二章 ④
今度はダフネちゃんが、両手を上げて私に抱きついてきた。かわわ。
よいしょと抱っこして、私はぐるんぐるんとその場で回転。ダフネちゃんは「きゃー♡」と楽しそうにしていた。特に意味はない!
一方でゼニスちゃんがぶっ壊れた魔導人形の破片を手に、首をかしげる。
「……せ、セイさま。この魔導人形の素材って、もしかして
「え、そうだけど?」
「……信じられない」
はて、とトーカちゃんが首をかしげる。
「ゼニス、おりはるこんとはなんでござるか?」
「……この世界で最も固いとされる鉱物ですよ。普通の人間で壊せる物じゃないし、加工するのも一苦労のはず」
「あらそうなの? それ、師匠に言われて私が作ったのよね」
愕然とするゼニスちゃん。
「え? 私なにか、やっちゃった?」
「……改めて、セイさまのすごさに驚嘆させられました。ポーション技術だけでなく、魔道具作成の技術もあるのですね」
「すっごーい! すごい、おねえちゃんすごいのですー!」
☆
私たちは師匠の工房を訪れていた。
荒野にそびえ立つ巨大な塔。
その一階には転移ポータルが置いてある。
魔法陣がかすれていて正常に作動していなかった。私は白墨を使って魔法陣を直す。
「これでよし。さっ、みんな乗って乗って~」
奴隷ちゃんたちを魔法陣内に入れる。地面に手を置いて私は魔力を流す。
かっ……! と赤い光が私たちを包み込むと、周囲の景色が一瞬で変わる。
さっきまで塔の中だったのに、今は塔の屋上にいる。
びょおお……! と突風が吹いて髪の毛が流れていく。
ゆっくり目を開けると、そこには花畑が広がっていた。
「わぁ……! きれいなのですー!」
「……すごい。こんな高所に庭園があるなんて」
そこには色とりどりの花が咲き乱れる、見事な庭園が広がっていた。
それを見て、わー美しいー……とは思えなかった。
「あんにゃろ……サボりよって」
「……? セイさま?」
「なんでもないわ、さ、工房に行きましょ。あそこの小さな小屋が、師匠の工房よ」
庭園の奥にレンガ造りの小屋がある。
私たちが歩み寄っていこうとすると……。
庭の中央に魔法陣が出現し、一人の……メイドさんが現れた。
桃色髪のショートカット。前髪は左目だけを隠してる。
小柄な女だ。
「む? なんでござるかあれは?」
「魔導人形よ。それも、師匠が自ら作った、超高性能メイド魔導人形のシェルジュよ」
ほんと、見た目は人間なのよねぇ。
ただ側頭部から、竜の角みたいなアンテナが伸びている。
また、人間的な動作がない。呼吸とか、瞬きとか。
「きれいなメイドさんなのです~」
興味を引かれたダフネちゃんが、不用意に近づこうとする。
うぃいん、とメイドが起動するのを、私は確認した。しまった。
「ストップ。ダフネちゃん」
「ほえ? おねえちゃん……?」
私の顔を見てダフネちゃんが困惑してる。さすがにちょーっとやばいかもしれない。
「後ろに下がるわよ。ゆっくり……」
しかしもうリブートしてやがった! やっぱり!
