12話 試着 ①

 ユニシロでの買い物を終えると、セラムの手には大きな紙バッグが二つ下げられていた。


「……結構、買い込んだな」

「衣服を一通り揃えるとなると、それなりの数になるしね。本当はもっと買いたかったんだけど──」

「こ、これだけあれば十分だ。これ以上はジン殿の負担になることだし……」

「セラムさんがこんな風に遠慮するから」


 夏帆としてはもうちょっと買っておきたかったようだが、セラムに拒否されてしまったようだ。

 自分の稼いだお金ではない以上、セラムが遠慮してしまう気持ちは非常にわかる。

 下着と衣服代を合わせた金額は、セラムがお手伝いとして稼いでいるお金を優に越えているからな。


「とりあえず生活できる分が買えたのならいいだろう。普通の服なら、また俺が一緒に買いに来てやれるわけだし」

「まあ、そうだね」


 夏帆の納得した様子を見て、セラムはホッとしたように息を吐いた。


「このまま移動するのは面倒だな。一旦、車に荷物を置きに行くか」

「私なら大丈夫だぞ? これくらいなら一日中持ち歩いていられる」

「セラムは平気でも他の人の邪魔になる」


 これだけ大きい紙バッグを二つも持ち歩いていると、通行人の邪魔になる。

 それに俺も少しだけ服を買い足したので、素直に荷物を置きに行きたい。

 そんなわけで駐車場へと戻り、買った衣服類だけを置いてまたモール内に戻る。


「さて、これで衣服の買い物は済んだな。各々、必要な日用品を買うことに──」

「ちょっと。あたしへの報酬忘れてない?」


 言葉の途中で夏帆が俺の袖を引っ張りながら言う。

 笑みを浮かべてはいるが目はまったく笑っていない。妙な圧力を感じる。


「冗談だって。ちゃんと買ってやるよ」

「わーい! ごめんね、セラムちゃん。そういうわけで、あたしの行きたいお店に付き合ってくれる?」

「勿論だ。カホ殿には色々と助言をしてもらったからな」

「ありがとう!」


 頷いてやると途端に笑顔ではしゃぎ出す夏帆。

 その変わり身の早さが恐ろしい。

 セラムの了承を取ると、夏帆は足早にフロアを突き進んでいき、四階にあるレディースファッション店にやってきた。

 オシャレ過ぎて、逆にロゴが読めない。なんて読むんだ。


「……高い店じゃないだろうな?」

「大丈夫。ここはそこまで高いところじゃないから」


 夏帆に尋ねつつも、傍にあるシャツの値段をそれとなく確かめる。

 ユニシロのように安いわけではないが、シャツ単体で数万するような値段ではない。

 ひとまず、そのことに安心した。

 レディース店なので店内には女性が多いが、付き添いらしき男性も数人いるので居心地が悪いということはなさそうだ。とはいえ、一人で物色していると不審者のそしりを受けかねないので夏帆とセラムの傍から離れないようにする。

 夏帆は何度も訪れているのか慣れた様子で服を物色。

 そんな様子とは正反対にセラムと俺はおそるおそるといった様子で付いていく。


「ユニシロとは随分と様子が違うのだな」

「あっちは大衆店だからな」


 女性のセラムでも華やかな店内に驚いているようだ。

 それでも綺麗な服があれば気になるらしく、飾ってある服を手に取ってみたり、触ってみたりしている。

 意外とオシャレが好きだったりするのだろうか?


「セラムさん、そのワンピースが気になるの?」

「そ、そそ、そんなことはない! 大体、私にはこんな可愛い服は似合わない!」


 夏帆が声をかけると、セラムがブンブンと首を横に振った。

 彼女が触っていたのは淡い青色をしたワンピースだ。


「ええ? スタイルいいのになに言ってるの? 似合うに決まってるじゃん! ちょっと試着してみよ!」

「待ってくれ。ここにはカホ殿の服を買いにきたのではないのか!?」

「試着するのはタダなんだから着てみなよ! ほら、私も試着するし!」


 服を手にした夏帆に連れていかれそうになっているセラムが、助けを求めるような視線を向けてくる。

 俺はそれにあえて気付かないフリをして休憩用の椅子に腰を下ろした。

 背後から「ジン殿ー!」という声が聞こえてきた気がするが聞こえないフリだ。


「ジンさん、見て見て!」


 スマホでここ一週間の天気を確認していると、試着室から夏帆が出てきた。

 夏帆は薄手のニットの上に黒いスポーティーなアウターを羽織っており、山吹色のロングスカートを穿いている。秋の装いといったところだ。


「そのアウター、大きすぎるんじゃないか?」

「最近はこういったロング丈のものが流行ってるの! これもオシャレ!」


 指摘すると、夏帆はひと差し指を立てて横に振る。

 わかってないなコイツといった顔が少し腹立たしい。

 とはいえ、夏帆と違って頻繁に都会に出ていない俺からすれば、最近の流行と言われると何も言えなかった。


「というか、セラムはまだか?」


 一通り、夏帆の服装を眺めて雑談をしていたが、セラムが一向に出てこない。

 夏帆と違って全身着替えるわけではないので、そこまで時間がかかるわけじゃないと思うが、何に手間取っているのやら。


「ちょっと様子見てくる」


 心配になった夏帆が試着室の方に様子を見に行く。


「うわっ! すっごい綺麗じゃん! ジンさんに見せにいこうよ!」

「ま、待ってくれ! ジン殿に見せるのは恥ずかしい!」


 どうやら試着はとっくにできているようだが、恥ずかしくて出てこられないようだ。

 夏帆とセラムが試着室で言い合いをすること五分。

 根負けしたらしいセラムが試着室から出てきた。

 淡い青色のワンピースはセラムの金色の髪と白い肌に馴染んでいた。

 夏帆が言うようにスタイルがとてもいいからか、それ一つで随分と様になっている。

 ただ、唯一の違和感は手に持たれた剣だろうか。これがせめて日傘などのオシャレアイテムであれば、深窓の令嬢といった評価になっただろう。

 本人にとっては着慣れない服のせいか、とても恥ずかしそうだ。


「どうジンさん?」

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田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
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