二章 ⑩

 小さな女の子が大泣きしてる。

 そのそばに、すでに事切れて動いていない、男女の死体が転がっていた。

 この子の両親だろう。何があったか知らないけど、まあ……痛ましくて見てられないや。

 それは奴隷ちゃん、特に、ダフネちゃんもそうだったらしい。

 たっ、とダフネちゃんが駆け寄って、幼女ちゃんのことを抱きしめる。


「泣かないでなのです。おねえちゃんが、治してくれるのです!」

「……なおしてくれる? ほんとぉ?」

「うん! だから泣かないで! ね!」


 いきなりよそ者から、こんなこと言われても困るだけだろう。

 大人の村長さんですら、困惑していた。死体をどう治療するのかって、さいしんに満ちた瞳を私に向けてくる。

 でも、この幼女ちゃんは違う。

 ダフネちゃんにそう言われて、こくん……とうなずいた。

 たぶん年の頃が近かったのと、この子の持つ優しい心の光が、幼女ちゃんに届いたのだと思える。

 ダフネちゃんは幼女ちゃんの手を握ると、両親の死体から幼女ちゃんを遠ざける。

 私はしゃがみ込んで、蘇生ポーションを、夫婦に向かって振りかけた。

 その瞬間、激しい光が周囲を包み込む。


「な、なんじゃあああああああああ!?」


 驚いてる村長。奴隷ちゃんたちもびっくりしてるわ。

 やがて、光が収まると……あら不思議。

 怪我はすっかり元通り、そして死んでいた両親の顔にも、血の気が戻っている。


「こ、これは……」「あたしたち、生きてるの……?」

「おかーさん! おとーさーん!」


 幼女ちゃんは両親に抱きついて、ぼろぼろと涙を流す。

 二人は状況を飲み込めていない様子。そりゃそうだ、いきなり死んだからね。


「し、信じられん……か、神の奇跡じゃ……」


 村長が声を震わせながら、私の前にしゃがみ込む。


「聖女さまー!」


 村長が深々と頭を下げる。幼女ちゃんもそれを見習って、同じように頭を地面につける。

 ちょ、ちょいちょい……そこまで大げさにすることないでしょ。


「あなたさまは我らをお救いになられるため、天上の世界よりこの地に舞い降りた、女神さまの化身! 聖女さまに違いありません!」

「ありがとー、おねえちゃ……せーじょさまー!」


 ううん、なんか妙なことになってしまった。

 ただ、ね。これだけは訂正せねばなるまいて。


「あのね、私、聖女じゃありません」

「え? で、では……?」

「私、ただの錬金術師ですから」


 私の台詞せりふを聞いて、村長さんも、そして幼女ちゃんも目を丸くして、ぽっかーんとしていた。

 誰も何も言えない中で、ぼそっとシェルジュが言う。


「死者を蘇生させておいて、神の力ではないと否定するのは、さすがに無理があるかと思います。以上」




 エルフの国に向かう途中、ボロボロの村と村人を発見。

 私はポーションを使って、怪我人を治し、また死んだ人を蘇生させた。

 さっきの幼女ちゃんのお父さんお母さんを蘇生させたあと、蘇生ポーションを使って、亡くなった村人たちを蘇生させていった。


「おお!」「素晴らしい!」「死んだ人が生き返るなんて!」

「「「聖女さま!」」」


 村人たちがそう言う。いやいや、私聖女じゃなくって、錬金術師なんですよ。

 蘇生をあらかた終えたあと、私は村の中を移動。

 ふと、エルフのゼニスちゃんが私に問うてくる。


「……そういえば、蘇生ポーションは手分けして使わないんですね」

「お、いいとこに気づくね。そうなの。上級ポーション、別名、魔法ポーションは作った人間の魔力を流さないと効果を発揮しないのよ」

「……なるほど。魔法と仕組みは似てますね。術式に魔力を流すことで、魔法が発動する。この場合は術式がポーションですが」

「そゆこと。不便よねぇ。いずれ上級ポーションも、誰もが使えるものにできるよう、手を加えるつもりよ」


 そんなこんな雑談しながら、私は半壊した家に到着。

 てゆーか、村の家大体ぶっ壊れてるわね……。


「聖女さま、何をなさるおつもりでしょうか?」

「家がないと不便でしょ。てことで直します。あと聖女じゃないんで、そこんとこよろしく」


 私はメイドのシェルジュから、次なる上級ポーションを受け取る。

 蓋を開けて、壊れた家にぶっかける。


「み、見ろ! 家が!」「時が巻き戻ってるかのように、元通りに!?」


