一章 ①

 錬金術師の私は、仮死状態から目覚めたら五〇〇年も経っていた。私のよく知る世界とは、まったく異なった世界に来てしまったといっても過言ではない。

 だが、まあまあ。そんなに悲観はしてないわ。

 だってパワハラ上司はここにはいないわけだし、私を縛るものはなにもない!

 自由に、気楽に、旅をするぞー、っと思ったわけ。

 そんで、現在私は馬車に乗っていた。

 森で襲われていた冒険者さんたちを助け、近くの町まで送ってもらうことになったんだけど。


「んあ? あれ……?」


 リーダーさんがな顔から一転して、正気に戻る。

 首をかしげながら、彼が私に問うてくる。


「あれ、おれ今なんか話してたか?」

「さぁ……?」


 リーダーさんがふと私の持ち物に気づく。


「ん、嬢ちゃん、いつの間に手に瓶を持ってたんだい?」

「いやぁ、私マジックが得意でさー。なはは……はぁ……」


 さて、状況を説明しましょうかね。

 五〇〇年後に目覚めた私。当然、するべきことがある。それは、情報収集だ。

 ここは私の知ってる世界の未来。地理、歴史、常識、そのすべてが異なる。

 知らないことがあるのなら、情報を集めたくなるのが人情。だけど……。

 こっから、さっき実際に起きた会話ね。


『ねえリーダーさん、ポーションが珍しいってどういうこと?』

『ああ……? まあ、いいや。のやつらが、ポーションを売るのをゆるしてねえからなぁ』

『てんどう? なにそれ』

『……嬢ちゃん、さすがにてんどうきょうかいを知らないって、おかしいぞ。だって世界最大規模の宗教団体じゃ……』

『必殺! 忘れろポーション!』


 ……以上。


「はぁ……そうよねぇ。怪しいわよねえ」


 私は一人考える。

 この五〇〇年後の世界の常識を知らないのは、私だけだ。

 知りたいことを聞き出そうとしても、さっきのリーダーさんみたいに、怪しまれてしまう。

 さっき使ったのは、私の開発した忘れろポーション。

 この匂いを嗅いだ人間は、直近の出来事を忘れてしまうのだ!

 とまあ、ポーションのおかげで何とかなったけど……さすがにね。

 同じようにピンチは回避できるだろうけど、何度もできる手じゃない。

 ま、よーするに、だ。

 この世界の常識をまず私は集めたい。でもこの世界の人に、この世界の情報を聞くのはさすがにリスクが高すぎる。

 リーダーさんはいい人だったからいいものの、これが悪人だったらと思うとぞっとする。

 師匠は言っていた。


『情報は武器。知ってることで相手より上に行ける。裏を返せば、知らないってことは、知らないぶんだけ相手より下になる。よく勉強せよ、他人に使われる立場になりたくなければ』


 いつの時代も、周りがみんな善人なんてことはありえない。

 弱みを見せたら、つけ込まれる。

 だから……情報を得るのは、慎重に。かつ、信頼できる相手から。

 ……っていってもなぁ。

 周りに知り合いもいないこの未来の世界に、信頼できる相手なんているわけがない。


「となると、やることは一つっきゃないね」

「ん? どうしたんだい、嬢ちゃん?」

「いーや、なんでも。それより町はまだかしら?」

「そろそろ見えてくるぞ。ほら、あそこだ」


 なかなかにご立派な外壁を持った町に到着した。

 入り口では門番がいて、出入りをチェックしてる。この辺は五〇〇年前とあんま変わらない感じかな。

 ……って、思ってたんだけど。


「なんか入り口で変なの触らされた……」


 白いマントを着けた門番が、水晶玉みたいのを差し出してきた。

 触った瞬間、ぞくりと悪寒が走り、水晶玉の中に青い煙が発生していた。


「リーダーさん。さっきのは?」

「? あれは天導のやつらの犯罪鑑定水晶だろ。おい嬢ちゃん……なんでそんなことも」

「くらえ! 忘れろポーション!」


 懐から取り出したるは、紫色の小瓶。その中身をびゃっ、とリーダーさんにぶっかける。

 するとあら不思議!


