二章 ⑨

 ずもぉお……! と荒野の地面が盛り上がり、そこには……。


「「「…………」」」


 おぞましい化け物が出現した。

 見上げるほどの巨大なミミズだ。

 頭部には鋭い牙がびっしりと生えており、そのよだれは地面をじゅうじゅうと焼いている。

 体表は固そうな瓦のようなよろいにつつまれていた。

 その巨体、そしてその異形な姿に……彼らはすっかり戦意を喪失していた。

 フィライトですら、武器を落として、幼子のように震えている。

 もうおしまいだ。誰もがそう思った。

 そのモンスター……砂蟲は、彼らをまるみにしようとした……。

 そのときだ。

 ばちゅんっ……!

 砂蟲の頭部が、一瞬にして消し飛んだのだ。


「な、なんだぁ……?」

「見ろ! 魔除けの力だ! あいつは聖女さまが付与なさった聖なる力によるダメージを受けたんだ!」


 確かに、自分たちを襲おうとした瞬間、砂蟲はなにかにはじかれたようにのけぞった。

 きらきら……と今のフィライトたちの周りには聖なる光が展開してる。

 砂蟲はその光に怯えるように、地面の中に消えていった。


「おお! すげえ!」「聖女さまのお力は、あんな化け物すら退けてしまうなんて!」「Bランク以下を近づけず、さらにあんな化け物から守ってくれるだなんて!」

「「「聖女さま……まじすげええ!」」」


 ボルスは戦慄していた。先ほどの砂蟲は、完全にSランクのフィライトの技量では倒せないほどの、化け物だった。

 ということは、Sランクを超えるモンスター……SSランクともいえる怪異。

 その攻撃を軽々とはねのけるほどの、聖なる力を付与した。


「やばいな……あの嬢ちゃん……すごすぎだろ……」


 一方でフィライトは静かに涙を流していた。

 ボルスは慌てて恋人のもとへ向かう。


「お、おい大丈夫か!? どこか怪我したのか!?」


 ふるふる! とフィライトが強く首を振る。


「聖女さまのわざに……感涙の涙を流してるのですわ……」

「ああ、そうかよ……」


 心配して損した……とボルスは脱力する。

 彼氏の心配などまったく意に介した様子もなく、フィライトが叫ぶ。


「聖女街道には、あのような化け物ですら我らの民を守る力があります! 広めましょう、人々に! 聖女さまが我らの安全のために作った、この神の道を!」

「「「おー!」」」




 砂蟲を爆殺したあと、私たちは南へ向かってまっすぐ下りていく。

 ロボメイド、シェルジュにはコンパス機能も搭載されている。

 師匠が作った魔導人形を、そのままトレースしているから、私がつけたっていうより師匠がくっつけたのよね。

 塔を守るメイドに、なぜコンパス機能(無駄な機能)をつけたのかー……はわからない。

 あの変人のことだ、常人には理解できない理由があるんだろう。あんま深く考えないどこー。

 さて。


「村を発見しました。立ち寄りますか? 以上」

「おー、村ね。そうね、泊めさせてもらいましょうか」


 日も傾いてるし、ちーちゃんにも疲れが見える。

 私は前職のおつぼねBBAからパワハラを受けていた。

 だから、私は絶対に、労働者に対して無理な労働を強いることはしない!

 それがたとえ、竜車であってもだ!


「ぐわぐわ、がー!」「【姐さんまじやさしぃ~! 神!】だそうなのです!」

「ちーちゃん、ダフネちゃんに変なこと言わせないでちょうだい……」

「ほえ?」


 動物の言葉がわかる、ラビ族のダフネちゃんが、ちーちゃんの言葉を代弁する。

 まー別に神ってわけじゃないんだけど。私はただ、人からやられていやだったこと(過剰労働)を、他人にしたくないだけよ。

 ほどなくして村に到着した。しかし……。


「ううむ、これはひどいでござるな……ボロボロでござる」

「……モンスターの襲撃でも受けたのでしょうか?」


 村は、まるで嵐が来たかのように、ぐっちゃぐちゃになっていた。

 建物は壊れ、道はめくれ上がり、あちこちで怪我した村人たちが寝かされている。

 これは、泊めてーって言える状況じゃあないなぁ。参ったなぁ、野宿? やーよ、屋根のあるとこで寝たいもの。

 と、なると……。


「ゼニスちゃん。トーカちゃんを連れて、村長探してきてくれない? ダフネちゃん、シェルジュ、二人は私のお手伝い」

「「「はいっ!」」」


 奴隷ちゃんたちが、うふふと笑う。

 え、なに?


