7話 長ナスの出荷作業 ①

 昼食を食べ終わると、長ナスの選別や調整作業に入る。

 そのためには、ナスを入れたコンテナを移動させる必要がある。これがまた重労働なのだ。

 なにせコンテナ一つで十キロ以上の重さがある。

 収穫作業で疲労した身体で、何個も持ち運ぶのはなかなかにしんどい。


「ジン殿、これを運べばいいのか?」

「ああ、あっちのテーブルで作業するからな。結構、重いから無理はするな──」


 などと注意しようとしたが、セラムはコンテナ六つを積み上げてひょいと持ち上げた。


「……は?」


 俺よりもきゃしゃな体格をしたセラムが、コンテナを軽々と持ち上げている姿にぜんとするしかなかった。

 一つ十キロだとしても六十キロだ。

 かなり鍛えこんでいれば無理ではない重さだが、そうでもない限り不可能だろう。


「どうしたのだ? ジン殿?」

「いやいや、それ一つで十キロ以上あるんだぞ? なんでそんなに持てるんだ?」

「私は騎士だ。これくらいの重さくらいどうということはない。と言いたいところだが、さすがに重いので身体強化の魔法を使っている」

「魔法……?」

「魔力で筋肉を補強しているのだ。これを応用すれば、速く走ったり、高く跳んだりと驚異的な身体能力を発揮できる」


 となると、初日に家を飛び出した時に車並みの速度で走れたのもそのお陰というわけか。

 セラムの言葉を聞いて納得したが、それよりも気になることがある。


「そもそもこっちで魔法を使えるのか!?」

「ああ、私のいた世界に比べると漂っている魔力は薄いが十分に使える」


 魔力やら魔法やらは空想の産物だと思っていたが、どうやら現代日本にも存在するようだ。


「となると、俺も使えたりするのか?」

「……無理だと思う」


 少し期待しながら尋ねてみると、セラムは首を横に振った。


「どうしてだ?」

「ジン殿をはじめとするこの世界の人には、そもそもの魔力が感じられない。恐らく、魔力を感知して練り上げる魔力器官が存在しないのだろう。魔力が存在していても、魔力器官がなければどうすることもできない」


 エネルギーはあっても、それを動かす動力機関がなければどうすることもできない。

 どうやら地球人にとって魔力は無駄な産物のようだ。


「厳しいことを言うが、仮にジン殿の身体に魔力器官があったとしてもジン殿の年齢で習得することは難しいだろう。魔法の訓練は幼少期から長い時間をかけて行われるものなのだ」


 そりゃそうだよな。セラムは自分で料理をする暇もないほどに、剣や魔法の稽古に時間を注ぎ込んでいたと言っていた。

 そんな専門技術といえるものを、素養もまったくない俺がすぐに習得するのは難しいだろう。もし、仮に習得できたとしてもかなり年老いているだろうな。


「そうなのか。魔法が使えれば、野菜を育てるのに便利だと思ったんだがな」

「魔法を使えると聞いて、真っ先に思い浮かべるのが農業利用とはジン殿らしいな」


 俺の呟きを聞いて、セラムがクスリと笑った。

 いや、それ以外の利用方法なんて思い浮かばないだろう。


「なあ、魔法で野菜を育てたりとかできないのか?」


 魔力とかで野菜の成長を促したりできないだろうか?


「それができれば、とっくに申し出ている。残念ながらジン殿が思うほど魔法は便利ではないのだ」


 どうやらそんな都合のいい魔法はないようだ。

 まあ、できたらできたで農業の面白さも半減するのでいいっちゃいいか。

 だけど、魔法の力で成長加減を操作できたら素晴らしかっただろうな。それができれば、短い期間で収穫に追われることもないのに。

 なんて農家の泣き言を心の中で漏らしながら、コンテナを作業台の傍に持っていく。

 いつもなら何往復もする重労働だったが、セラムのお陰で二往復で済んだ。

 これは積み込み作業も随分と楽になりそうだ。


「選別作業とはどうするのだ?」

「汚れを拭き取りながらサイズごとに分けていくんだ。それをしながら長ナスに傷がないか、形が悪いものはないか確認する」

「傷のあるものや形の悪いものはどうすればいい?」

「少し形が悪いものは安くして売れるが、傷みが酷いものはどうしようもないな。傷んでいる部分を取り除いて家で食べるか、捨てるしかない。この長ナスなんかもダメだな」

「それだけの傷で売り物にならなくなるのか?」


 俺からすればかなりダメだが、セラムからすれば許容範囲なのだろう。


「俺たちは美味しくて安全なものをお客さんに届けないといけない。少しでも安全を脅かす可能性のあるものを渡すわけにはいかないんだ」

「なるほど。お客の安全を第一にか! ジン殿は徹底しているのだな!」


 セラムが尊敬するようなまなしを向けてくる。

 俺がというよりも農業協同組合とかって規模になるが、そこまでするとまた話が飛躍しそうなのでそういうことにしておこう。

 分類の仕方をセラムに教えると、俺たちは長ナスを手にして選別を行っていく。

 ナスを手に取って布で汚れを拭き取りながら、全体をくまなく確認。

 付着した汚れを取ってやると、一層とナスが艶やかな光を放つ。

 綺麗になったナスはとても艶々して宝石のようだ。


「ジン殿が穏やかな顔をしている」


 黙々と作業をしているとセラムが珍しいものを見たかのような顔をする。

 今の俺の顔はそれほどまでに穏やかなのだろうか。


「収穫したものを磨いていると心が落ち着くんだ」

「まあ、それについては同意見だ。何も考えなくていい作業というのもいいものだ」

「おい、選別のことは考えろ。そのサイズはそっちのコンテナじゃない」

「すまない」


 俺が指摘すると、セラムが慌てて仕分け先を修正する。

 力仕事は頼りになるがこういう細かな作業をしている時は目が離せないな。

 とはいえ、農業初心者にしては十分過ぎる働きをしているので、多少のミスは許してやらないとな。

 長ナスの選別作業が終わると、次は袋詰めだ。

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田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
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