プロローグ ③

 荒事になったときに、彼らには戦って、守ってもらいたい。だからここはノーギャラでもいいのでポーションを渡しておくのがいいだろう。こっちの懐は痛まないしね。

 私は錬金工房で作ったポーションを、どさっと両腕の中に取り出す。


「こ、こんなにたくさん!? しかも……赤いポーション? 見たことねえぞこんなの……」


 冒険者さんが目を剝いてる。

 ? ポーションっていえば赤い色をしてるはずだけど。


「いいからほら、使ってください」

「いやでも……こんなにはさすがに……」

「いいからほら、さっさと怪我人、治しましょ。私も手伝いますから」


 早く町へ行きたい。情報収集と、あと何よりお風呂!

 結構な距離歩いたから汗いてるんだよね。

 インドア派にウォーキングはきっついの。

 私はさっきの彼(リーダーだって言っていた)と手分けして、怪我人の治療にあたる。


「おお!」「すげえ!」「こんな深い傷も一瞬で治るなんて!」「なんてすげえんだ!」


 何を驚いてるのだろう。下級ポーションごときで。


「あら? そちらの方にはポーションを飲ませないのですか?」


 怪我人たちの中で一人、床に座り込んでいる人がいる。


「おれはいい。止血は済んでるからな」

「え、でも腕が欠損してますよね?」

「ああ……魔物に食われちまってよ……」


 どこか諦めの表情の男。えっと……。


「食われたから、なんでしょう?」

「え?」

「だって治せますので」


 ぽかーん……とする腕のない人。え? なに?


「じょ、嬢ちゃん何言ってるんだ? 腕を欠損したんだぞ? ポーションじゃあ治せない」


 リーダーさんがそんなわけわからないことを言ってくる。


「治せますけど」

「は?」


 私はポーションを手に取って、傷口にぶっかける。

 すると……にょきっ、と腕が生えた。


「じょ、嬢ちゃん! 仲間の一人の腕が! 腕が生えてきてるんだが!?」

「? はい。それがどうかしました?」

「いやいやいや! 腕が生えてくるなんておかしいだろ!」

「? いえ、別におかしくありませんけど」


 師匠直伝のポーションは、たとえ部位が欠損していても、細胞分裂を促進して新たに腕や足を生やすことなんて可能だが。

 ……そういえば。

 私って研究室にこもって、ポーションをひたすら量産してたから、私の作った回復ポーションを飲んでる人の、生のリアクションって初めて見たかも。

 私は、師匠のポーションを知ってるし、効果をよく知ってるので、特に驚かないけど。

 リーダーさんは私を見て、小さくつぶやく。


「聖女さまだ……」

「いえ、ただの錬金術師ですけど?」




 馬車を襲っていた犬人たちを、私は魔除けのポーションで追い払った。

 怪我人たちに下級ポーションを恵んであげると、なぜかめちゃくちゃ感謝されたのだった。


「聖女さまは巡礼の旅をなさっておられるのですか?」


 私は狙い通り、近くの人のいる町まで乗せてもらえることになった。

 リーダーが私に向かって、そんな異なことを言う。


「いえ、違いますけど」


 聖女? なんだそれは。聞いたことないぞ。少なくとも私が王都にいた頃には、聖女なんて単語は聞いたことがなかったけど。


「ああ、なるほど、お忍びでございましたか」

「いやお忍びとかじゃないですし……私、錬金術師ですよ」


 だがリーダーは笑顔で「またまたご冗談を」と言って応える。


「錬金術師のポーションで、腕が生えてくるわけがありませぬ。やはり聖女さまなのでしょう?」

「いやだから聖女じゃなくて、錬金術師なんですってば」

「ありえませんよ。だって錬金術師の作るポーションといえば、出血が治まるくらいの効能しかありませんよ?」


 噓……。そんなくず同然のポーションが出回ってるの!?

 どうなってるの? 私が仮死状態だったときから、世の中おかしくなっちゃったのかしら。

 てゆーか、そうだった。私は情報収集のために、町へ向かってるんだった。

 この人たちから情報を引き出せないだろうか。


「あなたたちはどこから来たんですか。あの辺って廃墟しかないですよね?」


 私の問いかけにリーダーさんが応える。


「マデューカス帝国からやってきました」

「マデューカス……北の帝国ですか。そりゃあまた長旅で。私は東から来たのですが、途中で廃墟を見かけたんです。あれはなんですか?」


 とまあちょっと探りを入れてみる。果たして……。


「旧王都ですね。もっとも、五〇〇年前に滅びてしまったようですが」

「ご、ごひゃくねん……!?」


 う、うそぉ! そんなに経過してたの!?

 仮死のポーションってそんな長い期間、生き物の細胞を保ってられるんだ。

 五〇〇年ってるんだ。そりゃ王都も廃墟になるよね。私を知ってる人もいないだろうし。

 ……いや、一人は確実にいるか。うん。


「何を驚いてらっしゃるんですか、聖女さま?」

「あ、いや……」


 まずい……私が五〇〇年前の人間ってことは隠しておかないと。

 馬鹿正直に言って、こいつ頭おかしいって思われて、治療院になんてぶち込まれたくない。


「……五〇〇年、かぁ」


 ここで恋人や家族がいたなら、もう私を知ってる愛する人たちはいないんだ、と時間の流れの無情さに嘆き悲しむところだろう。

 けれど私は独身女。家族もうに他界しちゃってる。

 つまり……この世界で私を知る人は、いないってことだ。


「ふ……ふふ……ふっはは!」


 別に悲しむ必要はまったくない。

 むしろ、妙なしがらみがなくなったぶん、気が楽になったじゃないか。

 仕事やめたいって思ってたところだったしね。ちょうどいい。

 このまま未来の世界を見て回るのもいいかもしれない。


「聖女さま? どうしたのですか」

「なんでもありませんよ。それと私は聖女ではありません。自由気ままに旅をする、しがない錬金術師です」

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
天才錬金術師は気ままに旅する ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影