 砕け散ったレンガが逆再生するかのごとく元の位置に戻っていき、あっという間にレンガの家が完成。


「す、すごい! 奇跡だ!」「神の奇跡だ!」「聖女さますげえええ!」


 なんかもうツッコミ入れるのも面倒ねえ。

 はーあ、錬金術師って何度言ったらわかってくれるかしら。

 ゼニスちゃんが驚愕しながら言う。


「……い、今のは修復魔法ですか? 古代魔法の」

「いや、回帰リバースポーション」

「リバース……?」

「時空間をゆがめて、壊れる前の物体に戻すポーションね」

「…………」


 ゼニスちゃんは困惑顔で首をかしげてる。


「あれ、シェルジュ? 私何かおかしなことした?」

「錬金術師ではないゼニス様に、突然専門的な知識をひけらかし、悦に入っておりました」


 悦に入ってないての。まったくお口の悪いメイドさんね。

 ゼニスちゃんがうんうんとうなっているところに、トーカちゃんがやってきて、脳天気な笑みを浮かべながら肩を叩く。


「主殿のお考えは、我々のような凡人には理解できませぬ。考えても意味がありませぬ! 今はできることをしましょうぞ!」

「……そ、そうですね。セイさま、炊き出しの準備をしてまいります」

「おっけー。よろしくー」


 ダフネちゃん、シェルジュを連れて、私は壊れた建物を直しまくった。

 彼女は耳がいいので、がれきの下に埋もれてる怪我人をすぐに見つけ出してくれる。

 ロボメイドのロボパワーでがれきをどけて、回復ポーションで治療。

 壊れた建物を回帰ポーションで直す。


「マスター」

「なぁに?」

「この活動に意味はありますか? ポーションを無駄に消費してるだけに思えます」


 シェルジュがロボらしい声音で、実にロボらしい意見を言ってくる。

 不合理な活動に見えるのでしょうね、彼女から見たら。


「意味はあるわよ。作ったポーションの試運転」

「ポーションの数も有限ではありませんか? 以上」

「使わないで取っといても、腐るだけでしょ。なら使いどきにガンガン使った方がいい。データも取れるし、みんな笑顔で一石二鳥、ってね」


 まああとは、こんな惨状見せつけられて、そして自分には、どうにかする力があるというのに、見過ごす。

 そんなことしたら、気持ちよく旅できないじゃない。絶対に嫌な思いするわ。

 別に私はあの人たちが言うように、聖人君子でもなければ聖女でもない。


「私がそうしたいから、そうしてるだけさ」

「どや顔でかっこつけてますが、単にわがままなだけでは?」

「あーあー、聞こえなーい」


 回帰ポーションの力で、壊れた建物などを直した。ほんと便利ねえこれ。

 まあ結構たくさん作ったし、しばらくはストックが切れることはないだろう。

 もし切れたとしても、工房で作ればいい話だしね。

 師匠の工房は全国にたくさんあるし(大体放置されてるけども)。


「す、すごい……まるで夢でも見ているようです」


 すっかり元通りになった村を見て、村長が涙を流してる。

 夢じゃなくて現実ですよ。


「聖女さま、ありがとうございます!」

「いえいえ」


 そのあと村人たちにご飯を振る舞うゼニスちゃんたち。

 ただのスープなんだが……。


「う、うぉおお! うめえ!」「こんな美味いスープ初めてだぜえ!」


 奴隷ちゃんたちの作ったスープを大絶賛する村人たち。

 作ったゼニスちゃんたちは、首をかしげていた。


「……ただのスープのつもりだったのですが」

「変わったものといえば、主殿からいただいた、この調味料でござろうか」


 私が片手間で調合した、秘伝の調味料を渡してたのである。


「聖女さま! すごく美味しいです! このスープ、いったい何を入れたのですか!?」

「これです」


 シェルジュから瓶をもらい、村人たちに見せる。

 瓶に入った、黒い液体だ。


「これは……なんでも美味しく食べられるようになる調味料的ポーションです」


 適当に作ったものなので別に名前とかない。適当に名前を即興でつけた。

刊行シリーズ

天才錬金術師は気ままに旅する2 ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影
天才錬金術師は気ままに旅する ~500年後の世界で目覚めた世界最高の元宮廷錬金術師、ポーション作りで聖女さま扱いされる~の書影