一章 ②

「……はい、ご主人さま。ゼニスです」

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ゼニスちゃんは、青い髪をした小さな女の子。

 人間……だよね。たぶん。

 きちんと私を見て挨拶をしてきたあたり、知能は高いのかも。

 ただ、体のあちこちに火傷やけどの痕があった。また……。


「あなた、目が見えてないわね」

「その通りです、ご主人さま。申し訳ございません、こんな役立たずで」


 さっきから私の顔ではなく、見当違いの方を見ているから、そうじゃないかなって思ってた。


「で、最後はダフネちゃんね」

「ひぐう! ごめんなさいごめんなさいぶたないでぇ……!」


 ダフネちゃんは、たぶん獣人だ。ラビ族だと思う。うさ耳が特徴の種族だ。

 たぶん、とか思う、となってしまうのは……トーカちゃんと一緒で、パーツを切断されているから。

 緑色のふわふわとした髪の毛からは、白い二本のうさ耳が生えてる。

 ……でも、片方がじょきんと、明らかにハサミで斬られた痕があった。

 どの子も、見てて痛ましいわ。同性で、しかもみんな年下っぽいからよけいにね。


「さて……と」


 蜥蜴人のトーカちゃん。全身うろこ強制剝離。右腕左足欠損。右目欠損。

 人間のゼニスちゃん。後天性の盲目(火傷痕あり)。

 ラビ族のダフネちゃん。右耳欠損。心的外傷あり。

 どの子も女の子で、心も体もボロボロだ。


「三人セットじゃないと売らないなんて、あの館のじじいめ」

「ご主人さま、申し訳ありません。ダフネは私たちから離れるとおそらく死んでしまいます。トーカはたぶん、私たちから離すと主人を殺すかと」


 こわっ! え、思った以上にトーカちゃん……バーサーカーじゃーん。


「うん、離さないから殺さないでね、トーカちゃん」

「…………」こくん。


「ねえ、ゼニスちゃん。トーカちゃんはしゃべれないの? それとも、しゃべりたくないの?」

「前者です。喉を潰されてます」

「あらまぁ……トーカちゃんが一番ひどいわね、症状が」

「はい。我々の代わりに、前のご主人さまからのせっかんを受けておりましたゆえ」


 なるほどねえ……。


「しかしゼニスちゃんは小さい割に、随分とハキハキ話すのね」

「前は本が好きだったので」


 前は……か。今は目を潰されて、見えなくなって。さぞ困ってることだろう。


「うん。状況はわかった。トーカちゃん、ゼニスちゃん、ダフネちゃん。今日からよろしくね。私はセイ・ファート。セイでいいわ」

「…………」「よろしくお願いします、セイ・ファートさま」「ぶたないでぶたないでぶたないでぇ……」


 う、うーん……前途多難!

