二章 ③
「なんでわざわざ陸路で、そんな少人数で渡るような、馬鹿なまねしてるんだ……?」
今まで黙って聞いていたフィライトが「フッ……」と恋人を馬鹿にするように鼻で笑う。
「やれやれ……どうやらわたくしだけしか、聖女さまの真意に気づけないようですわね」
「あ? どういうこった、フィライト。真意って」
フィライトはにんまりと笑う。そこには確かな勝者の笑みがあった。
凡人では理解できない崇高なる理念を、信者である自分だけが理解できているという、余裕。
彼女は堂々と、自分だけが気づけたという真意を口にする。
「聖女さまは、巡礼の旅をなさってるのですわ」
「巡礼……?」
「ええ。その過程で、困ってる人々を助けて回っているのです」
なるほど、とリーダーがうなずく。
「確かに、聖女さまは我らをお救いになられた。人外魔境を単身で旅していたのも、巡礼だと思うと合点がゆく」
でしょう、とフィライトが得意顔でうなずく。
「白銀の聖女さまはあえて過酷な道を選んだのです。そこで困っている多くの人たちをお救いになるために……! ああ! なんて素晴らしいのでしょう!」
悲しいことに、この予想はまったくの的外れであったのだが……。
ボルスは恋人に言う。
「まあ……それが事実かどうかはおいといてよぉ。これからどーするよ?」
「当然、あとを追いかけますわ!」
「つっても陸路は危険だぜ……? 強い魔物ががんがん出てくるしよぉ」
するとリーダーが「そこは問題ない」という。
「あ? 問題ないってどういうことだよ」
「聖女さまが通った道に、魔除けの加護がなされていたからだ」
「はぁ? 魔除けの加護だぁ?」
「実際に行ってみるのが早いよ」
食料や水などを買い込み、さらにさっきの冒険者たちに同行依頼を出して、フィライトたちは人外魔境の地へとやってきた……。
「んなっ!? なんじゃこりゃ!」
ボルスは目を剝く。
キラキラと光り輝く、一本の道ができていたからだ。
この道から離れた場所に、狼型のモンスターが群れでいた。
だが決して、狼たちはこの光の道に近づこうとしないのだ。
「いったい全体、どーなってやがる……?」
「聖女さまがくださった聖水のおかげです」
「聖水だぁ……?」
リーダーがうなずいて、こないだセイと出会ったときのことを語る。
「聖女さまは我らに、魔除けの力を持つ聖なる水をくださったのです。そしてその効果は町に戻って、宿屋で行水するまでずっと続きました」
ボルスは目を剝いて言う。
「し、しんじられねえ……魔除けのポーションは、確かに市場に出回っちゃいるが、数十分も保たないもんだぜ? 聖女さまと出会って何日も経ってるのにまだ持続してるなんて……」
恐ろしいことに、聖水を使った彼らが歩いた道もまた、魔除けの力が付与されているのだ。
「素晴らしいですわ! 聖女さまは、こうして聖なる力を配って、人を通りやすくしてくださってる! なんと! なんと! 素晴らしいことでしょう!」
「ああ、さすが聖女さまだ。庶民であるおれらのために、無償でここまでしてくださるなんて! 本当にできたお方だぜ!」
リーダーもまた、フィライトと同じ、信者側に行ってしまった。
ボルスは二人のテンションについていけない……。
「さぁ! 参りましょう! 聖女さまのところへ!」
フィライトは同志とともに、白銀の聖女であるセイのあとを追うのだった。
☆
私ことセイ・ファートは、気ままに旅をしている。
上級ポーションのストックがなくなってきたので、師匠の工房を訪れることにした。
「さてとうちゃーく」
荒野の中にぽつんと、天を
奴隷ちゃんたちが空を見上げて、ほえー、と感心していた。
「……ここがセイさまのお師匠さまの工房?」
「そう。あの人高いところが好きだからさ。無駄に高い工房を作ってるんだ」
馬鹿となんとやらは紙一重。
馬鹿となんとやらは高いところが好き。
まあつまりまあ、そういうことだ(?)。
「かような高い塔を上るのは苦労しそうでござるなぁ~?」
「なのです~……わわっ」
ラビ族のダフネちゃんが、見上げすぎて後ろにすっころびそうになる。
私は後ろから抱き留めてあげる。
するとすりすり……とダフネちゃんがじゃれてきた。かわよ。
「だいじょーぶ、ポータルが中にあるから」
「ふむ? ぽーたるとはなんでござるか、主殿?」
「特定の場所に転移する装置ってところよ。師匠とその弟子たちしか動かせない仕組みだけどね~」
私たちは塔の中に入る。
エルフのゼニスちゃんが小首をかしげながら言う。
「……弟子、たち、というのは。ニュアンスからして、セイさま以外にもお弟子さまがいらっしゃるのですか?」
「いるいる。師匠は錬金術だけじゃなくて、いろいろ天才だからさ。弟子が結構いるのよ」
「……なるほど。兄弟弟子がいらっしゃると」
そういや、みんなどうしてるかしら?