「嬢ちゃん、サンジョーの町は初めてかい?」

「う、うん! へえ、サンジョーっていうのねここ!」


 とまあ、こんなふうに直近の記憶が消える。

 便利だけど効果が持続しないので、こうして何度もぶっかけないとだめなのよね。

 周りから見たら完全にやばいでしょ、急に水ぶっかけるとか……。

 しかし、ふぅむ。


「また天導か……。なんかさっきからやたら聞くわねその単語」


 早いとこ情報を集めないといけないわ。

 馬車は冒険者ギルドの前にとまる。

 リーダーさんたちとはここで別れる。


「さて、嬢ちゃん。これからどーするんだい?」

「とりあえず、奴隷。奴隷を買おうかなって」


 町に入ったときに気づいたのだ。

 馬車から降りてくる、首輪をした人たちのことを。

 あれは奴隷だ。罪を犯した人たち、貧しい人たちが、奴隷商に買われて、ああして商品として売られている。

 五〇〇年経っても変わらないのねえ。まあ都合がいい。

 そう、奴隷だ。彼らは購入時に、主人と契約を結ぶ。

 奴隷たちは主人に絶対逆らえない。噓をつけない。

 この世界の情報を引き出すには、とても都合のいい相手だ。


「奴隷か。でもこのサンジョーの町には、それほどでっけえ奴隷商館はねえぞ。売ってるのも年老いたり何かしら問題を抱えていたりする、価値の低い奴隷しか売ってないだろうけど」


 ありがとう、リーダーさん。忘れろポーションはぶっかけないでおこう。


「大丈夫。その辺なんとかなるからね。それと……ポーション買い取ってくれてありがとう」

「なに、安いもんさ」


 リーダーさんにポーションを売って得た金がある。

 正直、これがどれくらいの貨幣価値なのかもさっぱり。

 このさっぱり状態がずぅっと続くと、そのうち大ぽかやりそう。

 だから、この町でささっと、奴隷を買うの。


「それじゃ、リーダーさん。ありがとう」

「ああ、嬢ちゃんも気ぃつけてなぁ!」


 さて私はリーダーさんから教えてもらった、奴隷商館の場所へと向かう。

 なかなか立派な館に到着。

 出てきたデブな支配人に話をつけて、私は館の中に入る。


「どんな商品をお探しで~?」


 商品、ねえ……。私あんま奴隷を商品って思いたくないのよね。

 理由?

 ふっ……私が奴隷のように、こき使われてたからよ! あの所長のBBAぁ~!

 だから奴隷をもののように扱いたくないのよね。


「セイさま?」

「ああ、ええっと……若い方がいいわ」

「若い奴隷ですと、それなりにお値段しますけど?」

「うん。だから、怪我とか病気とかしてていいから、若くて安い子ちょうだい」


 怪我病気の奴隷なら、安く売ってるだろう。そこで私のポーションの出番ですよ。

 安く買ってあとで治療すればあら不思議、健康で若くて使える奴隷が安く手に入るって寸法!

 いやぁ、錬金術師やっててよかったわー。



 サンジョーの町へと到着。

 信頼できる情報収集源が欲しいってことで、奴隷を購入することにした。

 怪我や病気をしていてもいいから、若い子をちょうだいな!

 ……と奴隷商人のあるじに注文したんだけども。


「どーしてこうなった……」


 私がいるのは近くの安宿。

 その部屋には三人の奴隷がいる。

 三人って。いや、そんなにいらないから……! 一人で十分だから!

 って思ったんだけど、どうやら訳ありらしい。

 この三人は同じ主のもとにいて、まあその……そこの主がひっどい人だったらしい。

 まず、一人目。一番年齢が高い。たぶん十代後半かな。


「えっと……あなたがトーカちゃん……ね」

「…………」


 こくり、とうなずくトーカちゃん。

 蜥蜴人リザードマン……だと思う。

 二足歩行する、大きな赤いトカゲ……だと思う。

 なんであやふやかって?

 部位がだいぶないからだよ!

 蜥蜴人なのに、うろこが全部ひきはがされてる。うろこを取った魚みたいで痛々しい。

 また、右目が潰れてるのか、眼帯をしている。尻尾も切断されて、右手と左足がない。


「おうふ……トーカちゃん、よく生きてるねそれで……」

「…………」


 またもこくりとうなずく。あんまりしゃべるのが得意じゃないのかな。まあ……初対面だし、ひどい目にあってきただろうしなぁ。


「で、あとの二人は……ゼニスちゃんと、ダフネちゃんね」

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
天才錬金術師は気ままに旅する ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影