8話 セラムが俺の嫁? ①

「ジン殿、少し散歩に行ってくる」

「一人でか?」

「うむ、この辺りの地形には疎いからな。少しでも早く把握しておきたいのだ」


 セラムが一人で歩くことに不安がないでもないが、ここは東京のような大都会と違って田舎だ。一人で出歩いて迷子になることもないだろう。


「仕事までには戻ってこいよ」

「わかった! では、行ってくる!」


 許可を出すと、セラムは剣を腰に佩いて出ていった。

 散歩でも帯剣するのか……。

 異世界の騎士であるセラムは朝がとても早い。

 それは朝が早いと言われる、農家の俺と同じかそれよりも早くに起きるのだからどれくらい早起きかわかるだろう。まあ、その分夜寝るのも子供並みに早いのだが。

 ゆっくりと食べていた俺は一人で朝食を食べる。

 食べ終わったら食器を洗って、今朝の朝刊を読んで、テレビをつけて天気予報を確認する。

 そうやって仕事が始まるまでの時間をダラダラと過ごしていると、やがて仕事時間になった。

 しかし、散歩に出かけたセラムが戻ってくることはない。


「……あいつどこまで散歩に行ってるんだ?」


 仕事までには戻ってこいと言ったはずなんだがな……。

 この世界の時計や時間についてセラムには教えてある。時計こそ持たせていないが、おおまかな時間の経過はわかると豪語していたのだが。

 もしかして、道に迷っているんじゃないだろうか?


「仕方ない。ちょっと捜すか」


 心配になった俺は家を出ることにした。


「ジンちゃん!」


 裏手にある軽トラに乗ろうとすると声をかけられた。

 振り返ると家の敷地の前に、穏やかな顔をしたおばあさんが立っていた。


みのさん、おはようございます」

「おはよう、ジンちゃん」


 このお婆さんはせき実里さん。うちのお隣に住む農家だ。

 隣とはいってもここは田舎なので、歩いて百メートルくらい先になるのだが。

 ちなみに名前で呼ばないと怒られる。


「俺もいいとしなんで、ジンちゃんって呼ぶのはやめませんか?」

「いくら歳をとってもジンちゃんはジンちゃんさ」

「そうですか」


 にっこりと人のいい笑みを浮かべながら言う実里さん。

 実里さんは、赤ん坊の頃から俺のことを知っているので改めるつもりはないみたいだ。

 呼び方を矯正させることはまだまだ難しそうだ。


「それより何のご用で?」

「ジンちゃんの嫁のセラムちゃん。うちでちょっとお手伝いをしてもらっているから、それを伝えにきたのさ」

「ああ、実里さんのところで手伝いを……道理で帰ってこないはずだ──って、嫁?」


 今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。

 真顔になって問い詰めると、実里さんはニヤリと笑う。


「ジンちゃんも隅に置けないねぇ。いつの間にあんな綺麗な嫁さんをもらったんだい?」

「いや、セラムは俺の嫁じゃないですよ」


 セラムはうちで住み込みで働いている従業員だ。決して俺の嫁なんかじゃない。


「誤魔化さなくてもいいんだよ。セラムちゃんもそうだって言ってたんだし」

「ええ?」


 実里さんが邪推しているのかと思いきや、どうやらセラムがそのように言い張っているらしい。

 一体、どういう経緯でそのようなことになっているのか。わけがわからない。


「ちょっと様子を見に行ってもいいですか?」

「ああ、いいよ」


 状況を確かめるべく俺は実里さんの家に付いていくことにした。

 百メートルほど道を歩いてたどり着いたのは、うちよりも大きく古めかしい家だ。

 その屋根の上には、ゴムハンマーを手にして瓦を叩いているセラムがいた。


「おーい」

「ああっ、ジン殿。すまない。ミノリ殿に頼まれて屋根の修理をしている」

「本当はジンちゃんに頼もうと思っていたんだけどね。セラムちゃんが手伝ってくれるって言うから任せてみたのさ」


 なるほど。散歩に出たセラムが手伝うことになった経緯はわかった。

 騎士をやるほどに正義心が高いセラムだ、困っている老人を放っておけなかったのだろうな。

 確かに老夫婦である関谷夫妻にはつらい作業だ。

 関谷夫婦の家の屋根は、土に瓦を載せたタイプでくぎを使っていない古い瓦屋根だ。

 だから時間が経つと瓦がずり落ちたりすることがある。


「というか、瓦屋根の修理なんてよくできるな?」


 コンコンとゴムハンマーを用いて瓦をずらしていくセラムの姿はなかなか様になっている。

 セラムのいた世界に、日本家屋と同じ瓦屋根があるように思えないのだが。


「シゲル殿が教えてくれたからな!」

「いやー、こんなに若くて綺麗な人なのに手際がいいもんだから驚いたよ」


 屋根の下では実里さんの旦那であるしげるさんがご機嫌そうに笑う。


「工兵としての訓練も受けていたからな。こういった作業は得意なんだ」


 胸を張りながらどこか得意げに語るセラム。

 実戦を経験している女騎士はこういった土木仕事も得意のようだ。

 無駄にスペックが高い。


「「工兵?」」

「いや、なんでもない」


 そろって首をかしげる実里さんと茂さんを見て、慌てて作業に戻るセラム。

 セラムが異世界人だと知っているのは俺だけなのでピンとくるはずもない。

 俺は立てかけてある梯子はしごを上ると、セラムの傍に近づく。


「おい、セラム。実里さんから聞いたんだが、お前が俺の嫁だということになってるのはどういうことだ?」


 率直に尋ねた瞬間、セラムが強く瓦を叩いた。

 動揺したせいか力加減がとんでもないことになっており、一気に瓦がずれた気がする。

 大丈夫かこれ?


「そ、そそ、それについては、成り行きというかなんというか……」

「一体どういう成り行きで嫁認定されるんだよ」

「ジン殿との関係を説明する時に困ってしまってな。ミノリ殿に嫁かと聞かれ、つい頷いてしまったのだ」

「いや、説明に困ったとしても嫁はないだろ」

刊行シリーズ

田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われているの書影