二章 ⑥
振り返ると、そこにはロボメイドのシェルジュがたたずんでいた。
その手の前にはお盆。お茶のポットと、そしてお皿にはクッキー。
「あんたが?」
「はい」
「なんで?」
「セイさまがそろそろ集中力が切れる頃合いかと」
昔一緒に住んでいた時期があったからか、私の癖みたいなのを、ラーニングしていたらしい。
学習。そこはまあ、ロボねえ……。
でも集中力が切れた、だから、お茶菓子を用意する。そこには人の心のようなものがあった。
疲れてる人をねぎらう、心。
「あんがと。あんたも、一緒に食べましょ」
「……? ワタシは経口による栄養摂取は不要ですが?」
「いいから、座れ」
シェルジュがこくんとうなずいて座る。
クッキーを一枚手に取って食べる。美味い。
「いかがでしょう?」
……味を聞いてくる姿も、やっぱり人間っぽいのよね。
ロボだけど。そう……ロボ、なんだけどねえ。
「そこそこ」
「そうですか」
こいつがちょっと落胆してるように見えるのは、私の勝手な想像?
……ううん。違うわ。
この子には、ロボだけど心的なものがあると私は思うのよね。
だからこそ……。
「五〇〇年……ね」
長い間放置させられてきたシェルジュに、私は同情していた。
補給を終えたら私はまた旅に出る。
そうしたら、この子はどうなる? ここに、一人で残る?
また、気が遠くなるような時間を、一人で……。
「……ただの物に、そこまで入れ込むなんて。研究者失格ね私は」
シェルジュが不思議そうに首をかしげていた。私は、一つの決心がついていた。
「なんでもない。お茶とクッキーごちそうさま」
私はまた、作業に戻る。さっきよりも進みは早かった。懸案事項が片付いたからだろう。
☆
それから一〇日後。
「よっし! 準備完了! おつかれーみんな」
「おつかれさまなのです!」
「「…………」」
元気なのはラビ族のダフネちゃんだけで、火竜人のトーカちゃん、エルフのゼニスちゃんはぐったりしていた。
「どうしたの?」
「しゅ、修業がハードだったもので……ござる」
「……同じく」
ダフネちゃんが首をかしげる。
「おねえちゃん。ふたりとも……しゅぎょーって、どんなことしてたの?」
ダフネちゃんは戦闘能力も魔法能力もなかったので、修業はさせていない。
「トーカちゃんは、シェルジュ相手に組み手させてたわ」
私が上級ポーションを完成させてる間、まずトーカちゃんは戦い方を学んでいた。
シェルジュとの実戦訓練を繰り返す日々。倒れたら、私特製の回復ポーション摂取の繰り返し。
「実戦経験を積ませたかったのよねー。あと筋繊維を超回復することで、筋力もついたでしょ?」
「う、うむ……前よりタフになったでござるが……その……主殿がスパルタで……」
「スパルタ? 師匠はもっとひどかったわよ。魔物の森にぽーいって私を一人置いてって、サバイバルさせるんだから」
「うぇ!? そ、それで生きていけるのですか!?」
「うん。何度も死にかけたけど、おかげで体力とかついたし。あれと比べたらぬるいでしょ?」
「…………」
次にゼニスちゃん。
「ゼニスちゃんの修業は、魔力の増強。センスはいいから魔力量を増やそうってことでね。魔法を撃って、魔力が空になったら、魔力ポーションを飲ませるの。そうすると魔力量が増えるのよね」
私もやったわー。魔力がなくなるまでポーション作って、ぶっ倒れたらそのポーション飲んで魔力回復させて……と。
「……飲みすぎて、うぷ……胃が……」
「でも魔力は増えたでしょ?」
「……はい」
私が師匠から受けた修業よりは、遥かに優しい修業を奴隷ちゃんたちにさせたのである。
師匠みたいにヒトデナシじゃないから私。いきなりやばい修業なんてさせないわよぅ。
「あ、あのぉう……ちなみに拙者たちが途中でもし死んでしまったら……?」
「え、大丈夫よ。そしたら回復ポーション飲ませて、すぐに復活させてあげたから!」
「「……ふ、復活?」」
はて? と二人が首をかしげてる。