「やっぱり主殿は慈悲深い方でござるなぁ!」「怪我してる人たち、助けるのです! おねえちゃんやさしいのです!」「……セイさま。事情聴取はお任せください。治療にご専念なさってください」


 ゼニスちゃんたちは一度離脱。

 残った私、ダフネちゃん、シェルジュは近くにいた村人のもとへ。


「あのー、こんばんは~」

「な、なんだあんた……?」


 近くにいたその村人は、右腕を失っていた。

 獣か何かに食いちぎられたのだろうか。


「私は旅の者です。治療させていただけませんか?」

「ち、治療……? あ、あんたら天導教会のやつらか?」


 また出た。天導。

 最近工房に引きこもってたから、聞かなかったけど、こんなへんなとこにも天導の名前って伝わってるのねぇ。

 まあそれは今どうでもいいんだ。


「天導は関係ないですよ。単なるよそ者です。シェルジュ」


 メイドのエプロンから、ポーション瓶を取り出して、私に手渡してくる。

 キャップを開けて、中身をかけようとすると、村人が抵抗。


「な、何する! やめろ! そんな得体の知れないもんを……ぎゃっ!」


 びくんっ! と村人が体を一瞬こわばらせると、くたぁ……と倒れる。

 シェルジュの親指と人差し指の間に、電流がビビビと流れていた。

 こいつ電気を流して気絶させたな……。


「マスター。治療を。以上」

「まー、いっか。やりやすくなったし」


 私はポーションの栓を抜いて、とくとく……と怪我人の腕にぶっかける。

 するとちぎれた右腕がみるみる再生され、元通りになった。ついでに悪いとこ全部治った。


「はいはい起きてー」

「う、うう……うぉ! う、腕が治ってる!? あ、あんたがやったのか?」

「ええ。どう、気分は?」

「あ、ああ……おかげさんで。す、すげえ……体がどっこも痛くない……!」


 するとそこへ、ぞろぞろと村人がやってくる。


「おねえちゃん! 動ける怪我人つれてきたのです!」

「お、ダフネちゃんナイスぅ~。はいはい、並んで並んでー! 治してくからねー!」


 村人たちは半信半疑のようだった。

 だがさっき助けた村人が、自分の腕が治ったことを告げると、みんな信じてくれた。

 私、シェルジュ、ダフネちゃんは手分けしてポーションを怪我人たちにぶっかけていく。

 治癒魔法と違って、ポーションは瓶を開けぶっかけるだけで、相手を治せるから便利よねー。

 治療した村人に、瓶を渡し、別の怪我人にぶっかける。

 そんなふうにしていけば、あっという間に、怪我人はゼロになった。


「こ、これはどういうことじゃ……」

「お、あなたが村長さん?」


 ゼニスちゃんとトーカちゃんが、はげたおっさんを連れてきた。

 たぶん村長さんね。上手く話を通してくれたみたい。さすがゼニスちゃん。


「村人は全滅しかけていたのに……怪我人が誰もおらぬ! き、奇跡じゃ……」

「いやいや、こんなの奇跡でもなんでもないから」


 ただポーションぶっかけただけだからね。

 ゼニスちゃんが近づいてきて私に言う。


「……どうやらモンスターが数時間前に襲ってきたそうです。負傷者多数、死者もかなりの数がいるそうで……」


 村長から聞き出した情報を、ゼニスちゃんが私に報告する。

 ふぅむ、死人も出てるか。これだけ村がぐっちゃぐちゃなら、そりゃ出るわな。


「よし、行くわよ。村長、死体ってどこにある? まだ埋めてないわよね」


 怪我人の治療でいっぱいいっぱいだったし、まだ埋葬だの火葬だのはされてないだろう。


「い、いったい何を……?」

「ま、数時間ならこれが使えるでしょうからね。シェルジュ」


 メイドのポケットから、赤い液体のポーション瓶を取り出す。

 さっそく、上級ポーションの出番か。

 私は村長に案内してもらい、死体のもとへ行く……。


「うええええええええん! おかーさーん! おとーさーーーーん!」

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
天才錬金術師は気ままに旅する ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影