二章 ⑦
「まーね。でも欲しいときに、欲しいものを取り出すのに苦労するじゃない。ストレージはあくまでもため込んどくだけだし。管理者は必要でしょ?」
私はシェルジュに手を伸ばす。
メイドロボは少しの
「よし、じゃあパパッとリンクするから。ええと、術式を展開してっと」
意識の同期自体はそんなに時間はかからなかった。
ややあって。
「よし、荷物持ち&雑用ロボット、ゲットだぜ! あのバカ師匠から女をNTRってやったわ!」
「直接的、かつ下品な言い回しかと思います。あと私は寝取られてません。以上」
「固いわねぇあんた」
「魔導人形ですから。以上」
ま、何はともあれだ。
こうして私は、ストレージ機能付きの雑用ロボットメイドを、仲間に加えたのだった。
「改めて、しゅっぱーつ!」
☆
セイが前を歩く一方で、メイドのシェルジュは自分の胸に手を置いた。
「…………」
心臓が、高鳴ってる気がする。しかしおかしい。この作られた体には心臓なんて臓器は搭載されていなかったはず。
けれど体がぽかぽかする。なんだか、お湯につかっているような感覚にとらわれる。
「あのあの、メイドのおねえさん」
シェルジュが声のする方を見ると、シスターズのダフネが笑顔を向けてくる。
「大好きなおねえちゃんと、旅ができて、うれしーのですね!」
「…………」
好き? 何を言ってるのだろうか、この少女は。自分はゴーレムだ。
作られしこの体に、感情は備わっていない。
うれしいと言われても、的外れだ。
しかしなぜだろう。
ダフネにそう問いかけられ、小さくうなずいた自分がいて、驚くシェルジュ。
「なかよくしましょー! だふねも、おねーちゃんだいすきなのです……ふぎゅ」
シェルジュがダフネの口を軽く摘まむ。ダフネは目を白黒させていた。
なぜ止めたのか。すぐにわかった。……恥ずかしかったのだ。
好きな人に、好意を抱いていることを、知られるのが。
しー、とシェルジュは自分の口の前に指を立てる。ダフネはそれだけで言いたいことを理解したのか、こくこくとうなずいた。
「なにじゃれてるのよ、あんたたち?」
セイが振り返ってあきれたようにため息をつく。……自分を待ってくれる人がいる。ついてこいと、手を差し伸べてくれた人がいる。
「…………」
ふいに、シュルジュはありし日のことを思い出す。師匠であるニコラス・フラメルが自分を置いていなくなってしまった日。
シェルジュは創造主たるフラメルの命令に従い、ここを一人でずっと守り続けた。
何年も、何十年も、何百年も一人だった。
……たまに、瞳から涙がこぼれ落ちるときがあった。自分は人造生命なので、人間みたいに泣くことはない。
だから、瞳からこぼれ落ちたこの液体はエラーなのだと、そう思った。でも違ったのだ。
ダフネに指摘されてわかった。自分にも、人のような心があるんだと。
フラメルに置いてかれてさみしかった。そして……セイに誘われて、本当に、本当に、うれしかったのだ。
「なんでもございません」
ただ、それを口にするのははばかられた。恥ずかしかったからだ。
そんな人間らしい感情、昔はデータのバグだと一蹴していた。でも自分にも人間らしさがあるのだと気づいてからは、これはエラーではなく、人間の感情という素晴らしい代物だと理解した。
そう、シェルジュは確かにゴーレムだが、しかし人間の心を持つ。
それに気づくことができたのは、セイが、旅に誘ってくれたおかげだし、セイの存在があったからだ。
「セイさま」
「なに?」
ふっ、と笑ってみせた。人間の少女みたいに。セイもまた目を丸くしてる。
「呼んだだけです」
「あ、そ、そう……あんたも笑うのね」
「相手にもよりますけどね」
「なんだそりゃ」
セイが前に進んでいく。シェルジュはその後ろからついていく。地獄から、抜け出させてくれた創造主に感謝しながら。
☆
新しい仲間、メイドロボのシェルジュを仲間に加えて、私たちの旅は再開した。
