二章 ⑤

 私はしゃがみ込んで、メイドロボ……シェルジュのスカートをめくる。


「あ、主殿!?」「わわっ! だ、だふね何も見てないのです!」「……セイさまは、そっちの気があるのですか?」


 奴隷ちゃんたちが顔を赤らめてる。


「ああ違う違う。緊急停止ボタンがここにあるのよ」


 下腹部に、転移ポータルと同じ模様があった。

 私はそこに手を触れて魔力を流す。

 すると暴走モードだったシェルジュから、かくん……と力が抜ける。

 動きが止まったのを確認してから、接着剤をポーションで溶かす。


「トーカちゃん、このポンコツ運んであげて」

「しょ……承知した!」


 ちょっと顔を赤くしながら、トーカちゃんがシェルジュをおんぶする。

 みんなも顔が赤い。なんだろ?


「どーしたの? 風邪? お薬飲んどく?」

「……ち、違います。その……ちょっと子供には刺激が強くて……」

「? まあいいわ。工房へ行きましょ」


 私たちは庭園を抜けて、小さなレンガ造りの小屋へとやってきた。

 ゼニスちゃんは首をかしげる。


「……偉大な錬金術師の工房の割に、かなりその、こぢんまりしてますね」

「見た目はね」


 私が扉に手をかける。私の魔力に反応して、足下に魔法陣が出現。

 ふぉん……! という音を立てて私たちは工房の中へと転移。


「おおー! す、すごい!」「わぁ! お城の中みたいなのですー!」


 さっきの小さな小屋からは想像できないくらい、中は広かった。

 立派な赤いじゅうたんが敷いてあって、天井にはシャンデリア。二階まで吹き抜けのホールが私たちの前に広がっている。

 ダフネちゃんが城の中って評したのは言い得て妙ね。


「トーカちゃんはついてきて。そのポンコツを工房に運ぶから。ダフネちゃんたちは適当に、部屋の中で休んでて」

「だふねもついてくですー!」「……私も、興味あります」


 物好きねえ。


「ま、いいけど。ついてらっしゃい」


 私たちは二階へと上っていく。

 正面に趣味の悪い、大きな絵画が飾ってある。


「……この美しい女性は、誰ですか?」


 七色の髪の毛を持ち、七色のドレスを身にまとった、ゴージャスな女の姿が描かれてる。


「師匠よ」

「……に、ニコラス・フラメルさまは、女性なのですか?」

「今はわからないわ」

「????????」

「あの人、性別も見た目も、コロコロ変わってるからね」

「????????」

「ま、深く考えちゃだめよ」


 私が絵画の前に立つと、一瞬で扉に変わる。隠し扉なのだ。

 別に敵なんて入ってこないってのに……やたらとこの手のトラップを仕掛けたがるのよねぇあの人。

 中には、それは見事な錬金術師の工房が展開してる。

 抽出器などの作業道具、珍しい素材の数々。


「トーカちゃん、そのメイドをテーブルの上に乗っけて」


 シェルジュを仰向けに寝かせる。

 私は彼女のスカートをめくって、そこに再び手を置く。

 すると目が開いて、空中に透明な板を出現させた。


「……セイさま、これは?」

「術式……あー……。このポンコツを動かしてる、脳みその中身ね」


 魔法文字が、木の根っこのように、複雑な模様とか数式を描いている。

 魔導人形を動かすためには、この術式が正常に動くように整えておく必要がある。

 不具合を生じさせている箇所に、私は指をつきたてる。

 指先に魔力を込めて、いくつかエラーを直した。


「これでよし。あとは燃料ね」


 私はまたメイドの下腹部に触れて、魔力を流す。


「…………」


 シェルジュがゆっくりと体を起こす。


「久しぶりね、シェルジュ。五〇〇年ぶり?」


 といっても眠っていた私にとっては、そんなに長い時間が経ったようには思えない。

 感覚としては、まあ、遠くに引っ越した友達と会うくらいの感覚かしらね。

 さて一方でこのロボメイドはというと……。


「おはようございます、セイ・ファートさま。正確には、五〇〇年と二六五日一四時間五三分二六秒ぶりです。以上」

「ああ、そう……」


 壊れてるわけじゃない。これが素なのだ。どうにもちょっとねちっこいとこがあるのよねこいつ。少しだけ苦手。嫌いじゃあないけどさ。

 シェルジュがテーブルから降りる。


「改めて紹介するわ。この子はシェルジュ。師匠のお世話係のメイド魔導人形よ」


