二章 ②
「……ア、アバウトですね」
「お風呂入って、体表から流れ落ちると消えるのは確かよ。それ以外は、さぁねえ~……」
効果が発揮できてればいいや、くらいに考えてたので、持続時間って測ったことなかったわ。
毒蛇……ああ、ヒドラっていうんだっけ。
高純度の蛇毒が手に入ったことで、ランクの高い魔除けのポーションが作れたし、まあそこそこ長く魔除け効果が続くんじゃないかなぁって思ってる。
「む! 主殿! 前方に敵影ありでござる!」
御者台に座ってるトーカちゃんが、私に報告してくる。
荷物管理してるゼニスちゃんから、双眼鏡を借りて、幌から顔を出し見やる。
灰色の
「馬車が襲われてるわね……こっちに来られても困るし……。トーカちゃん、弓は使える?」
ちーちゃんを譲ってもらったときに、サービスでいくつか武器のお古をもらっていたのだ。
「無論! 拙者武芸全般、得意なので!」
あらやだ頼りになる。槍だけじゃなくて弓も使えるなんて。
竜車の運転をゼニスちゃんと代わってもらい、トーカちゃんには弓を射ってもらう。
「はいこれ使って」
「む? 矢の先に何かついてるでござるよ?」
「うん、魔除けのポーション」
「なるほど! 矢をあそこに向かって射れば、瓶が割れて中の魔除けのポーションが散布されるというわけでござるな!」
そういうことだ。
トーカちゃんは御者台に立って、矢をつがえる。
「ハッ……!」
放った矢は放物線を描いて、正確に、馬車を襲ってる狼たちの群れの中に落ちる。
その瞬間、どさ……! と一気に狼たちがその場で崩れ落ちた。
人間にとって魔除けのポーションは無害だが、気化したポーションを吸い込んだモンスターたちはたまったもんじゃないもんね。
「ゼニスちゃん、あの馬車に近づけてくんない? 怪我人がいるかもだし」
「……お助けになられるのですか?」
「まーね」
旅人だったらこの辺のことにも詳しいだろうし。
師匠の工房の情報を知ってるかもだから。
とまあ打算ありで助けようと思っていたのだが。
「さっすが主殿は慈悲深いでござるなぁ!」
とまあなぜか感心されてしまった。ま、いいや。訂正めんどいし。
ゼニスちゃんが竜車を、さっきの馬車に近づける。
「大丈夫ですかー?」
「お、おお……あんたらか。さっき助けてくれたのは」
身なりからして、どうやら商人と、護衛の冒険者さんたちのようだ。
「怪我してますね。ポーションはありますか?」
「あいにくと……」
あらら、外出にポーションは必携だと思うんだけどね。
まあミツケの町の市場を見て確信を得たけど、ポーションってほとんど、表のマーケットでは売ってないんだわ。
裏で、しかも質の悪いものしか売ってないときたら、そりゃ買おうって人も少ないだろうね。
「よろしければお分けいたしますが」
「なにっ!? ほ、ほんとうかい?」
「ええ。みんな、治療よろしく」
「「「はいっ……!」」」
シスターズにポーションを配らせる。
その間、私はこの商人さんに話を聞く。
「塔?」
「ええ、このあたりにあると思うんですけど」
すると「まさか……」と商人さんはつぶやく。
「悪魔の塔のことかい……?」
「あくまのとう……? なんですそれ」
「知らないのかい? この荒野に存在する、おっそろしいダンジョンのことだよ」
ダンジョン……?
