3話 異世界からやってきた女騎士 ①

「ラフォリア王国のツイーゲ地方の森に現れた魔物を討伐するため、騎士団に所属するセラムは遠征に向かったと」

「そうだ。しかし、森に潜伏していた魔物は予想以上に多く、部隊が崩れて散り散りになってしまった。なんとか撤退しようと森で夜通し魔物と戦っていたのだが、気が付いたらジン殿の田んぼにいた」

「なるほど。意味がわからん」

「私もだ」


 セラムがここにやってくるまでの経緯を何度も聞いたが、やはり理解できない。

 しかし、それはセラムも同じのようだ。

 真剣な口調で語る彼女を見ると、うそをついているようにも見えない。


「さっきも言ったが、ここにはラフォリア王国なんて国もツイーゲ地方なんてところもないぞ」

「そんなことはあり得ない! 私はツイーゲの森にいたはずなのだ!」

「そう言われてもだな」


 そんな王国はないし、ツイーゲなんて場所も近くにはない。アニメや漫画の世界でもないし、そもそも魔物なんていないぞ。

 どう言ったらわかってもらえるだろうか。

 とりあえず、地図でも見せてみるか。俺はポケットに入っているスマホを操作し、世界地図を見せてやることにした。


「ほら、これを見てみろ」

「……これは?」

「スマホっていう現代人なら誰もが持っている情報端末だ。って、そんなことはいいから表示されている地図を見ろ」

「あ、ああ」

「これが俺たちの世界の地図だ。で、俺の住んでいる日本はここにある小さな島国だ」


 説明しながら見せると、セラムは必死に目を凝らして地図を見つめた。


「……な、ない。ラフォリア王国がない」

「そうだな。過去の歴史にもそんな王国はない」

「噓だ。そんなことあるはずがない。急いで騎士団の皆と合流して、国に戻らなければ……」


 きっぱりと事実を告げると、セラムは立ち上がった。

 幽鬼のような足取りでフラフラと玄関に進むと甲冑や剣を装備し始める。

 セラムの様子が変だ。


「どこに行くんだ?」

「王国に帰る! 急いで仲間と合流し、援軍を要請しなければ!」

「いや、だからそんな王国はないって!」

「ジン殿、世話になった! この恩は絶対に返す!」


 俺が静止するもセラムはまったく聞く耳を持たずに飛び出してしまう。


「おい、待て──って、めちゃくちゃ速え!」


 追いかけてセラムを止めようとしたが、尋常ではない速度で走り出してしまった。

 あっという間にセラムの背中が見えなくなる。


「どうなってるんだ?」


 今の速度。どう考えても人間が出せるスピードじゃないと思うんだが。

 本当にあいつは俺と同じ人間なのだろうか? そんな疑問を抱かざるを得ないほどに驚異的な身体能力だった。


「まあ、いいか。これでようやく畑仕事に戻れる」


 よくわからないことを言うセラムのせいで畑仕事がほとんどできていない。

 引き留めたい気持ちもなくはないが、こっちだって生活がかかっている。いつまでも見知らぬ奴を相手に時間を浪費するわけにはいかない。

 俺は飛び出して行ったセラムを放置して、いつも通りの畑仕事に戻ることにした。


            ●


 野菜の収穫を終え、卸し先に持っていき納品を完了させた頃には、すっかり暗くなっていた。

 現在は夜の十九時。納品先から家まで軽トラを走らせているところだ。


「はあ、ようやく仕事が終わった」


 いつもなら夕方頃には納品を終えて帰っているのだが、今朝はセラムの世話にかかりっきりだったせいでこんなに遅くなってしまった。

 お陰で納品先の担当者には迷惑をかけることになってしまった。最悪だ。

 明日はこうならないようにさっさと収穫して、夕方までには納品しよう。

 信用が大事な商売だからな。

 明日は絶対に遅れないように脳裏でスケジュールを組みたてながら夜道を帰る。

 すると、真っ暗な道のど真ん中をトボトボと歩いている者がいた。


「おわっ!」


 ライトで人影に気付いた俺は急いでブレーキを踏んだ。

 ライトの先にいる人物を確認すると、昼間に家を飛び出したセラムだった。

 家を飛び出したので世話してやる義理は果たした。

 無視して通り過ぎることも考えたが、悲しそうな顔をしているセラムを見ているとどうにも放っておけなかった。


「おい、ここでなにしてるんだ」

「ジン殿……」


 軽トラから降りて近づくと、セラムが今気付いたばかりの顔をした。

 昼間は事あるごとに質問してきたが、今はそんな余裕もないらしい。軽トラの存在にもスルーだ。どうやらかなり落ち込んでいるようだな。


「王国には帰れたか?」

「見ればわかるだろう。帰れてなどいない。どこにもないんだ。人を見つけて尋ねてみても、皆知らないという」


 そりゃ、そうだろうな。俺だけじゃなく、誰だって知らないと思う。

 だって、そんな国はこの世界に存在しないのだから。


「もしかして、セラムは異世界からやってきたのかもしれないな」

「異世界……?」

「セラムの話を聞いても、俺には虚構としか思えない」

「噓ではない!」


 反射的にセラムが叫ぶ。

 それは必死になってどころを守ろうとする子供のようだった。


「セラムが噓をついていないことは俺にもわかる。だから、それが真実だとすると別の世界からやってきてしまったとしか思えないんだ」


 最近、流行はやりのネットと小説や漫画などで異世界人が現代にやってきてしまうというものがある。

 今の状況を鑑みると、それと同じような状況が起きているとしか思えない。

 そうだとしたら、給湯器、お風呂、シャワーといった当たり前の常識について疎いことにも納得できる。それほどセラムはこの世界について無知過ぎるのだ。


「はは、異世界か……荒唐無稽のような話だがそうなのかもしれないな。それほどまでにここは私のいた場所と違い過ぎる」


 一人で飛び出し、彷徨さまよったことでセラムにも思うところはあったのだろう。

 俺の言葉がどこかに落ちたような顔をしていた。

刊行シリーズ

田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われているの書影