んん~? あれ、もしかして知らないのかしら。
「死後三秒以内なら、回復ポーションを飲ませることで、ノーリスクで復活させられるのよ? これぞ三秒ルール!」
「…………」
あ、あれ? 受けが悪いぞ。
ここ笑いどこだったんだけど。笑ってくれていない……。
そんなにギャグが寒かったのなら……な、流そう。
「ま、まあ三秒過ぎても、半日くらいだったら上級ポーションの蘇生ポーション使えば生き返れたし……って、どうしたの?」
ゼニスちゃんトーカちゃんは、口を大きく開いて、目を剝いている。
二人ともどうしたのかしら。難しいことすぎて頭がついてこれないのかしらね。
「……ゼニス。主殿はひょっとして、ただ才能があっただけでなく、とてつもない過酷な修業を経て、今に至ったのでござろうか?」
「……そうね。あの口ぶりからして、おそらく幼い頃にとても苦労なさったのでしょう」
「……下積み時代から苦労してて、宮廷で働いてるときも上司からのパワハラでご苦労を……くぅ!」
「……セイさまはつらい過去がおありなのに、我々にも優しくしてくれる、とても素晴らしいお方だわ。あのお方にふさわしい奴隷となれるよう、より一層努力しましょう」
「……おうともっ!」
トーカちゃんたちがこそこそと何か話してる。
仲がいいことはなによりだ。
「さて、修業も終わったし、上級ポーションの補充も完了! さっそくしゅっぱーつ!」
「「「おー!」」」
私、奴隷ちゃんたち、そして地竜のちーちゃんは、転移ポータルの上に立つ。
シェルジュだけがポツンと立っていた。……やっぱり自分で判断は無理、か。
当初の予定通り、私はシェルジュに問いかける。
「で? あんたどうするの?」
「…………」
シェルジュは答えない。その鉄の体と心は、師匠に作られたもの。
ここを守れ。ざっくりしすぎた師匠からの
この律儀な少女は、五〇〇年もの間一人で、あのお馬鹿な師匠の命令を守っていたのだ。
「おねえちゃーん……」
ダフネちゃんは私を、懇願するように見上げてくる。
そーいや、ダフネちゃんはよく、シェルジュと一緒にいたっけ。
情が移ったんだろうなぁ。……ま、私もなんだけどさ。
「シェルジュ。命令よ。私についてきなさい」
シェルジュが少しだけ、目を剝いた。
ほらね、ロボだけど、完全なロボじゃあないのよ、こいつ。
だからまあ、ほっとけないのよ。
「……不可能です。この場の守護をせよと、創造主からの命令が刻まれています。以上」
「あら、そ。じゃ第二案ね」
ぱちんっ、と私が指を鳴らす。師匠の工房から、一人の魔導人形が現れた。
「! しぇ、シェルジュどのが……もう一人!?」
「シェルジュ・マークⅡよ。私が作ったの」
オリジナルのシェルジュは、前髪で左目を隠していた。
けれどマークⅡは、右目を隠している。それ以外は全部一緒だ。
「……すごい。特級魔導人形です。上級ポーションを作っていたのではなかったのですか?」
「その空いた時間に、ちゃちゃーっとね」
「……精巧な魔導人形を、片手間で作ってしまわれるなんて……セイさまはすごいです!」
オリジナル・シェルジュと違って、マークⅡには生気が感じられない。それもそうだ。まだこの子の中には、なにもないのだ。
「シェルジュ。このマークⅡとあんたの意識をリンクさせる。そうすれば、あんたはここを守りつつ、私たちについてこれる」
「……なるほど。命令はオリジナルのシェルジュさんの術式に刻まれてる。けれどマークⅡのボディにはそれがない」
術式を修復はできても、書き換えは、作った本人しか行えない。
ならば、まっさらな、新しいボディを作る。
「また一人で五〇〇年過ごすの、嫌でしょ? ならついてきなさい。荷物持ちが欲しかったのよ、ちょうど」
シェルジュにはストレージという機能がついてる。
たくさんの物を、ため込んでおける機能だ。
このシェルジュ・マークⅡにも搭載されている。
「……マークⅡボディさえあれば、ストレージ機能は使えるのでは? 以上」



