一章 ⑥

 だとしたらエクセレント! きっと家に伝わる秘伝の味ってやつね!

 はー……うま。なんて美味しいクッキーなのかしら!

 是非とも作った人に会って、レシピを教わりたいものだ。


「これ作ったのお嬢ちゃん?」

「ううん。おかあさん」

「ほほぅ、お母さんに会わせてくれない? 是非ともレシピを知りたいわ」


 私は周囲を見渡す。

 すると幼女ちゃんがうつむいて言う。


「……おかあさん、おうち」

「……え? あなた、一人でクッキー売っていたの? お母さんの代わりに?」


 ゼニスちゃんの言葉に幼女ちゃんがうなずく。

 これは……。何か訳ありだろう。


「あなたのおうちに連れてってくれないかしら」

「え……?」

「私、お母さんとお話ししたいの」


 レシピ知りたいしね。

 幼女ちゃんは迷ったそぶりを見せる。けれどゼニスちゃんを見て、少し警戒心を解いたのか、こくんとうなずいた。

 まあ知らない大人に声かけられてびびってしまうのはわかる。

 てかゼニスちゃん同世代だと思われたんだ……かわいそう……。

 とまあなんやかんやあって、私は幼女ちゃんのおうちに到着。


「ごほっ、ごほっ……あら、お客さん?」

「おかあさん! ただいまー!」


 幼女ちゃんがお母さんにしがみつく。

 お母さんは粗末なベッドに寝ていた。明らかに体調が悪そうで、それで瘦せている。

 ……おそらく食べ物を体が受け付けないんだろうな。


「私は旅の者です。そこでこの子からクッキーを買ったんです。とっても美味しくて、よろしければレシピを教えていただけないかと。商売する気はなく、趣味ですね」


 なるほど……とお母さんが納得したようにうなずく。だが……。


「ごほっ! ゲホッ……!」

「! おかあさんっ!」


 ごふ……と血が彼女の口から漏れる。

 これは本格的に病状が進んで、やばい状態なのだろう。

 私はすかさず魔法でポーションを作り上げて、近くに寄る。


「これを飲んでください」

「……げほごほっ! こ、これは……ごほごほ!」

「いいから。ほら、ぐいっと」


 ここで死なれちゃうと寝覚め悪いし、何より美味しいクッキーがこの世から永遠に失われるなんて、もったいない!

 ということで、私は作ったをお母さんに飲ませる。すると……。


「う、」

「う?」

「うぉおおおおおおおお! みーなーぎってきたぁあああああああああああああああああ!」


 ベッドで寝ていたお母さんが立ち上がると……。

 ぼっ……! と体が一瞬で膨らんだ!?


「ふぁ!? なになに!?」

「ぬぅううん! 力がみなぎるぅうううううううう!」

「ええええええええええ!? お、お、男ぉおおおおおおおお!?」


 お母さんと思っていた人物が元気になると、筋肉もりっもりの大男へと変貌した!


「おかぁさん!」

「我が娘よぉ!」


 ……男なのに、お母さん?

 え、え、どゆこと……?


「……セイ様。おそらくは、あの男が母親代わりをしていたのかと」

「あ、な、なるほど……」


 一見したら線の細い女性に見えたけど、それは病気で瘦せ細っていただけで、実際はこのごりっごりのマッチョ兄さんだったわけだ。


「どうもありがとうございます! 旅の方! ぬぅうん! バジリスクの石化光線を受け、体の内部から石になっていくという奇病にかかっていたのに! ぬぬぅうん! すっかり元気になりましたぁ!」

「あ、そ、そっすか。よかったすねアハハハ……」


 私こういう筋肉ごりごりは苦手だわ……。

 あと体育会系のノリもね。前の職場を思い出す……うっ、頭痛が。


「是非ともお礼を!」

「あ、お礼はいいのでレシピを教えてください」


 というか、このお母さん……じゃなかった、お父さんがクッキー作ったの?

 こんな格闘家みたいな見た目なのに?

 ううん……人は見た目によらないのねぇ。


「おねえさん! おかあさんをなおしてくれて、ありがとー!」


 幼女ちゃんが私に笑顔を向ける。

 まあここまでするつもりはなかったんだけど……。

 ま、いっか! 少女の笑顔、プライスレスだもんね!



