一章 ⑤

 セイがいた世界と今の世界とでは、情勢が異なる。

 この世界の治癒・治療行為はすべて、天導教会という新しい組織が独占しているのだ。


「ギルマス。おれぁ……よぉ、天導の聖女ってやつに会ったことがある。あいつらは自分が神に選ばれた特別な存在だと思ってやがる。実に高慢なやつらさ。けど……あのきれいな髪の嬢ちゃんは違う」


 ボルスは述懐する。

 恋人が死に瀕してるとき、セイは嫌がるそぶりをまったく見せず、患者のもとへと足を運んだ。

 そして、恐ろしいまでの治癒の力をもって、恋人の命を救った。そのうえで……。


「人を助け、しかもお礼も受け取らず、煙のように去っていく……素晴らしいですわ」


 ほぅ……とフィライトが熱っぽく息をつく。


「白銀の聖女さま……ああ、会いたいですわ。一言、お礼を言うだけでいいのに……」

「フィライトよぉ、おめえすっかりあの嬢ちゃんの信者……」

「嬢ちゃんじゃなくて、聖女さま……でしょ? ボルス?」


 いつの間にか、フィライトは剣を抜いていた。

 恋人のボルスの首元に剣をそわせて、険しい表情をしている。

 ボルスがハンズアップすると、恋人は剣を下ろした。


「ま、あの白銀の聖女さま探しは引き続きやってくさ。あの方が天導教会に属さない聖女さまだとしたら、是が非でも彼女といい関係を作りたい」


 天導教会の聖女は、高い金をふんだくる悪者、という共通意識が冒険者たちにはあるのだ。

 と、そのときだった。


「し、失礼します!」


 一人の冒険者が、慌ててギルマスの部屋に入ってきた。


「どうした?」

「ほ、報告します! ヒドラが討伐されました!」

「「「「なっ!? なんだって!?」」」




 フィライト、そしてボルスは、ヒドラ討伐の報告を聞いて、現地へと急行した。

 現地ではドルイドの職業ジョブを持った冒険者が立っている。

 ドルイド。植物と意識をリンクさせ、会話できるという、特別な力を持つ。


「それで、本当にヒドラは倒されたのか?」

「……はい。この子たちが見ていたそうです」


 ドルイドが持っていたつえで、近くのを指す。


「毒の蛇を倒す、白銀の髪の女性の姿を」

「! そ、それは……白銀の聖女さまですの!?」


 フィライトがドルイドにくってかかる。


「……さ、さあ……ただ、三人の奴隷を連れていたそうです」

「あの嬢ちゃんも確か、サンジョーの町で奴隷を買ってたな。数は三」


 ボルスは内心動揺していた。

 ヒドラ討伐の任務は、Sランクである恋人のフィライトが請け負っていた。

 だが彼女は仲間と協力して討伐任務に当たったものの、完敗した。

 フィライトの強さはよく知っている。竜を単独で討伐できるほどの超実力者だ。

 ……そんな彼女が勝てなかったヒドラを、あのひ弱そうな女性が倒した?

 にわかには信じられない。だが……。


「ああ! 白銀の聖女さま! 慈悲深いだけでなく、お強いだなんて! きっと聖なる力で悪を討ったのですわ! はぁ~……素敵♡ 素晴らしいですわぁん♡」


 どうやらフィライトは、完全にセイがヒドラを倒したと思っているらしい。

 しかも、自分が勝てなかった相手を、小娘が倒したと知っても、へこんでる様子もない。


「ドルイドさん! 聖女さまはどちらに向かわれたのですの!?」


 フィライトがドルイドの襟首をつかんで、鬼気迫る表情で詰問する。

 ボルスは彼女の襟首を摘まんで引きはがす。


「……そ、その人は森を抜けて、南へ向かったそうです」

「となると、こっから近い町といや、ミツケの町かな」


 なるほど! とフィライトがうなずく。


「では行きますわよ、ボルス! 聖女さまを探し出すのですわ!」


 だっ……! と走り出したフィライトのあとにボルスが続く。

 歩きながら、ごくり……とボルスは息をのむ。

 ヒドラは猛毒を発している。空気を、そして大地を汚す力を持つ。

 だがこの森はとても静かで、そして穏やかだ。

 毒による被害なんてまるで感じさせない。


「……Sランクでも手を焼くヒドラを倒し、その毒を中和して森を再生するなんて……マジで本物の聖女さまかもな。いや……ひょっとして、天導教会のボス、大聖女と同じ力を……」

