一章 ④
「まあ簡単に言えばとても効果の高いポーションのこと。治癒のポーション、解毒ポーションのように、簡単には作れないの。家から持ち出した上級ポーションは、どれも一本ずつ。転移ポーションはしばらく使えないなぁ」
しばらく旅を続けたいが、上級ポーションを作るとなると、大きな工房と時間が必要となる。
さてどーするかね。ま、それはおいおいどうにかなるか。
「……上級……魔法効果を付与したポーション、のことでしょうか」
「おお、そんな感じ。さすがゼニスちゃん、頭いいねー」
私はよしよしとゼニスちゃんの、青い髪の毛をなでる。
艶のある、まるで絹みたいな触り心地で、触ってて気持ちええ……。
「…………」
「あ、ずるいずるいですっ! だふねもおねえちゃんに、頭なでなでしてほしーですー!」
ダフネちゃんが子猫みたいにくっついてきて、頭をぐりぐりと押しつけてくる。
子猫みたいで可愛いなぁ。
「ま、とにかく面倒ごとは避けるのがベストよ。私は気楽に旅をしたいの。そんな旅の方針でいい?」
先頭を歩く、火竜人のトーカちゃんが、こくんとうなずく。
「拙者たちは主殿の奴隷、決定には従います!」
「そかそか。そりゃよかった。てゆーか……買い物ほとんどできなかったー。馬車とか、食料とか、調達しておきたいわよね。特に食料」
ゼニスちゃんが少し考えて言う。
「……ここから一番近い町ですと、南下していくと、ミツケという町があります。ただ、徒歩となると一日はかかるかと」
「うーん、一日飲まず食わずはきっついわー……。どこかで食料を調達しましょう」
では! とトーカちゃんが元気よく手を上げる。
「野営でござるな! 拙者、狩りは得意でござる!」
「おお、さすが体力担当。期待してるわよ。じゃあさっそく獲物を……」
と、そのときだった。
ぴんっ、とダフネちゃんのうさ耳が立つ。
「あ、あのあの! おねえちゃん!」
「ん? なぁにダフネちゃん?」
「け、獣の声がするです! あっちの森の方から!」
びしっ、とダフネちゃんが南の方の森を指さす。
おお、さすが耳のいいダフネちゃん。なるほど、動物と話せるだけじゃなくて、こういう力もあるわけね。
「よっし、拙者の出番でござるなー!」
敵が来ると言っても臆した様子はない。マジで得意なのね、狩りが。
……ん?
「でもトーカちゃん、武器持ってないけど大丈夫?」
「心配ご無用! 森の獣くらいなら、拙者素手で倒せますゆえ!」
とまあ、息巻いていたトーカちゃんだったんだけど……。
「「「…………」」」
「さすがにあれは無理よねぇ、素手じゃ」
森の茂みから、私たちは獣の様子をうかがう。
巨大蛇だった。しかも、体からはどろどろっとした毒を分泌してる。
ぽたぽた……と体表から漏れ出る毒は、地面に落ちるとじゅう……という湯気を立てていた。
結構な毒だ。しかもあの煙を吸い込んでも粘膜をやられそう。
「セ、セイさま、こいつはヒドラです。先ほどの冒険者さんたちを苦しめていたモンスター!」
「あ、主殿……逃げましょう。拙者さすがにあれを素手では無理です……」
シスターズの頭脳担当ゼニスちゃんと、体力担当トーカちゃんが
そんだけ怖いのかしら? でもねえ……。
「素手で倒すのは無理くさいけど、逃げなくていいでしょ、あれくらい」
一瞬、ぽかんとした表情になるシスターズ。あれ、おかしなこと言ったかしら、私。
しかしすぐに我に返ったトーカちゃんが、怒った調子で言う。
「なっ!? 何をおっしゃる!」
怒ったのは、私が無謀なことしようとしたからだろう。
つまり優しさから来る怒りなのだ。別に怒られても、不快な気分にはならない。
てゆーか、あれって師匠のとこでよく見た毒蛇じゃないか。
なんだなんだ。あんなのをみんな怖がってるの? ちょちょいのちょいで倒せるでしょ?
