二章 ⑦

「まーね。でも欲しいときに、欲しいものを取り出すのに苦労するじゃない。ストレージはあくまでもため込んどくだけだし。管理者は必要でしょ?」


 私はシェルジュに手を伸ばす。

 メイドロボは少しのしゅんじゅんの後、私の手を取る。


「よし、じゃあパパッとリンクするから。ええと、術式を展開してっと」


 意識の同期自体はそんなに時間はかからなかった。

 ややあって。


「よし、荷物持ち&雑用ロボット、ゲットだぜ! あのバカ師匠から女をNTRってやったわ!」

「直接的、かつ下品な言い回しかと思います。あと私は寝取られてません。以上」

「固いわねぇあんた」

「魔導人形ですから。以上」


 ま、何はともあれだ。

 こうして私は、ストレージ機能付きの雑用ロボットメイドを、仲間に加えたのだった。


「改めて、しゅっぱーつ!」




 セイが前を歩く一方で、メイドのシェルジュは自分の胸に手を置いた。


「…………」


 心臓が、高鳴ってる気がする。しかしおかしい。この作られた体には心臓なんて臓器は搭載されていなかったはず。

 けれど体がぽかぽかする。なんだか、お湯につかっているような感覚にとらわれる。


「あのあの、メイドのおねえさん」


 シェルジュが声のする方を見ると、シスターズのダフネが笑顔を向けてくる。


「大好きなおねえちゃんと、旅ができて、うれしーのですね!」

「…………」


 好き? 何を言ってるのだろうか、この少女は。自分はゴーレムだ。

 作られしこの体に、感情は備わっていない。

 うれしいと言われても、的外れだ。

 しかしなぜだろう。

 ダフネにそう問いかけられ、小さくうなずいた自分がいて、驚くシェルジュ。


「なかよくしましょー! だふねも、おねーちゃんだいすきなのです……ふぎゅ」


 シェルジュがダフネの口を軽く摘まむ。ダフネは目を白黒させていた。

 なぜ止めたのか。すぐにわかった。……恥ずかしかったのだ。

 好きな人に、好意を抱いていることを、知られるのが。

 しー、とシェルジュは自分の口の前に指を立てる。ダフネはそれだけで言いたいことを理解したのか、こくこくとうなずいた。


「なにじゃれてるのよ、あんたたち?」


 セイが振り返ってあきれたようにため息をつく。……自分を待ってくれる人がいる。ついてこいと、手を差し伸べてくれた人がいる。


「…………」


 ふいに、シュルジュはありし日のことを思い出す。師匠であるニコラス・フラメルが自分を置いていなくなってしまった日。

 シェルジュは創造主たるフラメルの命令に従い、ここを一人でずっと守り続けた。

 何年も、何十年も、何百年も一人だった。

 ……たまに、瞳から涙がこぼれ落ちるときがあった。自分は人造生命なので、人間みたいに泣くことはない。

 だから、瞳からこぼれ落ちたこの液体はエラーなのだと、そう思った。でも違ったのだ。

 ダフネに指摘されてわかった。自分にも、人のような心があるんだと。

 フラメルに置いてかれてさみしかった。そして……セイに誘われて、本当に、本当に、うれしかったのだ。


「なんでもございません」


 ただ、それを口にするのははばかられた。恥ずかしかったからだ。

 そんな人間らしい感情、昔はデータのバグだと一蹴していた。でも自分にも人間らしさがあるのだと気づいてからは、これはエラーではなく、人間の感情という素晴らしい代物だと理解した。