まあ五〇〇年経ってるんだから、死んじゃってるのかも。まーそーよねぇ。
でも亜人の弟子も結構いたし、生き残ってるかも? だとしたら、様子見に行くのもありか。
「ここが塔の中でござるかー」
「わわあ! すっごいたっかいのですー!」
内部は円筒形のホールが、どーんと上に伸びてる感じ。
「……この階段、上まで上るのですか?」
「大丈夫。転移ポータルこっちにあるから」
ホール中央の床に一つの魔法陣が敷かれている。
不死鳥と灰。生と死を表すシンボル。
「……セイさま。これは?」
「師匠ニコラス・フラメルのサインよ。これが転移ポータル。この上に本人や弟子が乗って、魔力を込めると、上まで一瞬で飛べる仕組み」
私たちが魔法陣の上に乗り、床に手を置く。
魔力を流し込んだ……そのときだ。
どがぁん! と上空から巨大な何かが落ちてきたではないか。
「わ、わわわあ! きょ、巨人なのですー!」
……鉄製の巨大な魔導人形が、塔の上から落ちてきたのだ。
これは、盗難防止用に師匠が作った
「……転移ポータル壊れてるじゃん!!!」
そりゃ工房も五〇〇年経ってれば劣化して、システムに不具合が出てくるかもだけどさ!
だーれも手入れしてないわけ!?
師匠も、弟子たちも!?
もう! なにやってるのあいつらー!
「主殿! みな! 下がってくだされ! 拙者がやりますゆえ!」
守護者が腕を大きく振りかぶり、思い切りトーカちゃんめがけて振り下ろす。
「ぬぅうんん!」
トーカちゃんは長槍を両手でしっかりと持ち、その柄の部分で打撃を受け止める。
ごぅ! と衝撃波が走る。トーカちゃんが踏ん張って相手のパンチを……耐えようとする。
「ぐ、もた……ぐわぁあああああああ!」
吹っ飛ばされたトーカちゃん。けれど空中でひらりと回転し、魔導人形の腕の上に乗っかる。
「トーカちゃん。これ飲んで」
ぽーい、と私はトーカちゃんにポーションを放り投げる。
彼女はそれを受け取ると、
たん、と飛び上がって、トーカちゃんが魔導人形の顔面めがけて一撃を放つ。
「【
トーカちゃんの鋭い槍の一撃が、魔導人形の上半身をぶっ飛ばした。
衝撃波はそのまま塔の壁をぶち抜いて、やがて突風はやむ。
「トーカちゃんなーいす」
「う、うむ……あ、主殿……今のは?」
「え、ただの【
飲むと体細胞を活性化させ、一時的に超人的な身体能力を得るポーションだ。
これも上級ポーションの一つであるので予備はない。
ただ工房に着いたので、最後の一本も使っていいかなって。
「す、すごいのです! とーかちゃんすごいのですー!」
わあわあ! とダフネちゃんが両手を上げて、トーカちゃんに抱きつく。
いやいや、とトーカちゃんが首を振る。
「主殿のおかげでござる! 拙者だけの膂力では、あのかったい魔導人形の体を貫けなかったでござるからな!」
「すごいのですー! おねえちゃーん!」



