二章 ⑧
ダフネちゃんは耳がいい。が、よすぎるせいで、生活してると出るわずかな布のこすれる音すらも聞き取ってしまう。
だから無意識に、ダフネちゃんの体は音量を調整していた。自らの体を守るために。
そう、本来の聴力のよさを、ダフネちゃんは発揮できないでいたのだ。
そこで私の渡したイヤリングの出番である。
魔力を込めると発動する。
オンオフが可能で、オフにすれば生活雑音をすべてカットし、私たち人間と同じレベルにまで聴覚レベルを下げられる。
オンにすれば、この雑音の中から聞きたい音だけを、正確に聞き取ることができるのだ。
「このイヤリングやっぱりすごいのですー! ずっとずっと楽に生活できるのですー! おねえちゃんすごーい!」
これもまた、すごいのはダフネちゃんだ。
この魔道具は別に聴覚を倍増させるんじゃない。本来の耳のよさを際立たせるだけ。
あくまでも、補助道具でしかないのよね。
「じゃ、ゼニスちゃん。あとやっちゃってー」
「……はい。
ゼニスちゃんが両手を伸ばし、魔法を発動。
詠唱もなく、風の刃が高速
リーダーを失った黒犬たちは、撤退していく。
「お疲れー。いい感じじゃん、無詠唱魔法」
これも私が教えてあげた技術だ。
魔法を詠唱せずに使う方法。
私の師匠、ニコラス・フラメルは錬金術師のくせに、魔法の腕も一級品だった。
その技をなぜか、魔法使いじゃない、錬金術師の私にも叩き込んできたのよね、あの師匠。
「……すごいです。魔法を詠唱せず使うなんて、聞いたことないです」
「あれ、そうなの?」
「……はい。詠唱するのが当たり前ですから、この世界では」
ふぅん、そうなんだ。まあ詠唱しない方がゼロタイムで魔法が使えるし、実戦向きだと思うんだけどね。
なんでみんな使わないのかしら? ま、どうでもいいけど。
「おお! 拙者たち……強くなってるでござるなー!」
「なのですなのです! おねえちゃんのおかげなのですー!」
「……セイさまのおかげで、我々も強くなれました。ありがとうございます」
奴隷ちゃんたちが私に感謝してくる。
「いやいや、みんな元々これくらいできる力あったんだって。私は背中を押しただけ。頑張ったのは君らだから」
と、そのときだった。
ずもも……と砂の地面が盛り上がって、新しい敵が現れる。
「うわー、でっかいミミズねぇ」
「……さ、
ゼニスちゃんが驚いている。
どうしても何も、この辺が根城だったのだろう。
というか、あの黒犬の群れも、こいつから逃げてきたのかな。
「さ、さすがの拙者も……この巨大な化け物は……」
「……わ、私も……自信ありません」
あらま、二人ともだめかー。
「じゃ、私の番かなー。シェルジュ。ナンバー11」
シェルジュはメイド服を着ている。
エプロンの前ポケットに手を突っ込んで、そこからポーションを取り出す。
あのメイドロボには、ストレージという機能がある。
ポケットの中には異空間が広がっていて、たくさんのものが詰めてあるのである。
「……上級ポーション。爆裂ポーションです。以上」
「はいじゃー、
シェルジュは大きく足を振り上げる。
スカートが完全にめくれて、ドロワーズが見えてる。
ま、でもロボだしね。見られてもOKでしょ。
人間とは思えない豪腕で、上級ポーションの瓶を投擲。
瓶は正確に、砂蟲の頭部に開いた、巨大な口の中に入る。
チュッドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
内側から、大爆発を起こす。
細胞のひとかけらも残さない、すさまじい火力を発揮していた。
爆裂ポーション。酸素に触れると同時に化学反応が起きて、すさまじい爆発を起こす、上級ポーションだ。
「うむ、いい感じね」
上級ポーションの威力のテストもできたし、よしとしよう。
「って、どうしたのみんな?」
奴隷ちゃんたちがぽかーんとしてる。