 病気のお母さん(※お父さん)を治してあげた私。


「わぁ! うさ耳かわいい! うごくのー?」

「はいなのです! うごくのですー!」


 幼女ちゃんとシスターズのダフネちゃんがキャッキャと戯れている。

 なんという癒やし空間。


「本当にありがとうございました。なんとお礼をしてよいやら……」


 おと……おか……お母さんは私に何度も頭を下げてくる。


「お礼は結構です。たいしたことはしてませんので」

「あのような奇跡を起こして、たいしたことはしてないなんて! 謙虚なお方なのですね、聖女さまは……!」


 いや聖女って……。私は錬金術師なんだけど……。

 この世界じゃ奇跡を起こす人って聖女しかいないのかしらね。

 私が生きていた頃はこんくらいのこと、簡単にやってのける人たくさんいたんだけどなぁ。


「しかし何もしないのでは心が痛みます……」

「ふむ……あ、そうだ」


 さっきゼニスちゃんと、必要になる物を話していたことを思い出した。


「乗り物になる動物なんか、買えるところって知りませんかね? 私たち旅のものでして」

「なるほど、でしたら、わたくしの知り合いに商人がおります。確か馬車を引く動物も扱っていたと思います」

「では、その方を案内していただけますか? それでチャラってことで」


 お母さんはすごく申し訳なさそうにしていたが、何か思いついた表情になると、うなずいてくれた。何だろう今の?


「では、ご案内しますわ」

「お願いします。ダフネちゃーん、行くわよー」


 ダフネちゃんが幼女ちゃんと別れを惜しんでいた。ひしっと抱き合ったあとに、手を振り合う二人。

 い、癒やし……!


「お待たせなのです!」

「ダフネちゃん、大丈夫? つらくない?」


 友達と別れるんだ、つらかろうに。

 けれど彼女はニパッと笑うと、私に言う。


「ぜんぜん! ちょっとさみしいけど、だふねにはおねえちゃんがいるから!」


 私がいればそれでいいってことか。なんてことだ。癒やし妹……!

 ダフネちゃんを抱きしめて、わしゃわしゃとなでてあげる。


「さ、行きましょ。荷車を引く動物を選ぶわよー」


 ということで、お母さんのあとをついていく私たち。

 ほどなくして、やたらとデカい商業ギルドへとやってきた。

ぎんおう商会】と書いてあった。あらまぁ、でっかいギルドじゃないの。

 私がいた頃も、確か銀鳳はあった気がする。

 お母さんは受付で誰かを呼び出した。現れたのは、赤いスーツに身を包んだ、イケメンだった。


「はぁい、ひさしぶりぃん」

「お久しぶりです!」


 スーツのイケメンが、何度も何度も、お母さんに頭を下げてる。え、なにこれ?


「昔ちょーっとこの子をお世話してあげたことがあったのよん」

「は、はあ……」


 お世話ってなんだ。まあ深く突っ込まないけど。

 お母さんが事情を説明。すると、スーツのイケメンがうなずく。


「わかりました。では、こちらにどうぞ! 誰か! 一番質のいい竜のいるところへ、このお嬢さま方をお連れするのだ!」


 イケメンがそう言うと、近くにいたギルドメンバーたちが慌てて動き出した。

 あれ、まさかこの人結構偉い感じの人?


「ちょっと見ない間に立派になってねぇ。このギルドのギルマスなんでしょぉ?」

「いえこれもあなたさまのおかげです!」


 やはり偉い人だった。ギルマスって。

 ほどなくして、私たちは竜舎へとやってきた。


「ここの地竜はどの子も一級品です! 好きなのをお連れください!」


 イケメンギルマスがニコニコ笑いながら言う。

 ……え?


「好きなのって……もしかして、ただ?」

「はい! ただです!」


 まじですか。え、ただ?


「いいの?」

「はい!」


 地竜。竜の一種で、走ることに特化したドラゴンだ。

 サイズは人間の私よりちょいと大きいくらい。

 たくさんの地竜が並んでいる。どれも結構なお値段がした。


「ええと……ほんとにただで譲ってもらっていいんですか?」


 だって値札には、結構な金額が書いてあるんだぞ? あとからお金をせびられても困る。

 だから何度も確認しちゃう。

 しかし彼は笑顔でうなずいて答える。

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
天才錬金術師は気ままに旅する ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影