11話 衣服の買い物 ①

「なあ、ジン殿。なんだか妙に見られている気がするのだが……」


 エスカレーターに乗っていると、セラムが少し居心地悪そうな顔で言う。

 セラムが注目を集めていたのはモール内に入ってすぐからだったが、落ち着いて周囲を見ることができるようになって気付いたようだ。


「この辺りじゃセラムのような見た目をした人はあんまりいないからな。物珍しいんだろう」

「そ、そうか」

「あと、帯剣してるし」

「剣は私の命も同然だ! これを置いていくなどできない!」

「いや、別に置いてこいなんて言ってねえよ」


 勿論、そういった面もあるが、正しくはセラムの美人さに見惚れているといったところだろうな。

 観光客が増えて、色々なところで外国人を見るようになったが、セラムほどの美人は滅多にお目にかかることができない。テレビや映画といった画面越しくらいなものだ。視線を集めてしまうのはしょうがない部分もあるだろう。


「むう、よく見ると周りの若い女性たちは、皆綺麗な服を着ている。もしかして、私のこの服装は場違いなのだろうか?」


 冷静に観察することでセラムは周囲との違いに気付いたようだ。


「学生が運動や作業をするために着る服だからね。外出する服としては不適切かな」

「そ、そうだったのか……」

「まあ、それを買うためにここに来てるんだから、今日はたくさんオシャレな服を買いましょう!」

「そ、そうだな! こういったことには不慣れだが、カホ殿よろしく頼む」

「あはは、なんか武士みたい」


 セラムの改まった態度に夏帆が笑った。

 二人の相性は良いようなので買い物に関しては心配なさそうだ。

 三階にたどり着き、フロアを歩いていくと次第に並んでいる店がレディースばかりになる。

 この辺りになると客層が女性やファミリー、カップルばかりなので男としては少し居心地が悪い。

 そして、最大の目的地と言える下着売り場にたどり着いてしまった。

 オシャレっぽく見える感じで崩された英語の看板。メンズの店の内装とは違い、淡いピンクの色合いを使った内装が、ここは女性の聖域であると主張しているようだった。


「ここは?」


 華やかな店の内装に俺だけでなく、セラムも若干戸惑っているみたいだ。

 異世界ではこういった下着屋とかなかったのだろうか。


「下着売り場よ。ここでセラムさんの下着を買いましょう」

「お、おお、わかった」


 夏帆が店内に入り、セラムも後に続いて入っていく。


「それじゃあ、俺は適当にうろついて待ってるから」


 そんな二人を見送って別行動をしようとしたら、セラムが引き留めてくる。


「ジン殿は来てくれないのか!?」

「男が入店するのはマズいだろ」


 不安な気持ちはわかるが、さすがにそれは難しい。


「一人でうろうろせず、フィッティングルームの近くに行かなかったら問題はないっぽいけど、さすがにそれはジンさんが可哀想かわいそうだしね。不安なら店内から見える範囲で待機してもらえば?」

「それはそれで不審者なんじゃ……」

「嫁さんなんでしょ? もうちょっとドッシリ構えて付き合ってあげなよ」


 そう言われると、弱いのが今の立場だな。


「……あそこでちゃんと待ってるから、しっかり買ってこい」

「わかった」


 そう伝えると、セラムは安心したような笑みを浮かべて店内に入っていった。


「可愛いお嫁さんだね」


 そんな俺たちの姿を見て、夏帆がからかってくるのでシッシと手を振って追い払う。


「うるさい。さっさと買ってこい」


 しかし、夏帆は立ち去ることなく、とどまって手を差し出してきた。


「お金……」

「エスカレーターで渡しただろ?」


 セラムの衣服にかかるだろうお金は、移動中に封筒に入れて夏帆に渡してある。


「女性の下着舐め過ぎ。あれっぽっちで足りるわけないじゃん」


 どうやら金額が足りなかったらしい。そんなにも金がかかるのか。

 女性の下着なんて買ったことも、値段を気にしたこともないのでわかるか。

 俺は財布から万札を数枚取り出して、夏帆に渡す。

 すると、彼女は満足したように頷いて店内に入った。


            ●


 下着屋にたどり着いて一時間後。ようやく二人が店から出てきた。

 満足そうな笑みを浮かべ、ロゴの入った紙バッグを手にしているセラム。

 長くても三十分程度だと思っていただけに、待機していた俺はとても疲労を感じていた。


「……遅くないか?」

「女性の買い物は時間がかかるものなの。これでも配慮して急いだ方なんだから」


 思わず夏帆に文句を言うも、サラリと流されてしまった。

 そういえば、女性の買い物とは時間がかかるものだったな。長い間、女性と買い物に行っていなかったからすっかりと忘れていた。


「ちゃんと買えたか?」

「うむ! ブラジャーというものはすごいな! こう胸がしっかりと収まって動きやすく──」

「言わなくていいから」


 自らの胸を持ち上げながら興奮したように喋るセラム。

 俺が静止させると、我に返ったようで顔を真っ赤に染めた。


「す、すまない。はしたなかった」


 ずっと女性同士で喋っていたせいで恥じらいの感覚がしていたのだろう。

 さっきまでずっと下着について夏帆や店員と話していたわけなのでしょうがない。

 とりあえず、これでノーブラ状態は脱却できたので喜ぶべきだろう。


「下着は無事に買えたし、次は外用の衣服ね」

「そうだな」


 妙な空気になったが、夏帆が話題の転換をしてくれたので素直に乗っておく。

 こちらなら下着売り場と違って、男がいても居心地が悪くならないので助かる。


「家にはどんな服があるの?」

「セラムの服は、ほとんど何もないに等しい状態だな。ここにやってくる時にあまり荷物は持ってこられなかったみたいだから」

「なら、ほとんど一から揃えないとね」

「できれば安くしてくれると助かるんだが……」

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田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
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