二章 ①

 馬車、もとい竜車を手に入れた私は、大陸の最果てにやってきていた。


「あついのですぅ~……」

「ぐわ~……」


 竜車をとめて一休みしている私たち。

 目の前には広々とした荒野が広がっている。


「大丈夫でござるか、ダフネ?」

「うう……あついぃ~……とーかちゃんはどうして平気そうなのです?」

「拙者は暑さに強いのでござる! 火竜人なので!」


 ほろの中にいてもさすがに暑い。

 からからに空気が乾いてて、純粋に暑い。あとのどが渇く。


「はいはい、みんな。これ飲んで~」


 私は工房の中から、人数ぶん(+ちーちゃんのぶん)のポーション瓶を取り出す。

 エルフのゼニスちゃんが首をかしげながら言う。


「……セイさま。これはなんでしょう?」

冷却クールポーション。飲むと涼しくなるの」


 奴隷ちゃんたちがポーションをごくりと飲む。

 私は一度荷車から降りて、地竜のちーちゃんにポーションを飲ませた。

 その瞬間、ちーちゃんの体を空色のオーラが包み込む。


「ぐわ! ぐわわっ!」


 さっきまでぐったりしていたちーちゃんが元気になり、がーがーとうれしそうに鳴いている。

 うむ、地竜にもちゃんと効いたようね。

 幌付き荷車へと戻る。するとダフネちゃんがぴょんぴょんしていた。


「とても涼しいのです! 快適なのですー!」


 両手を上げて飛び跳ねるダフネちゃん。ウサギっぽい動きに癒やされる。いやぁ、いいっすわ。

 ゼニスちゃんはポーションの中身を見て分析を試みていた。


「……体を冷気の膜が包み込んでいる。ポーションに含まれる成分が、汗の成分を変性させてるのかしら。いずれにしろ、すごい技術ですね」

「うむ! やはり主殿はすごいのでござる!!!」「なのです!」

「もー大げさねえみんな」


 しかしシスターズに褒められるのは心地よい。

 未来に来る前は、何をしても否定、だめ出しされてばっかりだったからなぁ。

 その点、何をしても肯定してくれるシスターズたち、嫌いじゃないわ。

 さておき。

 これでこのなーんもない荒野を快適に進めるわね。


「……あの、セイさま。本当に行き先を、エルフ国にしてよいのでしょうか?」


 私たちはこの荒野を越えた先にある、エルフの国に向かおうとしていた。


「いいのよ。ゼニスちゃんの家族が、いるかもなんでしょ?」

「……そ、それは。そう、かもですが」


 ゼニスちゃんは昔エルフの国のお姫さまだったらしい。

 今はクーデターが起きて、国王の首がすげ替わったそうだ。

 ゼニスちゃんの家族(王族)は、男は殺され、女子供は奴隷として売り飛ばされたらしい。


「家族がエルフ国にいるとは限らない。でも、手がかりがあるかもしれない。なら行ってみよう。家族に会いたくない?」


 この子は出会った当初から、一貫して大人な態度を取っている。けど私には、無理してるように見えるのよね。

 だって夜に一度、この子が涙を流してるとこ、見ちゃったからなぁ。

 やっぱりさみしいのね。てことで、連れてってあげることにしたの。


「エルフ国がどんなとこかも気になるしさ! 私のわがままなんだ。だからゼニスちゃんは気兼ねせず、私を君の故郷へと連れてってくれればそれでいいの。迷惑なんて思ってないし」


 ゼニスちゃんは目を丸くした後、じわ……と涙をためる。

 私はハンカチを渡してあげると、彼女は何度も頭を下げながら言う。


「……セイさまの寛大なお心遣い、感謝しております。私のような卑しい奴隷のために、ここまでしてくださるなんて」

「卑しい奴隷とか言わないの。君は仲間なんだから」


 私、奴隷とか我慢とか、そういうの大っ嫌いなのよね!