「ちょうどいい、素材ゲットのチャンス。行くわよ……!」
「主殿!?」「……セイさま!?」「おねーちゃん!?」
私は毒蛇の前に立つ。
「ふしゃぁあああああああああああ!」
「そぉおおおおおおおおおおおい!」
私は、取り出した普通のポーション瓶を、毒蛇めがけてぶん投げる。
瓶は毒蛇の鼻先にぶつかって、中身をぶちまける。
じゅぉ……!
「ぎしゃ……!」
一発で、毒蛇を覆っていた毒液が浄化される……。
見上げるほどの毒蛇は、一瞬にして、通常の蛇にまでサイズダウンした。
「あ、逃げちゃう! トーカちゃんそいつ捕まえて!」
「あ、え……? あ、は、はい!」
逃げていく元でか蛇は、トーカちゃんの手で捕縛される。
ナイス。
「はいトーカちゃん、生きたままそいつを、この瓶の中に入れて」
口の大きなポーション瓶を、私はトーカちゃんに突き出す。
おずおずと蛇を瓶に入れる。蓋をして、完成。
「ふぅ……! 素材ゲット! いやぁ、食料にはならなかったけど貴重な素材を……って、どうしたの三人とも?」
ぽかーんとするトーカちゃんたち。
「あ、あの巨大な毒蛇を……一撃で!?」
「すごいすごいすごいのですー!」
トーカちゃんダフネちゃんがキラキラした目を向けてくる。
一方でゼニスちゃんが戦慄の表情で尋ねてくる。
「……い、今のどうやったのですか? 高度な神聖魔法?」
「え、ただ解毒ポーションぶっかけただけだよ?」
「……解毒、ポーション……」
体表を覆ってる毒を、解毒ポーションで中和しただけだ。
「さっきの毒蛇は、師匠に散々捕らされてたっけ。だから対処方法もわかってたんだよねぇ」
「……すごい。ヒドラを、倒すなんて……やはりセイさまは聖女なのでは」
ぶつぶつ、とゼニスちゃんがつぶやいている。
「ま、蛇は食えないから他の食材探しましょ。トーカちゃん、ダフネちゃん、頼りにしてるわ」
「「はーい!」」
☆
セイがヒドラを倒してから、数日後の出来事だ。
女剣士であり、冒険者でもあるフィライト。この世界で数えるほどしかいない、Sランク冒険者の一人だ。
フィライトは先日、謎の聖女の手によって、ヒドラの毒を解毒してもらい、一命を取り留めた人物である。
フィライト、そして恋人のボルス(セイをサンジョーの町までつれてきたリーダー)は、冒険者ギルドのギルドマスターのもとへ呼び出されていた。
「来たか、フィライト、ボルス」
「遅くなってすみませんわ、ギルマス」
フィライトとボルスは、ギルドマスター、略してギルマスに促されてソファに座る。
「それで、見つかったか? 謎の聖女さまは」
フィライトは失意の表情でうつむき、ふるふると首を振る。
はぁ……と大きくため息をつく様は、まるで恋する乙女のようだ。
一方でボルスは軽くため息をついて、肩をすくませる。
「それが……方々探し回ったんだけどよ、どこにもあの嬢ちゃんが見つからなくって……いたたたっ!」
ボルスの耳を、フィライトが強めに引っ張る。
「不敬ですわよ、ボルス。聖女さま、でしょう?」
「いやまあ……いいじゃあねえか。本人がここにいないんだし」
聖女、すなわちセイのことだ。
フィライトたちはセイを探しているのである。
「天導教会に探りを入れてみたんだが、やはり白銀のきれいな髪をした聖女はいないそうだ……」
「白銀の聖女さま……」
もちろんセイのことである。
セイ・ファートはこの世界では珍しく、輝くような白銀の髪を持っていた。
彼女の名前はわからないが、白銀の髪をした人間で、あれほどまでの治癒の力を持つものは、二人といないだろう。
だがどこを探しても、白銀の聖女は見つからないのだ。
「もーいないんじゃねえかな。こないだフィライトを治療したとき、煙のように消えちまったじゃねえかよ」
「かもしれないな……ううむ、惜しい。実に惜しいことをした」
ボルス、そしてギルマスがハァ……とため息をつく。
「ボルスたちも知っての通りだが、天導教会のクソどものせいで、今この世界では気軽に治癒、解毒ができなくなっちまってる。やつらは大金をおれらからふんだくって、簡単な治療しかしてくんねえ。しかも、やつらは自分たちの抱える聖女さまのお力を際立たせるため、ポーションの販売を規制してやがる」