「中には見たこともない、鉄でできた
「あー……」
うん。それは……師匠の工房を守ってるガーディアンよねえ……。
師匠の工房って、結構高価なものが置いてあるから、
しかしそれ、もしかしなくても……賢者の塔よねえ。
妙なことになってるな。まためんどうな。気づいたの私だけっぽいし、黙っとこ。
「その場所ってわかります?」
「わかるが……嬢ちゃん、行くのかい? やめときな! 何人ものトレジャーハンターが挑もうとして、返り討ちにあったって聞くぜ!」
慌てて止めようとしてくる商人さん。まあ危険な場所に自ら首を突っ込もうとしている人が居たら、止めるのが当然ね。
しかしあんまりここで足止め食いたくないし、ここは……。
「大丈夫です、中には入りません。遠くから見れればそれでいいんで」
「そ、そうかい……まあそれなら」
商人さんは師匠の工房の場所を、地図で示してくれた。どうやらこのあたりを巡回する行商さんらしかったので、地理に詳しいらしい。ラッキ~。
一方で、冒険者さんたちの治療が完了したらしく、みんな驚いてる。
「す、すげえ! 出血がピタリと止まった!」
「つか傷口がこんなに速く治るなんて、はんぱねえ!」
奴隷ちゃんたちが戻ってくる。よしよし、とみんなの頭をなでてあげた。実にうれしそうにするダフネちゃん、トーカちゃん。
ゼニスちゃんは照れながらも、けれど嫌な顔はまったくしてなかった。きゃわわ。
「それじゃ、我々はこれで」
「あの! ほ、本当に金はいいのかい? 助けてもらっただけでなく、怪我まで治してもらったのに……」
商人さんが申し訳なさそうにする。んーあんま気にしてもらってもなぁ。
こっちは単に、師匠の工房の場所を知りたかっただけだしね。
「必要ないです。それじゃ……」
私たちは竜車に乗ると、ちーちゃんが走り出す。
ふぅ、ちょっと寄り道になったけど、無事工房の場所も知れたし、ま結果オーライね。
☆
セイたちが師匠の工房を目指す一方、その頃。
荒野の入り口の町、イトイに到着した、Sランク冒険者フィライトと恋人のボルス。
「ここが境界の町イトイか。前は閑散としてたイメージだが、随分と栄えてんなぁ」
ここはゲータ・ニィガ王国の西の果て。つまり辺境の地だ。
あまり人が訪れるとは思えなかった。だが今は商人が行き交い、冒険者たちが歩いている。
町の人たちには笑顔が浮かんでおり、町全体に活気があふれてるように感じた。
「ボルス。白銀の聖女さまは、ここからどうエルフ国アネモスギーヴに向かったと思いますの?」
「こっからだとよぉ、船か陸路だなぁ」
船を使って、この町からまっすぐ南に下りていく方法が一つ。
そして陸路。大陸西側に広がる人外魔境の地を渡る必要がある。
「てなると、船を使ってるだろうなぁ。陸路はあぶねえしよ。聖女さまは奴隷を連れてるとはいえ女だし。わざわざあぶねー橋は渡らねーだろ」
フィライトは恋人の意見が正しいと思えた。
とはいえ、ここで選択をミスるわけにはいかない。彼女の目的は聖女に会うことだからだ。
「いちおう聞き込みしてみましょう。陸路を選んだ可能性がゼロとは言えませんし」
フィライトたちは手分けして、町で目当ての聖女の聞き込みをする。
数時間後。
とある冒険者の一団から、話を聞くことに成功した。
イトイの冒険者ギルドにて。
「なっ!? 聖女さまと会った!? しかも、人外魔境でだとぉ!」
ボルスたちはギルドの酒場で話を聞いていた。
パーティリーダーは神妙な顔つきでうなずく。
「ああ。きれいな髪の聖女さまだろ? おれらが荒野を護衛依頼中に出会ったぜ」
「信じらんねえ……あの過酷な人外魔境を通ってエルフ国に向かおうとしてんのか……しかし、どうして……?」
危険な陸路より、絶対に航路を選んだ方がいい。
もちろん、海上ルートが絶対安全とは保証できないが。
末端冒険者のボルスですら、人外魔境の地がいかに危険かは知っている。
高ランクのモンスターがはびこるだけじゃない。
水も食料も手に入らない荒れ地が延々と広がっている。日光を遮るものはなく、火の精霊がその地に住んでいる影響もあって、かなり気温が高い。
旅慣れていない人間が入れる場所では決してなかった。
「聖女さまはキャラバンにでも参加してたのかぁ?」
「いいや。竜車に乗っていらっしゃった。お供の女奴隷三人だけを連れてたな」
「なぁっ!? そ、そんな馬鹿な!? 自殺でもするつもりなのか!?」
魔物はびこる過酷な環境下で、女四人での旅?
どう見ても危険すぎだ。航路を選ばない理由が不明すぎる。



