一章 ⑦

「ええ、あの方にはお世話になったんです。だからあの方を助けてくれたあなたになら、喜んで地竜をお譲りします」


 うーん、ラッキー。まさか助けた人がそんな重要人物だったとは……。

 私は単にクッキーのレシピ知りたかったのと、ま、あとは困ってる人をほっとけなかっただけなんだけどねぇ。


「さて、と。どの子がいいかな。ダフネちゃん」

「はいなのです!」


 ぴょこっ、とラビ族の少女が手を上げる。両手を上げて主張する姿に癒やされる。うーん、癒やし。


「あなたたしか動物と話せるんでしょ?」

「はいなのですー!」


 ぴょんぴょんと両手を上げて飛ぶダフネちゃん。うさぎみたいできゃわわ。


「じゃあこの中からやる気がありそうな子を選んでくれるかな?」

「はいなのです! おねえちゃんのために、がんばってえらぶです~!」


 ダフネちゃんが元気いっぱいに駆け出していく。

 どうせもらえるなら、モチベの高い地竜をもらいたいもんね。長く使いたいし。

 ほどなくして、ダフネちゃんが一匹の赤い地竜を選出。


「だふねたちを見て、すっごいやる気なのです、この子!」

「ぐわぐわっ、がー!」


 私たち四人を見て、地竜がふがふがと鼻息を荒くしている。


「ほほぅ。ちなみになんて言ってるの?」

「えとえと、『女の子いっぱいだー! うひょー! ハーレムパーティきたー!』って言ってるのです!」


 ……なんだろう、なんかこいつ選びたくないなぁ。

 たぶんオスよねこいつ。


「やる気はあるかい?」

「ぐわ、がー!」「『もちろんさー!』だそうなのです」


 まあスケベでもやる気があった方がいいわよね。荒野のど真ん中でやる気を失って立ち往生とか勘弁してほしいし。


「すみません、じゃあこの子いただきますね」

「いいんですか……? そいつ、手のつけられない暴れん坊ですよ?」


 商人さんが目を丸くしている。


「大丈夫だと思います。ね、ええっと……地竜だから……ちーちゃん」

「がー! ぐわー!」「『その名前エクセレントです! ウルトラ気に入りましたぜ、ねえさん!』だそうです」


 姐さんって。まあこの子たちの主人だからそういう扱いでいい……のか?

