一章 ⑤
セイがいた世界と今の世界とでは、情勢が異なる。
この世界の治癒・治療行為はすべて、天導教会という新しい組織が独占しているのだ。
「ギルマス。おれぁ……よぉ、天導の聖女ってやつに会ったことがある。あいつらは自分が神に選ばれた特別な存在だと思ってやがる。実に高慢なやつらさ。けど……あのきれいな髪の嬢ちゃんは違う」
ボルスは述懐する。
恋人が死に瀕してるとき、セイは嫌がるそぶりをまったく見せず、患者のもとへと足を運んだ。
そして、恐ろしいまでの治癒の力をもって、恋人の命を救った。そのうえで……。
「人を助け、しかもお礼も受け取らず、煙のように去っていく……素晴らしいですわ」
ほぅ……とフィライトが熱っぽく息をつく。
「白銀の聖女さま……ああ、会いたいですわ。一言、お礼を言うだけでいいのに……」
「フィライトよぉ、おめえすっかりあの嬢ちゃんの信者……」
「嬢ちゃんじゃなくて、聖女さま……でしょ? ボルス?」
いつの間にか、フィライトは剣を抜いていた。
恋人のボルスの首元に剣をそわせて、険しい表情をしている。
ボルスがハンズアップすると、恋人は剣を下ろした。
「ま、あの白銀の聖女さま探しは引き続きやってくさ。あの方が天導教会に属さない聖女さまだとしたら、是が非でも彼女といい関係を作りたい」
天導教会の聖女は、高い金をふんだくる悪者、という共通意識が冒険者たちにはあるのだ。
と、そのときだった。
「し、失礼します!」
一人の冒険者が、慌ててギルマスの部屋に入ってきた。
「どうした?」
「ほ、報告します! ヒドラが討伐されました!」
「「「「なっ!? なんだって!?」」」
☆
フィライト、そしてボルスは、ヒドラ討伐の報告を聞いて、現地へと急行した。
現地ではドルイドの
ドルイド。植物と意識をリンクさせ、会話できるという、特別な力を持つ。
「それで、本当にヒドラは倒されたのか?」
「……はい。この子たちが見ていたそうです」
ドルイドが持っていた
「毒の蛇を倒す、白銀の髪の女性の姿を」
「! そ、それは……白銀の聖女さまですの!?」
フィライトがドルイドにくってかかる。
「……さ、さあ……ただ、三人の奴隷を連れていたそうです」
「あの嬢ちゃんも確か、サンジョーの町で奴隷を買ってたな。数は三」
ボルスは内心動揺していた。
ヒドラ討伐の任務は、Sランクである恋人のフィライトが請け負っていた。
だが彼女は仲間と協力して討伐任務に当たったものの、完敗した。
フィライトの強さはよく知っている。竜を単独で討伐できるほどの超実力者だ。
……そんな彼女が勝てなかったヒドラを、あのひ弱そうな女性が倒した?
にわかには信じられない。だが……。
「ああ! 白銀の聖女さま! 慈悲深いだけでなく、お強いだなんて! きっと聖なる力で悪を討ったのですわ! はぁ~……素敵♡ 素晴らしいですわぁん♡」
どうやらフィライトは、完全にセイがヒドラを倒したと思っているらしい。
しかも、自分が勝てなかった相手を、小娘が倒したと知っても、へこんでる様子もない。
「ドルイドさん! 聖女さまはどちらに向かわれたのですの!?」
フィライトがドルイドの襟首をつかんで、鬼気迫る表情で詰問する。
ボルスは彼女の襟首を摘まんで引きはがす。
「……そ、その人は森を抜けて、南へ向かったそうです」
「となると、こっから近い町といや、ミツケの町かな」
なるほど! とフィライトがうなずく。
「では行きますわよ、ボルス! 聖女さまを探し出すのですわ!」
だっ……! と走り出したフィライトのあとにボルスが続く。
歩きながら、ごくり……とボルスは息をのむ。
ヒドラは猛毒を発している。空気を、そして大地を汚す力を持つ。
だがこの森はとても静かで、そして穏やかだ。
毒による被害なんてまるで感じさせない。
「……Sランクでも手を焼くヒドラを倒し、その毒を中和して森を再生するなんて……マジで本物の聖女さまかもな。いや……ひょっとして、天導教会のボス、大聖女と同じ力を……」
