8話 セラムが俺の嫁? ②

「じゃあ、どう答えれば良かったのだ!? ミノリ殿とシゲル殿は幼い頃からジン殿のことを知っているのだろう? 下手な噓はつけぬではないか!」

「うぐっ、そう言われればそうだが……」


 異世界からやってきた騎士で、行く当てもないので住み込みで俺のところで働いています。なんて言えるわけもないし、言ったとしても信じてもらえないだろうな。

 俺の過去や交友関係も知らない状態で迂闊な言い訳をすることもできない。

 実里さんの問いかけに頷いてしまうのも無理もないか。


「今さら従業員と言ったところで信じてもらえないだろうな」


 下からこちらを見上げてニヤニヤしてる関谷夫妻の様子を見れば、面白がっていることは明らかだ。

 家族関係は完全に把握されているし、遠縁の親戚だと言い張ることもできない。


「……ジン殿は私が嫁と思われるのがそんなにもイヤなのか?」

「いや、イヤとかそういう問題じゃなくてなぁ。大体、セラムの方こそいいのか? 周囲から俺の嫁だと思われるんだぞ?」

「私が異世界人だということは周知させない方がいいのは何となくわかる。しかし、それを隠した状態でジン殿の家に住んでいる上手い言い訳が私には思いつかない」

「まあ、それもそうだな」

「私がジン殿の嫁として周知されることで、ジン殿に迷惑をかけず受け入れられるのであれば問題ないと思っている」


 確かにそう言われると、悪くない案のようにも思える。

 田舎というのは良くも悪くも外からの流入者に敏感だ。

 下手な言い訳をして怪しい外国人だと思われるよりも、わかりやすく俺の嫁と言って飛び込んでもらった方が住民にとっても受け入れやすいだろう。


「そうか」


 どうやらセラムも考えなしで言い張ったわけではないようだ。



 大きな懸念点はセラムが俺の嫁扱いされて嫌がらないかどうかだが、そこに関しては問題ないらしい。


「ただし、ジン殿の嫁というのは建前だ! そ、そそそ、そういった肉体関係は一切なしだからな!」

「当たり前だ! 誰が手を出すか!」

「うむ、それならいい。ジン殿の理性と良心を信用することにする」


 セラムが嫁だというのは、あくまでここに溶け込むための建前だ。

 それを逆手に取って関係を迫るなんて言語道断だ。男としてやるべきことではない。

 そんな俺の心中を理解してか、セラムはそれ以上言うことなく再び手を動かし始めた。


            ●



「よし、こんなもんだな」


 瓦がずり落ちないようにしっくいで固定すると、瓦の応急処置は終了だ。


「シゲル殿、終わったぞ!」

「おお、ありがとう! とても助かったよ!」

「とはいっても、これは応急処置ですからね? いい加減、専門の業者に頼んで修理してもらった方がいいですよ」

「うん、考えておくよ」


 などと言ってみるが、茂さんはにこやかに笑いながら適当な返事をする。

 多分、次も俺たちに頼めばいいとか考えているな。

 毎年こうやって言っているが、専門の業者を呼んだことは一度もないからな。


「二人とも冷たい緑茶とお菓子を用意したよ」


 修理作業を終えて用具を片付けていると、実里さんがお盆を持って縁側にやってきた。

 二人なりのお礼の気持ちなのだろう。ちょうど喉も渇いていたし、素直にいただくことにする。

 しっかりと手を洗うと、セラムと一緒に縁側に腰かけた。


「これは何という食べ物なのだ?」

「これはようかん。小豆をすり潰して、砂糖や寒天を加えて蒸して固めたものさ」

「なるほど」


 茂さんの説明を聞いて、セラムが感心したように頷く。

 多分、小豆自体を知らないのでよくわかってないだろうな。


「では、いただきます」

「はい、どうぞ」


 スプーンを使って羊羹を小さく切り分けると、口へと運ぶ。

 重厚な小豆の甘みが一気に押し寄せた。


「これ美味しいですね!」

「結構いいやつだからね」


 驚きを露わにすると、実里さんが笑いながら言う。

 道理で美味しいはずだ。

 羊羹というともっとゼリーみたいに柔らかくて、薄味だと思っていたが想像以上に重厚な味だった。

 柔らかいのも悪くはないが、俺はこれくらいどっしりとしていた方が好みだな。

 一口食べて、冷たい緑茶を飲むと甘さが緩和されていく。

 一仕事して汗を流した身体に、羊羹の甘さと緑茶の冷たさが染みるようだった。

 そうやって羊羹を食べていると、セラムが静かなことに気付いた。

 気になって視線をやってみると、セラムは表情をだらしなくさせていた。


「ジン殿……」

「なんだ?」

「この羊羹というのはとても美味しいなぁ」

「そ、そうか」

「私のいたところの菓子というのは、砂糖をふんだんに使ったものばかりで一口食べれば十分というものばかりであった。だが、この絶妙な甘味と風味を醸し出している羊羹はいくらでも食べられる」


 羊羹というより、こっちの世界の甘味を気に入ったという感じだな。

 そういえば、こっちでも昔のお菓子は砂糖を固めたようなものだったっけ。

 一口食べれば、もういらないと思うようなお菓子しか食べたことがなければ、こっちのお菓子が極上のように思えるだろうな。


「あらあら、そんなに美味しそうに食べてもらえると出したこっちも嬉しいね! 良かったらもう一個食べるかい?」

「いいのか、ミノリ殿!?」

「水まんじゅうもあるけど食べるかい?」

「どんなものかわからないがいただきたい!」


 実里さんと茂さんが次々と和菓子を持ってくる。

 セラムの純粋な反応が面白いので餌付けしている感じだな。


「それにしても、ジンちゃんもいお嫁さんをもらったねぇ」

「本当だ。今時の若い者とは思えないくらいに素直で良い子じゃないか」


 実里さんと茂さんの言葉に俺は思わず緑茶を噴き出しそうになった。

 一緒に住んでいる理由付けとはいえ、嫁をもらったと言われるとビックリしてしまう。

 とはいえ、セラムがここに馴染むためにこれからはそういう振る舞いをしないといけないのだろう。


「ええ、まあ。俺にはもったいないくらいに良い嫁ですね」


 なんて言うと、羊羹を口にしていたセラムが顔を真っ赤にする。

 おい、理由付けとして一番自然だと言っていたのはお前なのに恥ずかしがるな。


「こんなわいい子、どこで見つけたんだい?」

「私たちに話してみなよ」


 そんな素直なセラムの反応を見て、茂さんと実里さんが聞いてくる。

 表情を見ると面白がっていることは明らかだ。

 セラムを嫁にすれば、異世界人であることを隠しながらでもここに馴染める良い案だ。

 しかし、こういう風にからかわれ続けることを考えると、もっと良い案があったのではないかと後悔の気持ちを抱かざるを得なかった。

刊行シリーズ

田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われているの書影