二章 ④

 今度はダフネちゃんが、両手を上げて私に抱きついてきた。かわわ。

 よいしょと抱っこして、私はぐるんぐるんとその場で回転。ダフネちゃんは「きゃー♡」と楽しそうにしていた。特に意味はない!

 一方でゼニスちゃんがぶっ壊れた魔導人形の破片を手に、首をかしげる。


「……せ、セイさま。この魔導人形の素材って、もしかして神威鉄オリハルコンですか?」

「え、そうだけど?」

「……信じられない」


 はて、とトーカちゃんが首をかしげる。


「ゼニス、おりはるこんとはなんでござるか?」

「……この世界で最も固いとされる鉱物ですよ。普通の人間で壊せる物じゃないし、加工するのも一苦労のはず」

「あらそうなの? それ、師匠に言われて私が作ったのよね」


 愕然とするゼニスちゃん。


「え? 私なにか、やっちゃった?」

「……改めて、セイさまのすごさに驚嘆させられました。ポーション技術だけでなく、魔道具作成の技術もあるのですね」

「すっごーい! すごい、おねえちゃんすごいのですー!」




 私たちは師匠の工房を訪れていた。

 荒野にそびえ立つ巨大な塔。

 その一階には転移ポータルが置いてある。

 魔法陣がかすれていて正常に作動していなかった。私は白墨を使って魔法陣を直す。


「これでよし。さっ、みんな乗って乗って~」


 奴隷ちゃんたちを魔法陣内に入れる。地面に手を置いて私は魔力を流す。

 かっ……! と赤い光が私たちを包み込むと、周囲の景色が一瞬で変わる。

 さっきまで塔の中だったのに、今は塔の屋上にいる。

 びょおお……! と突風が吹いて髪の毛が流れていく。

 ゆっくり目を開けると、そこには花畑が広がっていた。


「わぁ……! きれいなのですー!」

「……すごい。こんな高所に庭園があるなんて」


 そこには色とりどりの花が咲き乱れる、見事な庭園が広がっていた。

 それを見て、わー美しいー……とは思えなかった。


「あんにゃろ……サボりよって」

「……? セイさま?」

「なんでもないわ、さ、工房に行きましょ。あそこの小さな小屋が、師匠の工房よ」


 庭園の奥にレンガ造りの小屋がある。

 私たちが歩み寄っていこうとすると……。

 庭の中央に魔法陣が出現し、一人の……メイドさんが現れた。

 桃色髪のショートカット。前髪は左目だけを隠してる。

 小柄な女だ。


「む? なんでござるかあれは?」

「魔導人形よ。それも、師匠が自ら作った、超高性能メイド魔導人形のシェルジュよ」


 ほんと、見た目は人間なのよねぇ。

 ただ側頭部から、竜の角みたいなアンテナが伸びている。

 また、人間的な動作がない。呼吸とか、瞬きとか。


「きれいなメイドさんなのです~」


 興味を引かれたダフネちゃんが、不用意に近づこうとする。

 うぃいん、とメイドが起動するのを、私は確認した。しまった。


「ストップ。ダフネちゃん」

「ほえ? おねえちゃん……?」


 私の顔を見てダフネちゃんが困惑してる。さすがにちょーっとやばいかもしれない。


「後ろに下がるわよ。ゆっくり……」


 しかしもうリブートしてやがった! やっぱり!

