二章 ⑪
シェルジュが冷ややかな目を向けてきた。なんだこんにゃろ?
「ひどいネーミングですね」
「うっさい」
すると、おお……! と村人たちが歓声を上げる。
「すごい調味料だ!」「セイさまのお作りになられた調味料……」「セイ油なんてどうだろうか!」「それだ! セイ油だ!」
なんか知らないうちに調味料の名前にされてるし!
は、恥ずかしいわー……。
「セイ油すげえ! 卵と合う!」「何にでも合う!」「すごい……! 聖女さまは、ポーション作りだけでなく、このような素晴らしい発明までなさるなんて!」
どれも別にそこまでたいしたもんじゃないと思うんだけど。
村人たちからはなんか、めちゃくちゃ感謝されたのだった。
☆
怪我人の治療、そして村の修復を終えた。
さてそろそろ出てこうかなーって思ってたんだけど、どーにもまだまだ問題がありそうだ。
村長さんが私の前にやってきて、膝をついて、頭を下げる。
「聖女さま、どうぞ我らの願いを聞いてくださいませ」
「はいはいなんですか、あと聖女じゃなくて以下略」
もう面倒なので訂正しない。そのうちに本当の聖女さまに怒られそう。
や、別に私聖女を名乗ってるわけじゃあないんだけどさ。
「この村は見ての通り貧相な村でございます。この人外魔境で魔物の脅威に常に怯えるしかなくて……」
「ん? というか今まではどうしてたの?」
「いにしえの勇者さまが結界を張ってくださっておったのです。しかし年月とともに結界が薄くなっていき、つい先日、結界が壊れてしまったのでございます」
なるほど……。ここ、結構魔物多いし、どうやって村人生きてたのかなーって思ってたけど、そのいにしえの勇者とやらが結界を張ってたのね。
で、結界が壊れて、魔物が入ってきて、あの惨状ってわけか。
「どうか聖女さまのお力で、結界を張り直していただけないでしょうか」
「うーん、結界は無理かなぁ」
「そんな……!」
「でも魔物は寄ってこないふうにはできると思うけど」
「おお! 是非お願いします!」
ということで、村に魔除けのポーションをまくことにした。
トーカちゃんとシェルジュ、二手に分かれて、魔除けをポーションを村を一周する感じでまいていく。
「……セイさま。魔除けのポーションの効果はどの程度あるのでしょうか?」
エルフのゼニスちゃんが私に至極当然の疑問を聞いてくる。
「ま、ある程度は持つでしょう」
「……ある程度」
「正確な数字はわからないけど、ま、五〇〇年くらいはへーきでしょ」
なにせ、五〇〇年前、王都を襲ってきた魔物の群れを、私の魔除けのポーションは追い払ってくれたんだから。
私が仮死状態になったあとも五〇〇年間、少なくとも効果は持続していただろう。
でなきゃ、私はとっくに魔物の餌になっていたはずだからね。
あ、ちなみに魔除けのポーションって、水で流すとかけた対象への効果はなくなるわ。
でもたとえば雨などで洗い流されたら、地面にその成分が残る。その土地に魔除けの効果は持続するわね。
「……あ、相変わらずすさまじいですね、セイさまのお作りになられるポーションは」
「ありがと~」
わしゃわしゃ、と私はゼニスちゃんの頭をなでる。
ちょっと照れつつも、私のなすがままになってるゼニスちゃん。かわよ。
ダフネちゃんがすすす、と近づいてきて、んんっと頭を突き出してくる。
自分もなでてほしいのか。かわわ。
魔除けのポーションをまき終えた二人。
「これでもう安心でござるよ! 主殿のポーションは、道中敵をまったく寄せつけてなかったでござる! 効果はおすみつきでござるよ!」
「おお! なんと素晴らしい! ……ですが、あの化け物はどうでしょうか」
村長さんが暗い顔をして言う。
「あの化け物?」
「はい。砂蟲というおぞましいミミズの化け物です。近頃になって姿を現し、村を何度も襲ってきたのですが……」
砂蟲……砂蟲……。あ、あれかぁ。
「それなら問題ありませんよ」
「も、問題ない……とは?」
「シェルジュ。あれを」
うなずくと、エプロンのポケットから、砂蟲の頭部を出してくる。
モンスターの一部はポーションの材料になるから、なるべく回収するようにしてるのよね。
「お、おお! それはまさしく砂蟲! で、では……聖女さまが、倒してくださったと!」
「まあね」
倒したっていうか、私たちの旅を邪魔してきたので爆破しただけなんだけども。
村長さんたち含めて、村の人たちが涙を流しながら、何度も頭を下げてくる。
「うんうん、よかったね。じゃ、長居しちゃったし、私はこれで!」
「お待ちくだされ!」
ま、まだ何かあるの……?