メイドがスカートから、二丁の銃を取り出す。機関銃だ。うげ。
「トーカちゃん、私たちを守って!」
「む! 心得たっ!」
トーカちゃんは一瞬で私たちの前にやってくる。
「【
トーカちゃんが槍を高速回転させる。
一方でメイドは二丁の機関銃を構えて、私たちめがけて連射してきた。
どががががっ! とすさまじい早さで銃弾が撃ち込まれる。
「うひー!」
「……セイさま。あれは、お師匠さまの魔導人形なのですよね? どうして、弟子であるセイさまに攻撃を?」
ゼニスちゃんからの問いかけに対して、答えは一つ。
「師匠のお世話係だからよ。あの女……師匠以外はどーでもいいって感じなの。たとえ弟子だろうと、侵入者は排除ってね」
会うのが久しぶりだからうっかり忘れてたわ。
しっかしどうするかね……。
まあやるしかないんだろうけど。
「ぐっ! あ、主殿……! やつの攻撃を、防ぐだけで精一杯でござる!」
「……あの銃。帝国式の銃よりも連射力に優れています。ただ銃である以上、弾丸には限りがあるはず。なのにつきる様子がない……」
ゼニスちゃんはよく勉強してるな。
銃弾って私がいた頃じゃまだマイナーだったのに五〇〇年後の今じゃ主流なのかしら。
「あの女は構築魔法を使ってくるわ」
「……構築魔法?」
「簡単に言えば、魔力で物質を構築……作る能力ね。魔力がつきない限り銃弾は作られ続ける。そして、あの女の魔力は無尽蔵なの」
「……そんなことって」
「あるのよ。ニコラス・フラメルが作りし、最高級の魔道具。
第一あんな細い腕で機関銃二本を操るなんてありえないのだ。
作られた人形だからこそ発揮できる芸当。
「ぐぅ……! 押される……!」
トーカちゃんは頑張ってる方だ。
あのメイドロボはかなりやる。普通に古竜とか討伐するしなぁ。
「しゃーないか。トーカちゃん! ゼニスちゃんたち守ってて。私がやる」
「し、しかし……」
「だいじょーぶ! マスターを信じなさい」
トーカちゃんは何度も躊躇していた。私を守らなきゃって意識があるのだろう。
けれど、私を信じる気になったのか、うなずく。
私はトーカちゃんの陰から、バッ……! と横に出る。
正直戦いは苦手だ。てゆーか、運動が苦手なのだ。
私はポーション瓶を、アンダースローでメイドめがけて投げる。
左腕をポーションに向ける。
あんたの癖は、私がよくわかってる。精密自動射撃。それがあんたの強み。
けれど精密で自動ってのが、弱点でもあるのよね。
ぱりん! と割れたポーション瓶から、白煙が立ち上る。
銃弾がやむ。それはそうだ。あのメイドは敵を認識して攻撃する。
裏を返せば、敵が見えなければ攻撃してこない……。とはいえ。
師匠の作った魔導人形が、この程度の事態を想定していないわけがない。
煙幕で敵が見えないのに、銃弾が再び降ってくる。
「見えてないのに、なぜ我らを狙撃できるのでござるか!?」
「敵の熱を感知してるのよー。そのまま守っててねー」
もう手は打ってあるから。
ぱりん! とメイドのドたまに、二本目のポーションがぶつかる。
中から白くてドロッとした液体が発生し、シェルジュをべっとりと
「
白い液体は、物体同士を接着させる効果がある下級ポーションだ。
ゴーレムのパーツを接着ポーションが固定化。やつは指も体も動かせなくなって、棒立ちとなる。
やがて煙が晴れる。
「か、勝ったのでござるか……?」
「す、すごいのです! おねえちゃん!」
わっ……! と奴隷ちゃんたちが近づいてくる。
ゼニスちゃんが動けなくなったゴーレムメイドを見つめて言う。
「……あの二本目のポーション、いつの間に投げてたんですか?」
「煙幕張ったときにだよ。あのロボメイド、熱感知モードに切り替わると、生物は捕らえられるけど、非物質は追えなくなるんだよね」
ポーション瓶は体温を持たないため、投げても補捉できない。
あの女が熱感知モードにチェンジしたタイミングを見計らって、二本目を高く、上に投げていたのだ。
「……相手の性能を理解したうえで、最小限の動作で敵を無力化する。お見事でした」
「いやぁ、みんなが協力してくれたおかげだよ。ありがとー」
私は奴隷ちゃんたちを抱きしめる。えへへと笑う彼女たち。かわええわー。
さて……と。
「さ、お説教の時間よ、シェルジュ」
私はポンコツメイドの頭をこつん、と小突き、久方ぶりに会う人物の名前を呼ぶのだった。
☆
師匠の工房にて、師匠のお世話係のメイドロボとの戦いに勝利した。
「まったく、暴れん坊すぎるでしょこのメイド……」
「……セイさま。この魔導人形どうします? このまま放置ですか?」
エルフ奴隷のゼニスちゃんが私に問うてくる。
「いや、とりあえず……直すかな。このポンコツ、ちょっと不具合出てるっぽいし」