 そう、シェルジュは確かにゴーレムだが、しかし人間の心を持つ。

 それに気づくことができたのは、セイが、旅に誘ってくれたおかげだし、セイの存在があったからだ。


「セイさま」

「なに?」


 ふっ、と笑ってみせた。人間の少女みたいに。セイもまた目を丸くしてる。


「呼んだだけです」

「あ、そ、そう……あんたも笑うのね」

「相手にもよりますけどね」

「なんだそりゃ」


 セイが前に進んでいく。シェルジュはその後ろからついていく。地獄から、抜け出させてくれた創造主に感謝しながら。






 新しい仲間、メイドロボのシェルジュを仲間に加えて、私たちの旅は再開した。

 目的地は、エルフの国アネモスギーヴ。

 奴隷のゼニスちゃんの故郷だ。

 国が今どうなってるのかを確かめるため、そして、散り散りになった家族を探すため。

 地竜のちーちゃんに荷車を引っ張ってもらう。

 御者台にはシェルジュが座って、ちーちゃんの手綱を握っていた。

 シェルジュは魔導人形なので、冷却ポーションもいらないし、寝ずに仕事することができる。

 まあもっとも、荷車を引っ張るちーちゃんは生き物なので休みは取るんだけどねー。

 とはいえ、御者が増えてくれてよかった。これで奴隷ちゃんたちの負担も減らせるしね。


「マスター」

「……?」

「マスター。セイ・ファートさま」

「お、おう……私のことか。なによシェルジュ、急にマスターなんて言って」


 作ったのは私の師匠ニコラス・フラメルだろうに。


「このマークⅡボディは、セイ・ファートさまがお作りになられました。なので現在のマスターはセイさまとなります。ゆえにマスターと呼称したまでです。以上」

「ああそう。好きにしたら。んで、なぁに?」

「敵です」


 馬車が止まる。幌を避けて外を見ると、確かに黒い犬の群れがこちらにやってくる。

 ひょこっ、とゼニスちゃんが顔を出す。


「……黒犬ブラック・ハウンドです。Aランクのモンスター。群れで行動し、その牙には毒が含まれてます」

「さすがゼニスちゃん、物知り~。さて……」


 荷車から、トーカちゃんが降り立つ。

 その顔はいつもより自信に満ちあふれていた。修業の成果をためしたいのか、トカゲのしっぽがびったびったんと椅子を叩く。かわよ。


「拙者の出番でござるな! シェルジュ殿は皆を守ってくだされ!」

「受諾は拒否されました。以上」

「なんと!? どうしてでござるか!」

「私への命令権限はマスターにしか付与されておりません。以上」


 トーカちゃんが半泣きだった。

 そりゃそうだ。任せるぜ、って仲間に言ったら拒まれたんだもんな。

 ええい、頭の固いロボメイドめ。


「トーカちゃん、黒犬を倒して。シェルジュは近づいてきた黒犬を迎撃して、私たちを守って」

「YES、マイロード」


 トーカちゃんが武器を抜いて、その場に構える。

 槍を構えて、そして高速で突っ込んでいく。


ばくさいそう!」


 槍が炎を纏って、黒犬にぶつかる。

 ドガァアアアアアアアアアアアン!

 黒犬は木っ端みじんとなった。


「すごいのです! 一撃なのです! トーカちゃんすごいのですー!」

「……あれは魔道具ですか、セイさま?」


 私はゼニスちゃんに説明する。


「魔道具とはちょっと違うかな。あれは魔力がないと動かないし。トーカちゃんは魔力をほとんど持ってない」

「……では、魔道具ではないと」

「そ。あれは槍の表面に、私が作った特殊な火薬が塗られてるの。一定以上の早さで突きを放つと、摩擦熱で爆発を起こす仕組み」


 トーカちゃんが槍をぶん回すたびに、ぼがーん、どごーんと爆発が起きる。


「……すごい。魔力を必要としない、新たなる魔道具を作るなんて。さすがセイさまです」


 トーカちゃんパワーで、みるみるうちに黒犬たちの数が減っていく。

 敵の攻撃を見切り、回避して、急所に槍を突き刺す。

 実に流麗なやりさばきだ。

 シェルジュとの戦闘訓練のおかげで、動きに無駄がなくなった気がするわ。


「……Aランクモンスターの群れを一人で相手取るなんて。セイさまの訓練のたまものですね」

「いやいや。元々あの子は、あれだけやるポテンシャルを持ってたのよ。私はただ助言しただけ。すごいのはトーカちゃんだから」


 しかしなかなか、黒犬が諦めてくれないわね。


「ダフネちゃん、敵のボスってわかる?」

「はいなのですっ!」


 ラビ族のダフネちゃんが耳を立てる。

 ぴくぴく、と耳を動かして、周囲を探る。


「ばばう!」「ぎゃうぎゃう!」「がぅううう!」「ぐぎゃぎゃう!」


 ダフネちゃんはビシッ、と一匹の黒犬を指さす。


「あいつなのです! 他の犬にめーれー出してたのです!」


 ダフネちゃんは、両耳に耳飾りをつけている。

 これは私が開発した魔道具。

 音をより効率よく、聞き分けることを可能とする。

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
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