もう、めんどいなぁ。正直このままずるずる、ここでに縛られるのも嫌なのよねぇ。私はいろいろ見て回りたいわけだし。
「実は聖女さまに……」
「村長さん、そして、皆さん、よくお聞きなさい」
彼らの注目が私に集まる。こほん、と
「私たちはこれでおいとまします。あとのことは自分たちでなんとかしなさい」
「あ、あの聖女さま。実は……」
「いつまでも、あると思うな聖女さま」
「!」
「とまあ、いつも私が通りかかるとは限らない。天の助けを待つんじゃなくて、自らの意思と力で、守りたいものを守る。そうするべきだと私は思うんだ」
ようは自分のことは自分でしてね、いつまでも頼られても迷惑だから、という意味で言った。
だが村人たちは、まるで夢から覚めたように、はっとした表情になる。
「というわけで私はこれにて失礼。あとは強く生きるのですよ」
「「「はい! 聖女さま!」」」
よし! 面倒ごと回避!
「さすが聖女さま、素晴らしいお言葉だ!」「素敵!」「この日、この言葉を
なんかまた頼まれそうだったから、これでなんとかごまかせたわよね。
奴隷ちゃんたちとともに竜車に乗って出発。
「聖女さま!」「おたっしゃーでー!」「このご恩は一生忘れませんー!」
後ろで村人たちが手を振ってる。ふぅー……いやぁ、働いてしまったわー。
私は荷車でごろんとなる。
「おねえちゃん! んー!」
ダフネちゃんが抱きついてくる。おお、ちょうどいい抱き枕。
「わはは、もふもふ~」
「もふもふ~♡」
ゼニスちゃんが首をかしげながら聞いてくる。
「ところで、セイさま。あの村人たち、最後に何を言おうとしていたのでしょうか?」
村長さんがしようとしてた、最後のお願いのことを指してるのだろう。
「さーね。面倒だから逃げちゃったけども、ま、あとは自分たちでなんとかするっしょ!」
こうして私たちは村をあとにしたのだった。
☆
セイたちが村を出発して半月ほどが経過したある日のこと。
追跡するSランク冒険者フィライトが、ふらふらとなりながら悪魔の塔を踏破した。
「フィライトさん! ご無事でしたか!」
恋人のボルスをはじめ、同行してきた冒険者たちは、塔の入り口で待っていた。
フィライトを抱きしめてあげるボルス。だいぶお疲れのようだった。なにせクリアに二週間もかかったのだ。
「お疲れ。そんで、手がかりはつかめたのか?」
「ええ、ボルス……ここは、聖女さまのお師匠さまの塔でしたわ……」
「師匠?」
「ここで聖なる御技を鍛えた、とのこと。塔の最上階にいた、侍女さまより聞きましたわ……」
フィライトはこの塔であったことをボルスたちに語る。
中には難解なトラップ、強力なモンスターなどがうろついていた。
聞いただけでボルスたちが震え上がるほどの、恐ろしい
「聖女さまはこの塔をなんと、数秒でクリアしたと、侍女さまよりうかがいましたわ!」
「おお!」「すげええ!」「フィライトさまが二週間もかかった試練を数秒でなんて!」
セイへの評価がまたも爆上がりしていく。だが実際にはセイは転移ポータルを使っただけで、塔内のトラップなどにはまったくひっかかっていない。