 スカートを摘まんで、ぺこっと会釈する。

 奴隷ちゃんたちも挨拶を返す。


「トーカでござる!」

「だふねは、だふねなのです!」

「……ゼニスです。しかし、すごい。本当に人間みたいですね」


 ゼニスちゃんがしげしげと、シェルジュを見つめる。


「まー見た目はね。でも食事も睡眠も必要ないし、そこは魔導人形ね。まあ融通利かない部分があるけど」


 命令通り動くってことは、命令がないとそれ以外なにもできないからね。


「シェルジュ。師匠はあんたになんて命令したの?」

「ここを守れ。以上」


 アバウト~……。そんなアバウトな命令をずっと律儀に守ってるなんて。


「師匠ってどんくらいここに来てないの? 年計算で」

「五〇二年です」


 即答だった。人間だったら、そこに少しの思いがこもっていただろう。

 でもこいつはロボだ。わかっている、人の心はない……でもなぁ。


「大変だったのね……」


 どうにもただの物ってふうには、見れないのよね。

 一緒に住んでいた時期もあったし。それなりに愛着もまあ、なくはない。

 てゆーか、五〇二年って。あの馬鹿師匠。放置プレイがすぎるでしょ……まったく。誰もメンテしないんじゃ、壊れてもしょうがないわね。

 ま、直ったしいいか。


「さて……と。これからのお話ししましょうか。みんなちゅーもーく」


 シェルジュがぼーっと私の隣に立ってる。

 奴隷ちゃんたちがこっちを見てくる。


「とりあえず私は、今から何日か引きこもって、上級のポーションを作るわ。その間、みんなはどうする? 好きにしていいわよ」


 まず、トーカちゃんが手を上げる。


「拙者はもっと強くなりたいでござる! シェルジュ殿にも、ガーディアン殿にも負けてしまった……だから! もっともっと強くなって、皆を守れるくらいに強くなりたいのでござる!」


 なるほど、トーカちゃんは戦う力を鍛えたいと。


「……セイさま。ここに魔導書はありますか?」

「あるある。腐るほど」

「……でしたら、魔法の訓練を。私も何かあったときに、セイさまやみんなを守れるくらいに、力が欲しいです」


 ゼニスちゃんは魔法を鍛えたいと。


「だふねは、ちーちゃんのお世話するです! あとあと、みんなのごはん作るです!」


 ダフネちゃんは家事と。


「うん。オッケー。じゃ、三人とも、これつけて」


 工房にあった魔道具を、私はシスターズに配る。

 イヤリングみたいな、魔道具だ。それぞれデザインが異なる。


「……セイさま、これは?」

「五感共有イヤリング。つけてると、あなたたちの五感と私の五感をリンクさせられるの」

「……? それは、すごい。でも、これをどうして?」

「え? 修業の監督をするからよ?」


 はて、とトーカちゃんたちが首をかしげる。


「主殿はこれから、ポーションを作るのでは?」

「うん。だから、ポーションを作りながら、トーカちゃんの戦闘修業、ゼニスちゃんの魔法修業、ダフネちゃんにはこのしきの案内を……同時にするんだけど」


 困惑する奴隷ちゃんたち。


「あれ? シェルジュ、私何かおかしなこと言った?」

「はい。四つのことを同時に行おうとしてるので、戸惑ってる様子です。以上」

「あ、大丈夫大丈夫。私物事を並行して考えるの得意だから」


 え、コミック読みながらご飯食べながら、タブレットとかっていじったりしない?

 四つくらいの作業なら、同時にこなせない?


「すごいでござる、さすが主殿!」

「おねえちゃんすっごーいのです!」

「……セイさまの頭脳は、我々常人とはかけ離れているのですね。さすがです」


 あ、あれぇ? そんなすごいことだったのこれ?



 師匠の工房にて、シスターズはおのおのの時間を過ごしている。

 私は上級ポーション作りに没頭していた。


「いかん……集中力が切れてきた……」


 根を詰めすぎるのもよくないな。休憩を取ろうとしたところ……。


「セイさま」

「シェルジュ……」

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天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
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