 私上手うまくやってけるかしら。


「セイ・ファートさま」

「ゼニスちゃん、フルネームで言わなくていいから」

「では、セイさま。まずは何をなさりますか?」


 ゼニスちゃん、一番まともにコミュニケーション取れるから便利。


「えーと、それじゃあまずは治療からかな」

「「「……?」」」


 私は空中に工房を出現させる。


「ひぅ! ぜにすちゃん! 空中になにかできたのです! こわいのです!」

「ダフネ。揺すらないで。見えてないから、わたし」


 工房の中に薬草を入れて、ほいっとお手軽ポーションゲット。


「さ、みんな。これ飲んで」


 てきとーに作った下級ポーションだ。

 トーカちゃんたち全員に手渡しする。


「…………」


 あぐあぐ、とトーカちゃん、瓶ごとくわえてる。


「ウェイウェイ、トーカちゃん。それ蓋開けて飲むの」

「…………」こくん。

 ゼニスちゃんには、私が蓋を開けて、直接口に入れた。


「で、最後はダフネちゃんだけど……」

「飲みますです! だからぶたないで! ぶたないでー!」

「ぶたないわよ……」


 三人ともが下級ポーションを飲む。

 すると三人の体が光り出す。

 なくなった腕やら足が、にょきっと生える。

 失っていたものが元に戻っていく……。


「す、すごいでござる! 主殿!」

「ござる……? トーカちゃん?」


 蜥蜴人だったトーカちゃん。

 だが今の彼女は……見た目人間だ。


「なんかビジュアル変わってない?」

「はい! 主殿のおかげで、せっしゃ、存在進化したのでござる!!」

「存在進化……魔物が進化するあれ?」

「はいでござる!! なんか元気もりもりで、今まで以上にパワーあふれる感じになりました! どうでしょうか、お二人ともっ?」


 ゼニスちゃんは火傷の痕が治って、目が見えるようになってる……って。


「ゼニスちゃん、なんか耳がとがってない?」

「は、はい……私、実はエルフなんです。耳を切られてましたが……」


 ああ、エルフなんだ。

 だから見た目の割にかしこそうなしゃべり方してたのね。


「すごい……セイさま。トーカが、蜥蜴人から、火竜人に進化してます……」


 ゼニスちゃん、トーカちゃんの進化した姿を一発で見抜いた。

 これは頭のしだけじゃなくて、何か特別なもの持ってるかも。目とか?


「す、すごいのですー! だふねのお耳が生えてきたのですっ!」


 ぴこぴことダフネちゃんのうさ耳が動く。うむ、あとで触らせておくれ。


「ありがとうございます! 主殿! いや、聖女殿!」

「感謝しますセイさま。もしかして、天導教会の聖女さまでしょうか?」

「ありがとー聖女のおねえちゃんっ!」


 情報量多くてついてけないけど……まあ、一言だけ。


「いや、聖女じゃなくて、ただの錬金術師ですから、私」


 きょとんとする奴隷たち。

 ゼニスちゃんだけが、突っ込む。


「いえ、ご主人さま。それはありえません。どこの世界に、種族を進化させ、欠損を治すポーションを作れる、錬金術師がいるのですか?」

「ここにいるけど?」

「………………」


 まあなにはともあれ、これで安くてわいい旅のお供×三ゲットだぜ!



 私ことセイはサンジョーの町へ到着し、そこで可愛い奴隷の女の子たちを購入した。

 火竜人のトーカちゃん。

 エルフのゼニスちゃん。

 ラビ族のダフネちゃん。


「おねーちゃーん♡」

「おお、よしよし、ダフネちゃんはもふもふねー」


 宿屋にて、私の膝の上には、ラビ族の少女が乗っかっている。

 ダフネちゃんはすっかり私になついているようだ。

 ふわふわの緑色の髪の毛に、ぴくぴく動くうさ耳が触ってて心地よい。


「主殿とダフネは、すっかり仲良しでござるなぁ」

「……今まで人間にひどいことばかりされていたからね。セイさまのような優しい人間は初めてなのでしょう」


 おやまあ、それはかわいそうに。


「私も元奴隷だったから苦労がわかるのよねー」

「……セイさまは奴隷だったのですか?」

「ええ、社会の歯車という名の奴隷」

「……難しい概念ですね」


 ややあって。

 私たちは食堂へと移動してきた。

 椅子に腰掛けると、三人はじっと立ったままである。


「どうしたの? 座らないの?」

「……いえ、セイさま。奴隷は主人と同じテーブルにつかないものです」

「え、そうなんだ」


 この未来での、正しい奴隷の扱いなんて知らない。

 そもそも、私、小さい頃から師匠に錬金術叩き込まれて、そのあとも宮廷でずぅっと研究と仕事ばっかりだったから、外の常識ってわからないのよね。


「いいって、気にしないで座りなさい」

「……ですが。わたしどものような卑しい身分のものが、同席してもよいのですか?」


 うんうん、とトーカちゃんたちがうなずく。


「いいのよ。てゆーか、ゼニスちゃん。あとトーカちゃんもダフネちゃんも。私はあなたたちを一個人として尊重するわ。たとえ一般人が奴隷を物として扱ってようと、私はこれから一緒に旅する仲間だと思ってるから」

「「仲間……!」」


 トーカちゃんとダフネちゃんが表情を明るくする。ゼニスちゃんは目を丸くしていた。


「そんなこと言われたの……初めてなのです!」

「拙者たちを個人として扱ってくださるなんて……! なんてお優しい方なのでござる!」

「……セイさまの寛大なお心遣いに、感謝申し上げます」


 お、大げさだなぁ……。

 まあ、うん。奴隷を物扱いするのは絶対NGだと思う。なぜって?

 私もそうされてきたからさ!


「とにかく君たちは物じゃありません。私も含めてな! おっけー?」

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
天才錬金術師は気ままに旅する ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影