 メイドがスカートから、二丁の銃を取り出す。機関銃だ。うげ。


「トーカちゃん、私たちを守って!」

「む! 心得たっ!」


 トーカちゃんは一瞬で私たちの前にやってくる。


「【りゅうえんせん】!」


 トーカちゃんが槍を高速回転させる。

 一方でメイドは二丁の機関銃を構えて、私たちめがけて連射してきた。

 どががががっ! とすさまじい早さで銃弾が撃ち込まれる。


「うひー!」

「……セイさま。あれは、お師匠さまの魔導人形なのですよね? どうして、弟子であるセイさまに攻撃を?」


 ゼニスちゃんからの問いかけに対して、答えは一つ。


「師匠のお世話係だからよ。あの女……師匠以外はどーでもいいって感じなの。たとえ弟子だろうと、侵入者は排除ってね」


 会うのが久しぶりだからうっかり忘れてたわ。

 しっかしどうするかね……。

 まあやるしかないんだろうけど。


「ぐっ! あ、主殿……! やつの攻撃を、防ぐだけで精一杯でござる!」

「……あの銃。帝国式の銃よりも連射力に優れています。ただ銃である以上、弾丸には限りがあるはず。なのにつきる様子がない……」


 ゼニスちゃんはよく勉強してるな。

 銃弾って私がいた頃じゃまだマイナーだったのに五〇〇年後の今じゃ主流なのかしら。


「あの女は構築魔法を使ってくるわ」

「……構築魔法?」

「簡単に言えば、魔力で物質を構築……作る能力ね。魔力がつきない限り銃弾は作られ続ける。そして、あの女の魔力は無尽蔵なの」

「……そんなことって」

「あるのよ。ニコラス・フラメルが作りし、最高級の魔道具。特級魔導人形アルティメット・ゴーレム。人型で、人間以上の力を持つやばい代物よ」


 第一あんな細い腕で機関銃二本を操るなんてありえないのだ。

 作られた人形だからこそ発揮できる芸当。


「ぐぅ……! 押される……!」


 トーカちゃんは頑張ってる方だ。

 あのメイドロボはかなりやる。普通に古竜とか討伐するしなぁ。


「しゃーないか。トーカちゃん! ゼニスちゃんたち守ってて。私がやる」

「し、しかし……」

「だいじょーぶ! マスターを信じなさい」


 トーカちゃんは何度も躊躇していた。私を守らなきゃって意識があるのだろう。

 けれど、私を信じる気になったのか、うなずく。

 私はトーカちゃんの陰から、バッ……! と横に出る。

 正直戦いは苦手だ。てゆーか、運動が苦手なのだ。

 私はポーション瓶を、アンダースローでメイドめがけて投げる。

 左腕をポーションに向ける。

 あんたの癖は、私がよくわかってる。精密自動射撃。それがあんたの強み。

 けれど精密で自動ってのが、弱点でもあるのよね。

 ぱりん! と割れたポーション瓶から、白煙が立ち上る。

 スモークポーション。化学反応で煙を起こす……ようは煙幕だ。

 銃弾がやむ。それはそうだ。あのメイドは敵を認識して攻撃する。

 裏を返せば、敵が見えなければ攻撃してこない……。とはいえ。

 師匠の作った魔導人形が、この程度の事態を想定していないわけがない。

 煙幕で敵が見えないのに、銃弾が再び降ってくる。


「見えてないのに、なぜ我らを狙撃できるのでござるか!?」

「敵の熱を感知してるのよー。そのまま守っててねー」


 もう手は打ってあるから。

 ぱりん! とメイドのドたまに、のポーションがぶつかる。

 中から白くてドロッとした液体が発生し、シェルジュをべっとりとらす。


接着グルーポーション。ま、ボンドだね」


 白い液体は、物体同士を接着させる効果がある下級ポーションだ。

 ゴーレムのパーツを接着ポーションが固定化。やつは指も体も動かせなくなって、棒立ちとなる。

 やがて煙が晴れる。


「か、勝ったのでござるか……?」

「す、すごいのです! おねえちゃん!」


 わっ……! と奴隷ちゃんたちが近づいてくる。

 ゼニスちゃんが動けなくなったゴーレムメイドを見つめて言う。


「……あの二本目のポーション、いつの間に投げてたんですか?」

「煙幕張ったときにだよ。あのロボメイド、熱感知モードに切り替わると、生物は捕らえられるけど、非物質は追えなくなるんだよね」


 ポーション瓶は体温を持たないため、投げても補捉できない。

 あの女が熱感知モードにチェンジしたタイミングを見計らって、二本目を高く、上に投げていたのだ。


「……相手の性能を理解したうえで、最小限の動作で敵を無力化する。お見事でした」

「いやぁ、みんなが協力してくれたおかげだよ。ありがとー」


 私は奴隷ちゃんたちを抱きしめる。えへへと笑う彼女たち。かわええわー。

 さて……と。


「さ、お説教の時間よ、シェルジュ」


 私はポンコツメイドの頭をこつん、と小突き、久方ぶりに会う人物の名前を呼ぶのだった。



 師匠の工房にて、師匠のお世話係のメイドロボとの戦いに勝利した。


「まったく、暴れん坊すぎるでしょこのメイド……」

「……セイさま。この魔導人形どうします? このまま放置ですか?」


 エルフ奴隷のゼニスちゃんが私に問うてくる。


「いや、とりあえず……直すかな。このポンコツ、ちょっと不具合出てるっぽいし」

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
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