9話 もしかして、ノーブラ? ①
「よし、午前中の作業はこんなところだな。続きは夕方以降にしよう」
「む? 昼は仕事をしないのか?」
午前中の作業を切り上げて家に戻ると、セラムが首を傾げながら言った。
「これだけ暑いと日中作業するには危ないからな」
真夏の昼間は田舎といえど、恐ろしいほどに気温が上がる。
炎天下の中で作業するよりも気温が下がった頃に作業する方が安全だし、効率がいい。
勿論、それは仕事に余裕があればで、余裕がなければ炎天下の中でもやらざるを得ないのだが。
「セラムが手伝ってくれているお陰で仕事の進みも順調だし、気温が下がる夕方まではゆっくりしてていいぞ」
「そ、そうか」
そう言うと、セラムは若干嬉しそうに顔を緩めてタオルで汗を拭い始めた。
俺も同様にタオルで汗を拭い、冷蔵庫に入っている麦茶を取りに向かうと、ガラリと玄関の扉が開く音がした。
振り返ると、リビングにはセラムがいる。
「私じゃないぞ?」
「みたいだな」
セラム自身も突然扉が開いた音がしたことに驚いているようだった。
となると、誰かが勝手に開けて入ってきたのか。
不思議に思いながら玄関に向かうと、黒髪を中途半端に金に染めた男が立っていた。
耳にはピアスをつけており、涼しげなカッターシャツに短パン、サンダルといった真夏らしい装いだ。
険しい顔つきをしていた男は、俺を見ると表情をなつっこいものに変化させる。
「よお、ジン!」
「なんだ
この田舎の
都内へ働きに出ていた頃は一切交流がなかったが、こちらに戻ってきてからはちょくちょくつるんでいる。
「で、なにしにきたんだ?」
「噂の外国人嫁ってやつを見にきた! すっげえ美人なんだろ?」
用件を尋ねると、海斗が興奮したように言う。
「なんでお前が知ってるんだよ」
「実里さんから聞いた」
「昨日の今日だぞ!? 情報が広がるのが早い田舎といっても早過ぎるだろ!」
「生涯独身街道まっしぐらだったジンが嫁を取ったことにも驚いたし、その相手がなんと金髪の綺麗な外国人の嫁ときた! そんなの面白がって皆広めるに決まってんだろ!」
その言い分からしてコイツも率先して広めた一人なんだろうな。
「ジン殿、客人か?」
心の中で海斗をしばく決意をしていると、リビングにいたセラムが顔を出してきた。
「ああ、こいつは友人の大場海斗ってやつだ」
「おお、ジン殿のご友人か! はじめまして、私はセラフィムという。長いので気楽にセラムと呼んでくれて構わない」
セラムの自己紹介を聞いた海斗は呆然とした表情を浮かべていた。
「……カイト殿?」
いくら待っても返事がこないのでセラムが困惑する。
それから十秒ほど経過すると、固まっていた海斗がセラムに指を向けた。
「…………この人がジンの嫁?」
「まあ、そうだな」
改めてそう言われると、気恥ずかしいがそういうことになっているので誤魔化すわけにはいかない。
「こんな美人な嫁だなんて聞いてねえぞ! なんだよ、それ! 羨ましい! 一体、どこで拾ってきたんだよ!」
「田んぼで拾った」
「はぁ!? ふざけんな! こんな可愛い子が収穫できるなら、俺だって喜んで農業やってやらぁ!」
事実を述べただけなのだが、冗談だと思ったらしく海斗が怒り狂う。
俺と同じく独身である海斗からすれば、裏切られた気持ちなのだろうな。
「すまんな」
「くっ、いつもだったら俺を
セラムが本当に俺の嫁であるならば、海斗を煽ってやったところだが、実際はただの建前で本物の嫁というわけではない。
そういった罪悪感があるから故の無難な反応だったのが、海斗に誤解されてしまったようだ。
「ちょっと、おにぃー! あたしに店番任されても困るんだけどー!」
崩れ落ちた海斗をどう
「ジン殿、こちらの方は?」
「海斗の妹の
明るい茶色の髪に毛先を少しカールさせた田舎にしては
どうやら仕事を抜け出して遊びにきた兄を連れ戻しにきたらしい。
「すみません、うちの兄がお邪魔しちゃって……うわっ、この人がジンさんの嫁さん!? めちゃくちゃ綺麗じゃん!」
セラムを見るなり驚きを露わにする夏帆。
反応からして夏帆もセラムのことを知っており、どんな人か気にしていたみたいだ。
「私はセラフィムという。セラムと呼んでくれ」
「海斗の妹の夏帆です。よろしくお願いしますね」
状況こそカオスであるが、夏帆との顔合わせは和やかに済んだようだ。
「ほら、おにぃ! 早く店に戻ってよ!」
「いや、俺はセラムさんと交流を深めるって使命が──」
「自分が継いだ店でしょ! だったらちゃんと責任持ってやってよ! ほら、帰った帰った」
「ちくしょう。ジン、また来るからな!」
夏帆に玄関から蹴り出された海斗は、そんな捨て台詞を吐くとトボトボと去っていった。
「店というのは?」
「あいつは駄菓子屋を経営してるんだ」
「菓子? というと、昨日の羊羹や水まんじゅうのようなものを大量に作っているのか!?」
「ちょっと違うが、たくさんお菓子を置いているのは間違いない」
「おお! それはすごいな!」
すっかりとお菓子にハマったセラムが瞳を輝かせる。
彼女の脳裏では、きっと和菓子ばかり並べられているお店が想像されているのだろうな。
「……ねえ、ジンさん。ちょっとこっち来て」
「どうした?」