 商人さんはなるほど、とうなずく。


「さすが聖女さまは目利きにも優れていらっしゃるのですね」

「いやいや……だから聖女じゃなくて、錬金術師ですから」

「またまた。ご謙遜を。バジリスクの石化を解除できるポーションを作れる錬金術師など存在しませんよ」


 目の前にいるんですがそれは……。

 まあいいや。訂正するのもめんどいし。ほっとこ。


「聖女さま。実は折り入って頼みがあるのですが、バジリスクの石化を解除したあの聖なる水を、お譲りいただけないでしょうか」

「聖なる水って……ただの解毒ポーションなんだけど、まあいいですよ」


 錬金工房にストックしてあった、解毒ポーションを二〇本ほど取り出す。

 まあさすがにこの立派な地竜を、ただでもらうのは気が引けたしね。

 解毒ポーションなんてその辺の草でちゃちゃっと作れるし、実質ただみたいなもん。


「ありがとうございます。で料金なのですが」

「え、いらないですよ。ただただ」

「こ、こんなに高価な物を、たくさんいただいてよろしいのですか!?」

「ええ、どうぞ。売るなり、困ってる人に使うなりしてあげて」


 下級ポーションなんて、呼吸するかのように作れる。

 さらに安価な素材で作れるので、別にあげたところでたいした痛手にはならない。

 それに商人相手に売ったら金にはなるだろうけど、そうなると「どうやって作った?」だの「その術は誰から教わった?」と追及がうるさそうだからね。

 ただであげれば、さすがにそこまで突っ込んではこまい。善意でもらってるんだから、厚かましいって心理が働いて遠慮してくれるからね。

 私もいろいろ考えてるのよ。

 その後、商館を出て私たちは最終準備に取りかかる。

 地竜のちーちゃんに荷車にくっつける。

 御者役はダフネちゃんに任せる。

 動物と会話できるから、上手く手綱をにぎってくれるだろう。

 その隣には、護衛役としてトーカちゃんを座らせる。

 腕の立つ彼女にはやりを持たせた。モンスターが出たとき用にね。

 私とゼニスちゃんは荷車に乗っかる。幌つき竜車の旅。一人だといろいろだるかったろうけど、奴隷ちゃんたちがいるおかげで楽に進めそうだ。

 三人も面倒見るのは大変だと思ったけど、結果的に楽できるしオッケーかな。それに大人数の方が楽しいし、旅は。


「それじゃ、出発!」

「「おー!」」「ぐわー!」「……はい」


 私たちはミツケの町をあとにしたのだった。



 セイたちが出発して、数日後。

 Sランク冒険者フィライトと、恋人の冒険者ボルスは、ようやくミツケの町へと到着した。


「きっつぅ~……途中で死喰い花デス・プラントの大量発生に見舞われて、すっかり到着が遅れちまったな」

「おいなにぼさっとしてますの!? 白銀の聖女さまを探しますわよ!」


 フィライトはかつてセイに命を救われたことがある。

 そのときから彼女のファンなのだ。

 彼らはギルマスの命令で、セイを探している。

 フィライトたちはミツケの町で聞き込みを行った。だが白銀の髪で、奴隷を連れた一行の情報は得られなかった。

 そうして彼らは、とある商館を訪れる。


「来たんですの!? 白銀の聖女さまが!」

「ええ、来ましたよ。数日前に。もう出立なさったようですが」

「ああ……そんな……」


 フィライトはその場に崩れ落ちる。心からショックを受けているようだ。

 大げさだな……とボルスはあきれたようにため息をついた。

 確かに白銀の聖女、セイはすごい力を持っている。瀕死のフィライトを死のふちから生き返らせた治癒力、ヒドラの毒をあっさり解毒する力。

 それは今この世界で幅をきかせている、天導教会の聖女をはるかに上回る。

 白銀の聖女が天導所属でないとしたら、いったい彼女はどこから来た何者なのか……。どこでその力を身につけたのか……。

 フィライトとは違い、ボルスの興味はそちらにあった。


「ああ、なるほど……あのお方はやはり聖女でしたか。やはり……」

「やはり? 何かあったのか?」


 ええ、と商人がうなずく。


「先日死喰い花がこの近辺で大量に発生したでしょう? そのときに多数の負傷者が出たんです。ですが、白銀の聖女さまからいただいた解毒ポーションのおかげで大勢の命が助かったのです」

「なんですって! 詳しく! 教えてくださいまし!」


 白銀の聖女ことセイが置いていった解毒ポーション。

 死喰い花の毒攻撃を受けた人たちを、たちまち解毒してみせたのだ。

 しかも水で薄めて使っても、あの強力な毒を完璧に治してみせた。結果、住民の被害はゼロ。


「あのお方は死喰い花が来ることを予知していたのでしょう。だから、我らにその対抗手段であるポーションを残していかれた……しかも無償で。やはり素晴らしいお方です」

「ああ! やはり白銀の聖女さまは、慈悲深く、そしてすごいお方です! 未来の危機を予知してみせるなんて!」


 町を(結果的に)救ったセイのうわさは、ミツケの町から、商人を伝って広がっていくことになる。

 それはさておき。

 フィライトたちは食堂へと移動し、今後の方針を話し合っていた。


「ここで完全に、白銀の聖女さまの足取りが途絶えたなぁ」

「ああ……聖女さま……会いたいのに会えない……! もどかしいですわぁ!」


 地竜を得た聖女一行は、去っていったという。行き先もわからない彼女たちの、追跡の旅はここで終わりか……。

 と、思われたそのときだった。


「せいじょさま? せいじょさまのおしりあいなのですか?」


 一人の幼女が、フィライトたちに近づいてきた。

 彼女はセイが助けた、母親……もとい、父親の娘だった。


「お、嬢ちゃん知ってるのか? 白銀の聖女さま」

「うん! せーじょさまは、おかあさんをたすけてくれたの!」

「おかあさん……?」


 ボルスのもとに、ぬぅうっと巨大な影が落ちる。

 見上げるとそこには、見事な肉体美を持った、ゴリマッチョな男が立っていた。


「どうもぉ、ママでーす♡」

「お、おう……」


 どう見てもママではなく、おやだったのだが……それはさておき。

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
天才錬金術師は気ままに旅する ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影