やがてパチパチと拍手する。
「さすがでござるな! 主殿!」
「すっごーい! どっかーんて!」
「……多少強くなろうとも、私たちでは、足下にも及ばない。さすがセイさまのポーションです」
奴隷ちゃんたちが私を褒めてる。
「いや敵を払ったの君たちだから、もっと誇っていいのよ」
「全部美味しいところを持っていっておいて、その口ぶりだと嫌みに聞こえます。以上」
ええ、うっそーん。
☆
セイたちがパワーアップして、エルフ国アネモスギーヴへ出発した一方、その頃。
聖女を追いかけるSランク冒険者フィライト、およびその恋人のボルスはというと……。
「ぜえ……! はあ……!」
「な、なんて過酷な道程なんだ……!」
フィライトたちは大汗を搔きながら、少しずつ荒野を進んでいく。
冒険者数名と臨時パーティを組んで、この人外魔境の地を進んでいる最中だ。
セイたちの通ったあとには、魔除けの効果で、モンスターたちが寄りつかない。
とはいえ、それはあくまでランクの低いモンスターに限った話(とはいってもBランク以下なのだが)。
Aランク以上のモンスターが、ここいらではうじゃうじゃと出現する。
敵とエンカウントするたび戦闘になる。また、太陽を遮るもののないこの荒野では、殺人的な日差しが彼らから水分と体力を奪っていく。
定期的な休憩を挟まないと、とてもじゃないが、進んでいけない。
聖女に追いつきたいという、強い気持ちのあるフィライトですら、一時間もしないうちにダウンしてしまうほどだ。
「な、なめてたぜぇ……こんなにも、きちぃとはよぉ~……」
聖女の通った道の上に、馬車を停止させて、彼らは休息を取る。
「とはいえ、以前よりは格段に楽になりましたよ。やはり聖女さまの、聖なる魔除けのおかげでございますな」
セイに助けられたことのある、パーティのリーダーがそう言う。
彼女が偶然渡した魔除けのポーションの効果は、彼ら、そして聖女が歩いたあとに、魔除けの力を付与する。
そうして聖女が歩いたあとには雑魚魔物が一切よりつかない、聖なる道となった。
「この……ぜえぜえ……道を、聖女街道と名付けるのは……どうですの?」
疲れ切ってるというのに、フィライトはしたり顔でそんなことを言う。
リーダーたちはみな笑顔で賛同していた。
完全に信者だ……とボルスは若干引いていた。
「この魔除けのおかげでよぉ、行き先ははっきりしてるがよ。しかしなっかなか進まねえなぁ」
魔物が避ける道を進んでいけば、いずれセイたちのいる場所にたどり着けるはず。
とはいえ、道中の魔物との戦い、そして
「もどかしいですわ……」
と、そのときだった。
「や、やべえ! 大変だ! 魔物の群れだ! 黒犬の!」
「「「なっ……!?」」」
彼らの顔から血の気が引く。
黒犬。それはAランクの凶悪なモンスターだ。
ベテラン冒険者パーティでも、一体倒すので精一杯。
そんなやつらが群れをなしているだなんて……。
普段の彼らが、いつも通りの力を発揮できれば倒せる相手。
だが今は全員が疲弊している。このタイミングでの黒犬。しかも、大群。勝てるはずがなかった。
「戦いますわよ、みなさん……」
絶望に沈む中、フィライトだけが武器を手に取って立ち上がる。
「何もしなければ、モンスターの餌になります。我らが食われれば、他の力なきものたちの命も失われてしまいます。立ちましょう!」
「ああ!」「そうだな!」「やるぜ……やったるぜえ!」
フィライトの言葉には力がある。彼女が持つカリスマ性ゆえにだろう。
その美貌に、
今は聖女の信者みたいになってるが、フィライトは世界最高峰の冒険者の一人なのだ。
しかし黒犬たちは、彼らの間を抜けていった。
「おれたちを……避けた?」
「そんな、ありえませんわ。モンスターが人間を避けるなんて。魔除けの力……? いや、そんな感じじゃない……どうして……」
と、そのときだった。