「ボルス! 行きますわよ!」


 ……想像で語っていてもしょうがない。

 今は、あの白銀の聖女を探して会うことが先決だ。



 毒蛇をゲットした数日後。

 私は奴隷ちゃん三人を連れて、ミツケという町を訪れていた。

 マーケットである程度の買い物を済ませる。馬車の手配、食料の買い込み。

 そして……市場調査。

 やはり市場を見てわかったけど、どこにもポーションが売られていなかった。

 商業ギルドにも顔を出したけれど、そこでも下級のポーションすら出回ってない様子。

 じゃあどこでポーションが売られてるかというと、アングラな雰囲気漂う、裏路地の店。

 そこでポーションを買ってみたんだけど……。

 まあ、ひどいものだった。まず質。悪すぎ。これじゃ擦り傷治すくらいが関の山だ。

 出血は止められるだろうけど、致命傷となる傷を治すまでにはいかない。

 もっと質のいいポーションがないか聞いたんだけど、そんなものはないし、そもそも作れないそうだ。

 五〇〇年後の錬金術師たちはどうしてしまったのだろうか……。

 そういえば錬金術師を町でまったく見かけなかったな。


「さて、買い出しと聞き取り終わりっと」


 私たちは二手に分かれて行動。

 私とゼニスちゃんのペア、トーカちゃんとダフネちゃんのペア。

 トーカちゃんたちは荷物を馬車に積んでいる。

 私とゼニスちゃんは情報収集していた。


「これがポーションかぁ……」


 濁った色の瓶を私は見てつぶやく。


「……ええ、この世界じゃ、それをポーションと呼びますね」


 ゼニスちゃんが真面目な顔で言う。

 この子が噓や冗談を言うようには思えない。ってことはマジなのだろう。

 ……ふざけんなって、ちょっと怒りを覚えてしまう。


「こんなのポーションじゃない。泥水だ」


 私はまあ、とりわけ意識の高い錬金術師じゃないけど、さすがにこんな質の悪いもんをポーションだって言われて出された日には、売ってるやつをボコってしまいそうな衝動に駆られる。

 ……まあ、問題は起こさないけど。めんどうだし。


「……高価なポーションを泥水なんて……。五〇〇年前とは状況が異なるのですか?」

「そーね。さすがにここまで質の低いものは、なかったかな。そもそも市場には出回らなかったし、こんなクズポーション」


 私は市場をある程度見て回って、のようなものを感じた。

 誰かの意思で、ポーション技術が無理矢理衰退させられてる、ような。

 その大元は、天導教会とかいう、怪しげな組織にある……ような気がする。


「ま、私には関係ないけど……!」


 余計なことには首を突っ込まない。

 別にポーション衰退の原因を突き止めるぜ! とか。

 大いなる謎に踏み込んでいくぜ! なーんて気概はさらっさらないのよ。

 私がしたいのは自由な旅。

 パワハラ上司もいない世界を、のんびり楽しく過ごせりゃそれでいいわけさ。


「準備も整ったし、もめ事が起きる前に出発しましょ」


 と、そのときだった。


「きゃっ!」


 どんっ、と私に誰かがぶつかってきたのだ。


「おっと、大丈夫、お嬢ちゃん?」

「あ、うん……えと、ぶつかってごめんなさい……」


 幼女ちゃんが謝ってくる。


「別にいいのよ。って、なにこれ?」


 幼女ちゃんの周りには、クッキーが落ちてる。


「あらら、ごめんね。これ、全部買い取るから許して。ゼニスちゃん、お金払って」


 金勘定と金の管理は、頭のいい彼女に任せている。

 私はこの世界の相場とか知らないので、だまされたら大変。だから信頼してるゼニスちゃんに財布を預けているのだ。

 ゼニスちゃんが金額を聞いて、幼女ちゃんにお金を払う。

 その間に落ちてるクッキーを集めてひろう。

 ふむ……どれ一口。


「う!」

「う?」

いぞ! シェフだ! シェフを呼べー!」


 特段高級素材を使ってるようには思えない。味付けもシンプルだ。

 だというのに、こんなにしくできるなんて!

 製法? なにか特殊な製法で作ってるのかしら?

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
天才錬金術師は気ままに旅する ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影