとんどない。外に出て勇敢にモンスターと戦うことはできない。
自分の命が一番大事。だから
残念だけど、王都のみんなを守るだけの量のポーションを作るには、素材と、何より時間が足りなかった。
残酷だと言われようが、私は自分の身を一番に考える。
けれど自宅にはほとんど食料がなかった。何日目かには食料が尽きるだろう。
そこで私は考えた。食料が尽きる前に、仮死状態になろうと。
私は師匠ニコラス・フラメルから、様々な効果を発揮するポーションの製造方法を教わった。
その中の一つ、【仮死のポーション】。
飲めば一定期間、仮死状態となる魔法の薬だ。
飲めば体が一瞬で凍りついて細胞が凍結、栄養状態を保ったまま、仮死状態となれるもの。
いつかはモンスターパレードも収まるだろう、と考えて仮死のポーションを飲んで……。
「目が覚めたのが今ってこと、ね」
廃墟の町に私はひとりぼっちだった。
おそらく嵐は去ったのだろう。
「……状況を、まずは把握しとかないと」
仮死状態になってから今目覚めるまで、どれくらいの時間が経過してるのかわからない。
一ヶ月二ヶ月ってレベルではないように見える。
「あの栄えていた王都が、こんなボロボロになるわけないし……それに、こけやば……」
建物の劣化具合から、年単位であることがうかがえた。
仮死秘薬の効果って、どんなものだっけ……?
師匠から作り方を教わって、実際に自分で飲んだの初めてだったしなぁ。
「…………」
廃墟を前に、胸に去来するのは、罪悪感……だろうか。
私だけ生き残った感っていうのかしらね。
他の人はどうなったのだろう。助かったのだろうか……。
「あー、うん! やめやめ! 難しく考えるのやめ! 王都には騎士もいたし、モンスターたちを倒したでしょう! ボロボロになった町を捨てて新しいとこでみんな生きてるさ!」
ってことにしておこう。うん……シリアスダメダメ。
だってここで過去を嘆いたところで、結果は変えられないしね!
「とりあえずは町を目指しながら状況把握ね。人に会って話せば、どれくらい私が仮死状態だったのかわかるだろうし」
そうと決まれば、さっそく移動だ。
といっても、なんの準備もなく外をうろつくことなんてできない。
最低でも、魔物除けの薬と、回復薬くらいは作っとかないとね。移動中にモンスターに襲われて死ぬとか勘弁してほしいし。
私は一度工房に戻って、素材を探す。
「うん……ほぼなんもない!」
仮死状態になる前に、すでに珍しい素材は使えない状態になってたしね。攻撃・防御用のポーションは作れない。
回復や魔除けに必要となる薬草はあるけれど。
「まあポーションだけ作っときますかね」
手のひらを前に向ける。
「錬成工房……展開!」
人の顔くらいの大きさの、立方体が出現する。
これは錬成工房。魔法で作った異空間だ。
この小さな箱の中には、錬金術に必要な道具が、魔法で再現されて存在する。
フラスコとか、破砕機とかね。
この箱の中は外とは時間の流れが異なる。
つまり錬金に必要となる時間を、だいぶ圧縮することができるのだ。
「この箱の中に薬草を突っ込むと……」
立方体の中で、錬成が行われる。
薬草は分解され、抽出され、水とともに混ざり合い……。
箱の中に手を突っ込むと、中からポーション瓶が出てくる。
これぞ、フラメル式錬金術。
空間魔法と錬金術とを組み合わせることで、素早く、高品質のポーションが作れるのだ。
……まあとはいえ、素材が手元にないとポーションは作れない。
それに、この魔法の箱は手順をカットできるだけ。
時間を短縮してるだけなので、ポーションの質は作り手の技量に左右される。
ようするに、この錬金工房を展開したとしても、作り手がへぼければ低品質のポーションになってしまうってわけ。
「乾燥した薬草、あるだけ全部回復ポーションにしとこ。あとは道中で魔除けのポーション作っとかないとなぁ」
☆
宮廷錬金術師の私は、仮死のポーションを使ってスタンピードを乗り切った。
まずは状況を把握するため、人里を目指すことにする。
「よし、回復ポーションの備蓄はばっちし。魔除けのポーションもほどほどに完成。よっし、移動しますかね」
大量のポーションは錬金工房の中に収納する。
この魔法空間で作ったポーションは、こん中に入れて持ち運び可能。
ただ気をつけないといけないのは、工房の中と外じゃ時間の流れが異なることだ。
錬金工房の中は時間の流れが速い。だから、ほっとくとすーぐ劣化しちゃうんだよね。
仮死状態になる前に作ったポーションは軒並み腐ってたし。
「さ、出発出発」
私は廃墟となった王都をあとにする。
魔除けのポーションを香水にして、体に振りかけておいた。これでしばらくはモンスターとの遭遇はないだろう。
私は歩き出す。王都周辺の地図は頭の中に入ってる。近くの村を目指してみる。
まあ、王都が死んでるのに、その近くの村が無事かはわからないけども。
ほどなくして、王都に一番近い村へとやってきた。
「あらまあ……」
ここも廃村となっていた。その次も、そのまた次も。
「これはもうちょい大きめの都市に行かんとだめっぽいか?」
えっちらおっちらと歩いていく私。ちょうど、森にさしかかったそのときだ。
キン! ガキンッ! キンッ!
「金属の音……? なにかしらっと」
私は音のする方へと向かって歩く。
茂みに隠れて様子をうかがった。そこにいたのは、人と、そしてモンスター。
「馬車がモンスターに襲われてるってとこかしらね」
馬車を護衛しているのは冒険者。
四人組のパーティで、相手は
数は一〇。ちょっと冒険者の方が不利かしら。
冒険者たちは手負いのようだし、犬人たちはまだまだやれそう。
「さて、どうしようかしら。身を潜めてやり過ごす?」
いやいや、そんなことよりも、あの人たちを助ける方がメリットが大きいでしょ。
助けたら馬車に乗っけてもらえるだろうし。
「よし助けましょう。魔除けのポーションを……てりゃ!」
私はポーションをぶん投げる。
瓶は地面とぶつかり、ぱりんと乾いた音を立てた。
その瞬間、魔物が嫌がる匂いが周囲に広がる。
犬人たちは尻尾巻いて逃げていった。よしよし。
「大丈夫ですか~?」
私は冒険者さんたちのもとへと向かう。
彼らはいなくなった犬人たちに驚いているようだ。
「あ、あんたは……?」
「旅人です。見たところお
ぎょっ、と冒険者さんが目を
「ポ、ポーション? あんた、ポーションなんて持ってるのか?」
「ええ」
この人何を驚いてるんだろう?
冒険者さんならポーションくらい持っててもおかしくないのに。
それとも切らしちゃってるのかな、ちょうど。
「た、頼む! 売ってくれないか!」
別に売ってもいいけど、ここは信用を勝ち取っておきたいところだ。
別にポーションなんてその辺に生えてる薬草からちょろっと作れるわけだし。
「お金なんていりませんよ」
「なっ!? い、いらない!?」
「ええ。ストックはありますし。人命には代えられませんからね」
というのは建て前で、本音を言うなら彼らを治して、近くの町まで護衛してもらいたいなーって気持ちがある。
私はこの通り非力な女子ですからね。魔除けのポーションがあるとは言え、これもある程度の強さのモンスターには作用しない。



