10話 女騎士とショッピングモール ①

 契約が成立すると、夏帆には自分の家にある車を取りに戻ってもらった。

 うちには軽トラしかない。こちらは二人用なので三人で遠出するには不向きだからな。

 大場家の車なら六人は乗ることができる。遠出するにはそっちの車を使った方が良い。


「セラム、これから買い物に行くぞ」


 状況を理解していないセラムにこれからの予定を告げる。

 のんびりしていていいと言った手前申し訳ないが、セラムの服を揃えるのは急務だ。


「それはいいが、何を買いにいくのだ?」

「主なものはセラムの服だな。男物の服しかないのも困るだろう?」

「ジン殿の服はとても質がいいので、私はこれでも構わないのだが……」


 さわさわとジャージに触れながら答えるセラム。

 あまり衣服には無頓着なタイプなのか、本当に困っていないといった様子だ。

 とはいえ、ずっと男ものの服ばかり着させていては、周りの人にどんな目で見られることやら。


「セラムが困らなくても俺が困ることになる。それに生活必需品も買いたいから買い物に行くのは決定だ」

「わかった」


 決定事項だと伝えると、セラムは納得したように頷いた。

 軽くシャワーを浴びて汗を流すと、寝室に移動して作業着から私服に着替える。

 リビングに戻ると、セラムがギョッとしたような顔をした。


「なんだ?」

「……いや、ジン殿の外出用の服を見るのは初めてなので驚いてだな」

「あー、普段は作業着かラフな服しか着てないからな」


 とはいっても、今の服装はネイビーのトップスにチノパン、サンダルといった夏の楽ちんコーディネートだ。

 たったこれだけの装いでオシャレだなんていったら、オシャレをしている人に怒られそうだ。

 次にセラムがシャワーを浴びて、元のジャージを纏ったところで外から車のクラクションが聞こえた。夏帆が家の車を持ってきてくれたみたいだ。


「はい! それじゃあ、運転よろしく!」

「へいへい」


 運転席に座っていたのだから、そのまま運転してくれよ。と思わないでもないが、今回はセラムの買い物に付き合ってもらう身なので文句を言わず運転役に甘んじることにした。


「ジン殿の車とは随分違うのだな」

「あれは運送車で人を乗せて運ぶのには向いてないからな」


 普段とは違う車にドギマギしながらもセラムは後部座席に座る。


「セラムさん、シートベルトしとかないと危ないよ?」

「しーとべると?」

「ほら、ここにあるベルトを引っ張って座席に固定するの──って、思っていた以上に大きいわね」


 セラムの身体にシートベルトが装着されると、ちょうど豊かな胸元が強調されることになった。ノーブラなせいかよりくっきりと大きさと形がわかってしまう。

 ミラー越しに見えてしまった光景から目を離し、俺は心を落ち着けるためにハンドルを握った。


「それじゃあ、行くぞ」


 エンジンがうなり、ゆっくりと車が進んでいく。

 セラムは軽トラの荷台には乗ったことがあるが、助手席や後部座席には乗ったことがない。

 妙な反応をしないか不安だったが、俺が何度も軽トラを走らせていることや、荷台に乗った経験があったお陰でそれほど動じている様子はなさそうだ。

 ただ過ぎ去っていく景色が物珍しいのか、外の景色を食い入るように眺めている。

 運転席にあるボタンを操作して、セラムの傍の窓を開けてやると驚いたような顔をした。


「風が気持ちいいなぁ」


 外から車内に吹き込んでくる風が、セラムの金糸のような髪をたなびかせた。

 そんな光景ですら美しい絵画や映画の一シーンのようで様になっているな。


「……運転手さん、ちゃんと前見てね」

「わかってる」


 ミラー越しにセラムを見ているのを夏帆にとがめられ、俺はきっちりと前を見据えた。

 まったく人が通らない真っすぐだけの道とはいえ、油断は禁物だ。

 安全運転を心掛けないとな。


            ●


 家から車を走らせること一時間弱。

 俺たちは目的地であるショッピングモールへとやってきた。

 ちょっとした服を買うのであれば、ここまで遠い場所にこなくても良かったが、今回はセラムの服を揃える必要があったからな。

 ガッツリと衣服を揃えるなら、ここまでやってこないといけない。田舎あるあるだ。


「ジン殿、たくさんの人と大きな建物が並んでいる! ここは間違いなく都会だな!?」


 車を降りるなりセラムが目を輝かせて叫ぶ。

 典型的な田舎から出てきた奴の反応だ。子供の頃の自分を見ているようで恥ずかしい。


「いや、郊外……というかここも田舎だな。都心に近づいてきているのは間違いないが」

「これだけたくさんの人がいて田舎だと? この国はどれほど栄えているというのだ……」


 きっぱりと告げると、セラムが戦慄したような顔になる。

 きっとセラムの世界とは総人口の数字がそもそも違うのだろうな。


「なんだかセラムさん、初めてショッピングモールに来たような反応ね」


 夏帆の鋭い一言に思わず肩が震えてしまう。


「日本の光景が珍しいんだろう。元々住んでいた場所も結構な田舎だったみたいだしな」

「ふーん、そうなんだ」

「色々とわからないことが多いと思うが面倒を見てやってくれ」

「わかった」


 ここで素直に頷いてくれるあたり、なんだかんだといって夏帆も面倒見がいいな。

 夏帆に根回しをしたところで俺はすっかり浮かれているセラムにささやく。


「はじめての場所ではしゃぐ気持ちはわかるが、今日は夏帆もいるんだ。あまり変なことはしゃべるなよ?」

「うっ、わかった。気を付ける」


 夏帆のいる前であまり異世界がどうたらと言うと、確実に変に思われるからな。

 できるだけそういった言動は控えてほしい。

 駐車場から歩いてモール内に入ると、左側には喫茶店、右側には飲食店がズラリと続いた。

 現段階でどちらにも用はないので、無視をして歩いていく。


「レディースの服が集まってるのは何階だ?」

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田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
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