 私自身が我慢して我慢して、奴隷のように働かされた、にがーい経験があるからさ。

 つい自分に重ねて優しくしちゃう。私のときは誰も助けちゃくれなかったからさ、余計に。


「さて! 気分を切り替えて、これからのお話ししましょうね。ゼニスちゃん、地図を」


 ミツケの町で買ってきた周辺国の地図を広げる。

 王国西側に広がる、広大な荒れ地を指さす。


「……現在われわれがいるのは、ゲータ・ニィガ王国の西部、スタンピードと呼ばれる領地です。ここを南西に向かって下っていった先に、エルフ国アネモスギーヴがあります」

「随分と広い荒野でござるなぁ。竜車でもかなり時間がかかりそうでござる」

「……その通り。途中で補給していく必要があるけど、この土地は人の住める場所が少ない。野営を何度かしないといけません。ですが、注意が必要です」


 はて、と私たちは首をかしげる。


「……この土地には、凶悪なモンスターがかなり生息しています。ここは別名、人外魔境スタンピード

「人外魔境ねえ……物騒な名前」

「……はい。通常のモンスターよりも高ランクのモンスターが出てきます。なのでここを渡る際は、キャラバンに同行するか、強い冒険者を護衛につけるのが常道です」


 ふーん、キャラバン、冒険者の護衛かぁ。わー……だるそう。


「却下で」

「……ど、どうしてでしょうか?」

「私、団体行動が苦手なのよねぇ」

「……それだけの理由で」


 ゼニスちゃんがあきれたようにつぶやく。私は火竜人のトーカちゃんを見やる。


「ま、大丈夫でしょ。トーカちゃんいるし」

「うむ! それに主殿もおりますからな! 主殿のポーションがあれば問題ないでござるよ!」


 ダフネちゃんもトーカちゃんも、私を信頼してくれてるようだ。うれしい。

 ゼニスちゃんは迷ったものの、結局は私の発言を信じてくれるようだ。


「とはいえ、長い危険な旅路になりそう。そこで、私は賢者の塔に寄ろうと思います」

「「「賢者の塔?」」」


 まあ聞きなじみのない単語よねぇ。


「……セイさま、なんですか、賢者の塔とは?」

「私の師匠の工房よ。あの人、放浪癖があって、全国のあちこちに自分の工房を作っては、管理せずほっといてるの」

「……なるほど、セイ様のお師匠さまの。しかし立ち寄って何をするのですか?」

「工房を借りて、上級ポーションを作っておこうと思ってね」


 下級ポーション(回復や解毒)以上の効果を発揮するものを、上級ポーションという。

 こないだ使った転移ポーションとかのことね。

 家にあったものはだいぶ劣化してて、だいぶ空きがある。

 一度工房に行って、それらを補給しておきたい。


「このスタンピード領に確か、賢者の塔があったはずだわ。そこをまずは目指しましょう」


 そういうわけで、私は一度、補給へと向かうことにした。


「さて、しゅっぱーつ。の前に、えいや」


 ぱしゃ、と私はちーちゃんに魔除けポーションをかけておく。

 ランクの高いモンスターの出るここで、どれだけ魔除けが通じるかはわからないけどね。


「ぐわ、がー!」


 ちーちゃんが荒野を進んでいく。

 少しすると……。

 ぼとぼとぼと! と上空から何かが落ちてきた。


「なにかしらね、あれ?」

「……モンスターですね。おおおおわしです。群れで襲ってくる、Bランクのモンスター」


 ぼとぼと、と大大鷲の群れが落ちてくる。


「拙者なにもしてないでござるよ?」

「……たぶん、セイさまのポーションの効果でしょう」

「なんと! Bランクのモンスターを、魔除けのポーションで退けてしまうなんて! すごいですぞ!」


 あんまりモンスターのランクとか言われてもわからないのよねぇ。ま、褒められて悪い気はしないけど。


「……これ、余裕なのでは?」「おねえちゃんすごいのですー!」


 ま、何はともあれ出発進行よ。



 私たちはエルフ国アネモスギーヴへと向かう前に、師匠の工房へ補給に向かうことにした。

 地竜のちーちゃんが、どどど、と荒野を走っている。若干揺れるのは気になるけど、まあ自分の足で歩くよりはね。

 幌馬車に乗ってる私。膝の上ではダフネちゃんが眠っている。


「しゅぴ~……おねえちゃん……しゅき~……♡」


 ふわふわ髪のうさ耳少女が赤ん坊のように丸くなっている。

 耳を触るとその都度ぴくぴく動くのが実に愛らしい。ずっと触りたくなるねえい。

 隣に座っているゼニスちゃんが私に言う。


「……ところでセイさま、魔除けのポーションの持続時間ってどれくらいなのでしょうか?」

「あー……そういや、測ったことなかったなぁ。ま、効果が切れるまでじゃない?」

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
天才錬金術師は気ままに旅する ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影