目的地は、エルフの国アネモスギーヴ。
奴隷のゼニスちゃんの故郷だ。
国が今どうなってるのかを確かめるため、そして、散り散りになった家族を探すため。
地竜のちーちゃんに荷車を引っ張ってもらう。
御者台にはシェルジュが座って、ちーちゃんの手綱を握っていた。
シェルジュは魔導人形なので、冷却ポーションもいらないし、寝ずに仕事することができる。
まあもっとも、荷車を引っ張るちーちゃんは生き物なので休みは取るんだけどねー。
とはいえ、御者が増えてくれてよかった。これで奴隷ちゃんたちの負担も減らせるしね。
「マスター」
「……?」
「マスター。セイ・ファートさま」
「お、おう……私のことか。なによシェルジュ、急にマスターなんて言って」
作ったのは私の師匠ニコラス・フラメルだろうに。
「このマークⅡボディは、セイ・ファートさまがお作りになられました。なので現在のマスターはセイさまとなります。ゆえにマスターと呼称したまでです。以上」
「ああそう。好きにしたら。んで、なぁに?」
「敵です」
馬車が止まる。幌を避けて外を見ると、確かに黒い犬の群れがこちらにやってくる。
ひょこっ、とゼニスちゃんが顔を出す。
「……
「さすがゼニスちゃん、物知り~。さて……」
荷車から、トーカちゃんが降り立つ。
その顔はいつもより自信に満ちあふれていた。修業の成果をためしたいのか、トカゲのしっぽがびったびったんと椅子を叩く。かわよ。
「拙者の出番でござるな! シェルジュ殿は皆を守ってくだされ!」
「受諾は拒否されました。以上」
「なんと!? どうしてでござるか!」
「私への命令権限はマスターにしか付与されておりません。以上」
トーカちゃんが半泣きだった。
そりゃそうだ。任せるぜ、って仲間に言ったら拒まれたんだもんな。
ええい、頭の固いロボメイドめ。
「トーカちゃん、黒犬を倒して。シェルジュは近づいてきた黒犬を迎撃して、私たちを守って」
「YES、マイロード」
トーカちゃんが武器を抜いて、その場に構える。
槍を構えて、そして高速で突っ込んでいく。
「
槍が炎を纏って、黒犬にぶつかる。
ドガァアアアアアアアアアアアン!
黒犬は木っ端みじんとなった。
「すごいのです! 一撃なのです! トーカちゃんすごいのですー!」
「……あれは魔道具ですか、セイさま?」
私はゼニスちゃんに説明する。
「魔道具とはちょっと違うかな。あれは魔力がないと動かないし。トーカちゃんは魔力をほとんど持ってない」
「……では、魔道具ではないと」
「そ。あれは槍の表面に、私が作った特殊な火薬が塗られてるの。一定以上の早さで突きを放つと、摩擦熱で爆発を起こす仕組み」
トーカちゃんが槍をぶん回すたびに、ぼがーん、どごーんと爆発が起きる。
「……すごい。魔力を必要としない、新たなる魔道具を作るなんて。さすがセイさまです」
トーカちゃんパワーで、みるみるうちに黒犬たちの数が減っていく。
敵の攻撃を見切り、回避して、急所に槍を突き刺す。
実に流麗な
シェルジュとの戦闘訓練のおかげで、動きに無駄がなくなった気がするわ。
「……Aランクモンスターの群れを一人で相手取るなんて。セイさまの訓練のたまものですね」
「いやいや。元々あの子は、あれだけやるポテンシャルを持ってたのよ。私はただ助言しただけ。すごいのはトーカちゃんだから」
しかしなかなか、黒犬が諦めてくれないわね。
「ダフネちゃん、敵のボスってわかる?」
「はいなのですっ!」
ラビ族のダフネちゃんが耳を立てる。
ぴくぴく、と耳を動かして、周囲を探る。
「ばばう!」「ぎゃうぎゃう!」「がぅううう!」「ぐぎゃぎゃう!」
ダフネちゃんはビシッ、と一匹の黒犬を指さす。
「あいつなのです! 他の犬にめーれー出してたのです!」
ダフネちゃんは、両耳に耳飾りをつけている。
これは私が開発した魔道具。
音をより効率よく、聞き分けることを可能とする。