「ボルス! 行きますわよ!」
……想像で語っていてもしょうがない。
今は、あの白銀の聖女を探して会うことが先決だ。
☆
毒蛇をゲットした数日後。
私は奴隷ちゃん三人を連れて、ミツケという町を訪れていた。
マーケットである程度の買い物を済ませる。馬車の手配、食料の買い込み。
そして……市場調査。
やはり市場を見てわかったけど、どこにもポーションが売られていなかった。
商業ギルドにも顔を出したけれど、そこでも下級のポーションすら出回ってない様子。
じゃあどこでポーションが売られてるかというと、アングラな雰囲気漂う、裏路地の店。
そこでポーションを買ってみたんだけど……。
まあ、ひどいものだった。まず質。悪すぎ。これじゃ擦り傷治すくらいが関の山だ。
出血は止められるだろうけど、致命傷となる傷を治すまでにはいかない。
もっと質のいいポーションがないか聞いたんだけど、そんなものはないし、そもそも作れないそうだ。
五〇〇年後の錬金術師たちはどうしてしまったのだろうか……。
そういえば錬金術師を町でまったく見かけなかったな。
「さて、買い出しと聞き取り終わりっと」
私たちは二手に分かれて行動。
私とゼニスちゃんのペア、トーカちゃんとダフネちゃんのペア。
トーカちゃんたちは荷物を馬車に積んでいる。
私とゼニスちゃんは情報収集していた。
「これがポーションかぁ……」
濁った色の瓶を私は見てつぶやく。
「……ええ、この世界じゃ、それをポーションと呼びますね」
ゼニスちゃんが真面目な顔で言う。
この子が噓や冗談を言うようには思えない。ってことはマジなのだろう。
……ふざけんなって、ちょっと怒りを覚えてしまう。
「こんなのポーションじゃない。泥水だ」
私はまあ、とりわけ意識の高い錬金術師じゃないけど、さすがにこんな質の悪いもんをポーションだって言われて出された日には、売ってるやつをボコってしまいそうな衝動に駆られる。
……まあ、問題は起こさないけど。めんどうだし。
「……高価なポーションを泥水なんて……。五〇〇年前とは状況が異なるのですか?」
「そーね。さすがにここまで質の低いものは、なかったかな。そもそも市場には出回らなかったし、こんなクズポーション」
私は市場をある程度見て回って、見えざる圧力のようなものを感じた。
誰かの意思で、ポーション技術が無理矢理衰退させられてる、ような。
その大元は、天導教会とかいう、怪しげな組織にある……ような気がする。
「ま、私には関係ないけど……!」
余計なことには首を突っ込まない。
別にポーション衰退の原因を突き止めるぜ! とか。
大いなる謎に踏み込んでいくぜ! なーんて気概はさらっさらないのよ。
私がしたいのは自由な旅。
パワハラ上司もいない世界を、のんびり楽しく過ごせりゃそれでいいわけさ。
「準備も整ったし、もめ事が起きる前に出発しましょ」
と、そのときだった。
「きゃっ!」
どんっ、と私に誰かがぶつかってきたのだ。
「おっと、大丈夫、お嬢ちゃん?」
「あ、うん……えと、ぶつかってごめんなさい……」
幼女ちゃんが謝ってくる。
「別にいいのよ。って、なにこれ?」
幼女ちゃんの周りには、クッキーが落ちてる。
「あらら、ごめんね。これ、全部買い取るから許して。ゼニスちゃん、お金払って」
金勘定と金の管理は、頭のいい彼女に任せている。
私はこの世界の相場とか知らないので、だまされたら大変。だから信頼してるゼニスちゃんに財布を預けているのだ。
ゼニスちゃんが金額を聞いて、幼女ちゃんにお金を払う。
その間に落ちてるクッキーを集めてひろう。
ふむ……どれ一口。
「う!」
「う?」
「
特段高級素材を使ってるようには思えない。味付けもシンプルだ。
だというのに、こんなに
製法? なにか特殊な製法で作ってるのかしら?



